2010年 10月 16日
Victor Manuel Reyesとヒバロ音楽
友人がプエルトリコに旅行。地元の友人から仕入れたライブ情報を送ったのだけれど、その中に「ウトゥアド(西部の山の中の町)のフィエスタ・パトロナレスでビクトル・マヌエル出演」というのがあった。

同じ晩にエル・グラン・コンボも出演だったから、山間の小さな町にしてはずいぶんがんばって2つもビッグ・ネームを呼んだなあと思ってた。
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だけど帰って話を聞くとなんとサルサの"Sonero de Juventud"のビクトル・マヌエルではなく、ヒバロ音楽のトロバドール、ビクトル・マヌエル・レジェス(Victor Manuel Reyes)だったことが判明。さすがウトゥアドというヒバロな町だけある!と納得でした。

ビクトルの即興が冴えわたるライブは島で何度も聴く機会があってファンなのです。

彼はヒバロ地帯の町のひとつアグアス・ブエナス(Aguas Buenas)の出身で、70年代からうたっている名手。1986年のバカルディー主催のトロバドール・コンテストでは見事優勝をかっさらっている実力派。
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CDも出してます。これがまた良いんだ。
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"Depende de Ella"/Victor Manuel Reyes (VMR75300)


ヒバロ(Jibaro)というのはプエルトリコの山間を中心とした白人系農民たちとその文化全体を指す。しかしそこから広がって、時に田舎の匂いのさえする、島のシンプルで純朴な生き方のありようまでのニュアンスを含む。

ヒバロ地帯は島の中心に横たわる山岳地帯、シドラ、オロコビス、モロビス、バランキータス、アイボニート、ナランヒート、ウトゥアド・・・などを指すが、実はほんの40-50年前はプエルトリコではサンファン、ポンセ、マヤグェスくらいを除いてみんな田舎だった。そして貧しかった。

だから西北のベガ・バハ、アレシボからアグァディージャの海沿いの平地だって、東のファハルドやウマカオ、東南のグアヤマやフアナ・ディアス、コアモだってみんなヒバロ地帯と言える。

プエルトリコの大作曲家ラファエル・エルナンデスが「自分はヒバリート(Jibarito)」だというのはそんなふつうのプエルトリカンをさしているのだ。

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それだからラファエル・エルナンデスの「ラメント・ボリンカーノ(Lamento Borincano)」で歌われる農民の姿は、実は島からNYやシカゴなどアメリカ本土へ出稼ぎで移り住んだ島のすべての人。
それゆえ、人々はこの歌を自分のものとして愛したのだ。

ヒバロの歌い手に避けて通りないものがある。コントラベルシアだ。2人の歌い手が観客から「お題」をもらい、それについて気の効いた歌を即興で歌いあげるのだ。

そして形式は韻を踏んだ10行詩で、脚韻をABBA/ACCDDCと踏んで行かなくてはならない。

そんな形式の制約を尊重しつつ、観客に「ぎゃはは」とか「うーん、やるなぁ」と言わせる機微に富んだ歌で戦う。

サルサの歌い手に、ソネオ(即興で歌詞を作りモントゥーノ部分で思いを織り込んで歌うこと)の名手が多いのは、ヒバロ音楽で鍛えられていることが多いからだ。


エクトル・ラボーの親父、ルイス・ペレスはポンセやアドフンタス、フアナ・ディアスなど南部のヒバロ地帯のお祭りやパーティーでボレーロをよく歌っていた。

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そしてそんな中で育ったラボーのアイドルはラミートチュイートオディリオ・ゴンサレスと言ったヒバロ歌いとダニエル・サントスやビセンティーコ・バルデスと言ったボレーロ歌いだったという。そして小さい時から歌いまくり。

だから、ラボーの喉とその即興はNYにわずか17才で乗り込んだ時、驚きをもって迎えられあっという間にスターとなったわけだ。
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ボビー・バレンティンが「El Jibaro y la Naturaleza」という作品を大切にしているのは彼が生まれた場所と無関係ではない。彼はヒバロ地帯の真っただ中、オロコビスに生まれ、コアモに転居と言うビバリートな環境で育っている。だからこそなのだ。
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昨年キュートなサルサの作品を出したビクトリア・サナブリア(Victoria Sanabria)はグアイヤマのヒバロ一家"ファミリア・サナブリア"の一員でもあり、ビクトル・マヌエル・レジェスと同様、バカルディーのトロバドール・コンテストの1995年の優勝者でもあるのだ。だから、彼女のソネオはヒバロ仕込み。
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こんな風にヒバロの音楽は、ごく自然に田舎の生活に溶け込んだ音楽であると共に、プエルトリコの心の故郷、みたいなものでもあり、そしてだからこそ、サルサが生まれるのに無くてはならないものだったのです。

VICTOR MANUEL REYES Y CRISTIAN NIEVES
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by mofongo | 2010-10-16 01:08 | Musica


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