2005年 03月 12日
ロベルト・アングレロ
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名前を初めて認識したのは河村要助さんのサルサ番外地の一章。
音が聴いてみたくてLPを探したが見つからなかったのを覚えている。

その後プエルトリコに住んでラジオを流しっぱなしの生活へ。ロマンティカなサルサや新譜以外に、常に掛かる定番”Clasica”があることに気付く。それは朝と昼と夜と深夜では違うのだけど、例えばイスマエル・リベラで昼なら”ディメ・ポルケ”夜なら"ラス・カラス・リンダス"とか。深夜はファニアのチータ、エクトル・ラボーのボレロ、セレクタ・・。

定番の曲"オハス・ブランカス""ソイ・ボリクア"などの作者がアングレロだ。ミュージシャンの友人やサルサの達人達にアングレロの話を持ちかけると、皆彼の曲のよさをこぞって誉める。

エル・グラン・コンボをさらっと見ただけでも"Mi Bomba","Dos Coplas y Un Ole" (Este Si que Es-1969)"Te Vas a Arrepentir"、"Antero"(Numero 7-1975), "Aqui No Ha Pasado Nada"(En Las Vegas-1978), "Las Hojas Blancas", "Bomba de Puerto Rico" (Universidad de Slasa 1983) ...その他にもソノーラ・ポンセーニャボビー・バレンティンなどそこら中に彼の作品がある。

ボンバの風味、メロディーの魅力などティテ・クレ・アロンソ同様のプエルトリコ好みだけどティテに比べてメロディーになんともいえないゆったり感がある。

こんな曲たちを作ったアングレロとはどんな人なのか?
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"Guaya Salsa" (1973)

島の北東のファハルドに大工の父とお針子の母の間に生まれたアングレロは小さいとき、サンファンの下町、サントゥルセのバリオ・オブレロに越している。隣人にはあのマヌエル・ヒメネス”カナリオ”もいて幼いアングレロは練習をよく見に行っていたと言う。

バリオ・オブレロに住んでいたってことは貧乏な庶民。子供時代は裏のマングローブの茂るラグーンで泳いだり魚やカニを取ったり鶏を追っかけたりという生活だったとか。

叔母たちのレコードでエルナンデスやダビリータなど聴いていたと言うが、音楽に傾くのはニューヨーク/ブロンクスの叔父の所へ移ってから。パラディアムでマチート、ティト・プエンテ、ティト・ロドリゲスを聴き踊る。同時にマックス・ローチからドラムも習った事も。

そんな中、英語を勉強し空軍に入る。朝鮮戦争の頃だ。その後島にもどってバリオ・オブレロでトリオやクアルテートで歌っていたが、時にはキニョーネス・ビダルやリト・ペーニャのLa Panamericanaで歌う機会もあった。

このときが彼の転機だった。彼が書いた曲”La Pared”がLa Panamericanaでジャジョ・エル・インディオの歌によってヒットしたのだった。その後、この歌はフェリペ・ピレーラ、ロベルト・レデスマ、シオラマ・アルファロなど多くの歌手のカバーが出るほどにもなった。

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それから作曲家として色々なオルケスタに曲を提供するようになり、自分のオルケスタも持った。その最初の歌手がコルティーホのバンドを辞めて島に戻ってきたマルビン・サンティアゴだった。この黒っぽい音はとても魅力的。

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彼のオルケスタ Tierra Negraでのヒットと言えば”Si Dios fuera Negro”(もし神様が黒人だったら)。これは、プエルトリコだけでなくアルゼンチン、ブラジル、ウルグアイやパラグアイなどでもヒットとなる。

これは彼が米国にいたときの人種差別が背景になってるが、この差別を歌い飛ばすような曲になっているのがすごい。「もし神様が黒人だったら、世の中変わる。黒人の大統領、黒人の知事、黒人の医者に黒人の弁護士・・・」と言った歌詞をボンバに乗せ、最後に差別を逆手に取ったやりとりも入れて軽々と演っている。

アングレロのインタビューによればTierra Negra(黒い地面)というグループ名は、彼の育ったバリオ・オブレロ、舗装もされてなく黒い土剥き出しの場所から取ったと言う。そんな庶民の住む場所が彼のホーム・ポジションであり、そこから生まれる歌は気取りもなく、強さとやさしさが漂う。こういうのに弱いのだ。

テゴ・カルデロンが2005年のサルサ国民の日に出演して”Si Dios fuera Negro”を演ったと聞いたとき、彼の作品"Loiza"とこの曲がだぶった。自分の事を"Negro Calde"とよく呼んでいるテゴ。

アングレロはテゴまで静かに繋がっているのだ。
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by mofongo | 2005-03-12 11:02 | Musica/SALSA


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