2005年 07月 03日
アンディー・モンタニェスとパブロ・ミラネス
アンディーから久しぶりに便りが来た。去年から話が出ていたキューバのヌエバ・トローバの大御所、パブロ・ミラネスとの新譜"AM・PM"がいよいよ秋には出せそうだとの事。
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”AM/PM”という二人のイニシャルを組み合わせたタイトルもけっさくだが、この2人の組み合わせ自体が楽しみ。

便りによれば、プロデュースはパブロ側のダゴベルト・ゴンサレスでミゲル・マタモロスの"ソン・デ・ラ・ロマ"と言ったキューバン・クラシックから"アヤ・エン・ラ・アルトゥラ”と言ったプエルトリカン・クラシック(ラミート!)、アンディーが最近の自分のコンサートで必ずやる、彼のおやじさん作曲の"ギターラ・ミア"とかも入るらしい。二人は「歌」をどう聞かせてくれるだろうか。

アンディーとキューバのコラボと言えば1997年のシルビオ・ロドリゲスのコンサートの時の事を思い出した。そしたらちょうどmacomocoさんのblogでその話が書かれていました。あの時のシルビオはすごかった。

元々、プエルトリコにはヌエバ・トローバヌエバ・カンシオンのムーブメントの時に他の中南米と同様に大きな波が起こっている。b0015362_14582142.jpg

'82年にはイベロ・アメリカ音楽祭が開かれ、シルビオ、パブロやファン・マヌエル・セラトとかが来島し、当地のヌエバ・カンシオンのアントニオ・カバン・バレ"エル・トポ"と共演している。そしてロイ・ブラウンはシルビオとの共演盤も作っているのだ。

ソノーラ・ポンセーニャパポ・ルカはパブロ・ミラネスの曲が好きで、何曲も取り上げているし、エル・グラン・コンボロベルト・ロエナサンタロサだってトニー・ベガだって彼の曲を歌っている。

だから、プエルトリコにはヌエバ・カンシオンを愛するリスナーがしっかりいる上に、アメリカ内でのシルビオの久しぶりの公演とあって、米本土や近隣諸国からも観客が駈け付けた。

アンディーは、元々表裏のない、政治や小細工の苦手な男で、その時シルビオに対する支持をストレートに語った。彼は先立つ'94年にキューバの有名なソンのファスティバル"マタモロソン"にお忍びで出演したりしている"過去"もある。

すると、米本土の亡命キューバ系がアンディーに対し強力な圧力をかけ、挙句の果てには、既に決まっていたその年のマイアミ・カジェ・オチョのフェスティバルへの出演を断念せざるを得なくなった。

その動きにカチンと来たプエルトリコのファンは島でのライブが決まっていたセリア・クルースのコンサートに反対するというケンカに出た。

当時そんな動きの中でこんなTシャツも配られた。僕も友人のアンディーのファンから1枚もらった。
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表はアンディーとシルビオの記者会見での写真。裏側は、ロラ・ロドリゲス・デ・ティオの有名なフレーズ「プエルトリコとキューバは鳥の翼の両翼」という言葉を載せ、セリア・クルースを批判したもの。
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このTシャツの話をアンディーにしたところ、「ばかばかしい。そんなもの作るのはバカだ。セリアは、カジェ・オチョの話には一切関係ないし、マイアミのキューバンの圧力や脅迫には頭にくるが、彼等の歴史だってあるんだ。一部のバカがやることを一々膨らませ騒いでも何も変わりゃしない」と憤慨したのを覚えている。

あの頃から、プエルトリコにはロス・バン・バンが来てパブロ・ミラネスが来てアラゴンが来てアダルベルトが来てアフロ・クーバ・デ・マタンサスが来て、と行き来が増え、ブエナ・ビスタの時代に入る。プエルトリコ側もアンディーが何度も行きベニーモレ・フェスやボレロ・フェスに参加したり、チェオ・フェリシアーノと一緒にルイス・ガルシアやその他のミュージシャンが行ったりと交流は続く。

アメリカ合衆国は選挙やスキャンダルがある度に、票の獲得や有権者の意識をそらすためかキューバにちょっかいを出す。

でも一方で、カストロ以後に向けて、既に経済に食いこんでいる欧州勢やカナダ、メキシコ、ブラジルなどに遅れを取らぬ様、じわじわ、いやどんどん動いているのも事実だ。ヘルムス・バートン法の修正だっていつかあるかもしれない。

そんな流れの中で、"AM/PM"が完成した時はまたパブロ・ミラネスが来島するかもしれない。さて、8年前と比べて、みんなどんな風に動くのだろうか?
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by mofongo | 2005-07-03 02:28 | Musica


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