2006年 03月 02日
旅日記:マイアミ(3)・カジェオチョ②
バスがきたので、へんなおじさんに別れを告げ20丁目へ向かう。目指すは"Hoy Como Ayer"というライブやってるスポット。

非常にノスタルジックな名前の店。ここは昔”カフェ・ノスタルヒア”って名前だった。

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カジェ・オチョはVersallesの話しで書いた通り、亡命キューバンが発展させてきた町。もちろん通り自体はキューバ革命時代よりずっと前からあり、キューバンを含め中南米移民の色濃い所ではあったみたいだけど、'60年代から革命で故郷を出ざるを得なかったキューバ人のコミュニティーが中心になる。



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でも亡命キューバン・コミュニティーって言っても多様で極右から穏健派、普通の人まで色々なのはどんなグループでも同じ。別に過激な人たちが固まって住んでる訳もない。キューバンだけでなく、プエルトリコ飯屋もあるし、エルサルバドルのププーサですら食べられる。

とは言え、一般に亡命キューバンは革命に追われて来たり、カストロ政権の何かに(政治体制か経済状態か)不満・不都合があり国を出てきた訳で、どちらをとるか、と聞かれればどちらかに色分けされてしまうのかもしれない。

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でもそんな状況だとしても、きっと音楽なら色分けを越える力があると思う。もちろん、シルビオ・ロドリゲスが「コンパニエロ」とプラヤ・ヒロンの事を歌うのを亡命キューバン右派が心地よく聴くわきゃない。でも革命前のキューバ音楽の伝統、例えばルンバでもワワンコーでもソンでもいいし、レクオーナでもベニー・モレでも、素晴らしい音には色分けなんかないわけで。

このHoy Como Ayerはベニー・モレの写真が飾られている。ノスタルジックな意味もあると思うけど、ベニー・モレなら色分けを軽々超えるような歌の力がある気がする。

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ちょっと早いけど入る。毎週週末11時頃からはマレーナ・ブルケのバンドが入るのだけどまだあんまり客はいない。まずはモヒートを注文してまったりと。






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しばらくすると前座というか最初のパフォーマンスが始まる。CRISTINA REBULL。バラーダというかボレロというかボヘミアというか、といって”Como Ayer“な、ありきたりな歌ではなくちょっととがったところのある個性的な歌。声も良くてちょっと聞きほれてしまった。

キューバではISAで学び、俳優でもあるんだって。まだCDとかは出してないけど注目。

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11時近くになると客が入ってくる。葉巻の香りもしてなかなか良い感じ。
そしてマレーナ・ブルケ。言うまでもなく、あの4年前に亡くなってしまったエレーナ・ブルケの娘さん。

うわ!こりゃクーバの香りだよ、あたりまえだけど。ベーシックなリズム隊に管が入った編成。
しかし、お約束なのかベニー・モレの曲も挟み、小気味よいソンもグイグイ来るグァラチャもあの「キューバ」の香りですばらしい。あー、やっぱりキューバの歌は「ソン」なのだよ。あのフィーリングはすべて「ソン」につながっている、とか思う。マレーナの声がまたまた素晴らしい。

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お客も当然踊りだす。気持ちいい。コンガの音質がとても音楽にあう。いや、リズムのノリがばっちりだから音がはっきり聞こえるのか。

隣あわせになったおじさんが、話しをしてくれた。マイアミの北のほうに住んでるんだけど時々ここへ来るんだと。キューバ人。年からするとキューバ生まれの亡命キューバンだったとしてもおかしくない。(でも、聞けなかった)。おじさんが何杯かおごってくれたのでついつい飲んでしまった。

だんだん酔っ払って頭が白くなっていったけど、ボケッとした頭で、Hoy como Ayerって店名はキューバ革命前を懐かしむ、ノスタルジックなものとは別物じゃないかと思った。色分けなしにキューバが一つになって昔のように皆一つに集まりたいって気持ちから来てるんじゃないかと思った。

しかし、複雑な事を考えるには既に遅い。もちろんこの時間、サウス・ビーチまでどうやって帰ろうか、という問題があったことなど思い出しもしなかった・・・。
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by mofongo | 2006-03-02 14:24 | Viaje/漫遊記


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