| |||||||||||||||||||||||||||||||||
|
2007年 12月 13日
((1)より続く) オールド・サンファンからCalle Cerraへ急ぐ。Vierra親爺に会う為だ。 いつものようにポンセ・デ・レオン通りからセラ通りをたらたらっと下る。お、DISCO HITSが大きな店を出してる。なんだ、親爺も商売やりにくかろうなあ。 ![]() ・・・ない・・・・ 親爺の店がないじゃん・・・・ 店はもぬけの殻・・・"Se Alquiler"(貸家)の張り紙が・・・・ まさか、DISCO HITSに負けて倒産したとか、それとも親爺の身に何かが・・・ 近くのコルマドに飛び込んだ。 モ「あ、あの、ビエラ・ディスコはいったい・・・」 店員「ん?2ブロック先に引っ越したよ」 なんだよ。張り紙くらいしておけよ。 ![]() じゃーん!おお、なんかでっかくなったな、びっくり。 入り口で親爺とリッチーがクリスマスの飾り付けをしてる。 爺「おや、久しぶり。元気か」 モ「親爺もお元気で。Feliz Navidad。新装開店だったんすか」 爺「ま、入れ」 早速、ブツを物色にかかる。いつもの店員が色々勧めてくれる。 ![]() 店1「これニーチェにもいたやつでさ、お勧め!」 店2「こっちはプエルトリコの新人の兄ちゃんたち。なかなかやるよ」 なんてやってるとあっという間に時間が過ぎる。 店の一番奥は一段高くなっていて、ライブも出来そう。2階の中古盤コーナー(LP)は観覧席になりそうだし。 モ「ねえ、ここ、コンサートも考えて作ったの?」 爺「いや、もと教会だったんよ」 お、またウイリー・ロサリオ先生がやってきた。ビエラでダベるのは日課なんだね。 そして先生と古いビデオを見るのもここに来る楽しみの一つ。 ![]() 古株の店員がセットしたのはカルメン・デリア・ディピニのTVショー。 彼女はボレロ歌手。ロサリオ先生はうれしそうにじっと聴き入って、店員と色々話す。画面ではディピニが司会ともう一人のゲストと話している。 ロサリオ先生が話しかけてくる。 ![]() ロ「おい、あれ誰だか知ってるか」 モ「えー、分かりません」 ロ「あれはパコ・ルイス・ビダル。作曲家だ。もう亡くなったけどな、良い曲を沢山書いてる。」 モ「先生、やっぱりボレロは大事なんですね」 ロ「良い歌をたくさん知らなきゃだめだ」 うーん。プエルトリコって、良い歌い手を輩出してるでしょ。 トリオの時代、マンボの時代、サルサの時代、ポップスも。 これって、良い作曲家もたくさん輩出しているってことなんだよね。 ああ、時間がいくらあっても足りない。しかし、もうそろそろ時間切れ。 モ「じゃ親爺、良いクリスマスを!」 爺「おお、お前もな。そうだ、プレゼントをやろう」 モ「あやー、こんな文献を!ありがとね」 さて、一旦宿にもどり、ひさしぶりに友人のMichiruさんに会いに。 地元話、家族の話、飯の話とあっという間に時間が過ぎる。 彼女にもらった、おいしい情報によると、コンダードでリコ飯のお昼食べるならダイヤモンド・ホテルのプール・テラスがねらい目だって。6ドルでドリンク付きの地元価格! 名残惜しいけど、次を急ぐ。 ![]() 今度は、サルセーロ公園だ。トニーオリベンシアが亡くなって、今年ついに銅像が立てられたというニュースは読んだが、やはりお参りに行かねばならない。 バスを待つがなかなか来ない。隣でアンディー・モンタニェスのポスターが「まあ、急ぐな」と笑ってる。 ようやく公園に到着。オリベンシアは一番左だ。 ![]() このサルセーロ公園は、サンファンの下町ビジャ・パルメラスにある。丘を越えればバリオ・オブレロ、道の反対側はジョレンス・トレスのカセリオ(プロジェクト/公営アパート)という、コテコテの庶民の街にある。ここからミラマールまでの「サントゥルセ」といわれる一帯から出た音楽家はいかに多いことか。 コルティーホもイスマエル・リベラもペジン・ロドリゲスもボンバのセペーダ一家もアンディーもペリーコも、と挙げればきりが無い。 そのコルティーホ、イスマエル・リベラ、ペジン・ロドリゲスとエクトル・ラボーに続いてオリベンシアが胸像になったのだ。オリベンシアというのが、いかにサルサの歴史の中で重要人物かよく分かる。 ![]() 60年代前半、まだNYでサルサが生まれていない頃、すでに彼の音はサルサと言って良いものだった。そして、彼が見込んだ数々の優れた歌手、起用した作曲家と作品、そのスタイルと、グラン・コンボやポンセーニャ、ロサリオとまた違った、バンド・リーダーの個性・主張がある。 5体に順に手をあわせていると、怪しい東洋人を地元のお子様たちが警戒している。 そこで皆に話しかけてみた。 モ「やあ、みんな、元気かい」 皆「・・・・」 モ「(うっ、明るく声かけて、かえって警戒された)この人たちは一体だれなんですか?」 お子様1「彼らは偉大な音楽家たちです。」 モ「どんな音楽なのですか?」 お子2「サルサです」 お子3「この人は(とコルティーホを指差す)はボンバやプレーナも演奏しました」 モ「(おお、やるなあ!)では、みんな、こんな歌は知ってますか?Las caras lindas de mi gente negra♪~」 皆「知ってます。知ってます。この人、この人(とマエロを指す)」 ああ、素晴らしい(涙)。 我々も、日本の素晴らしいメロディーのことを子供たちに教えんといかんなあ。 ![]() ふと右手を見るとあと3体分の台座が作ってある。 誰のだ? モ「これらは誰の為のものですか?」 お子1「知りません」 お子2「ダディー・ヤンキーかも」 がははは、これはいい。彼らはイスマエル・リベラもダディー・ヤンキーも同列なのね。 伝統ってこういう位置にあると、音楽は衰退しないんだろうなあと、5賢人の像に改めて敬意を表したのでした。 爺レポありがとうございます。その教会はちょっと記憶にはないんですけど、どんどん事業も大きくなってきているようで、自分の事のように嬉しいです~。 サルセーロ公園、滞在先のミラマールから歩いて(!)イスラベルデにあるTito Rodoriguezが住んでた家へ行って、その帰りに偶然見つけたんですけど、その時はまだ二体だけだったな~~(しみじみ) 時間の流れって恐ろしい。その頃はまだHector Lavoeも生きていたし・・・。 胸像の残り3体分。そのうちの一体はベタですけどFrankie Ruizかな~~?そう願っているんですけど。 こんちは。 漫遊情報、いつもありがとうございます。 plaza de salseroも私が行ったころ(下のリンク)と少し変ってますね。 http://www.ne.jp/asahi/salsa/sabor/rumbera.html 今は奇麗に整備されてるみたいでとてもボリクアの仕事とは思えません。 しかし残り3体ではこの先どう考えても少なすぎますよねぇ。 あの人もあの人もって考えると、どう考えてもあと20~30体分くらいは必要に思うけど。。。 で、こういう所をたとえば政府や観光局がきちんとした場所に整備して、 観光客向けにもうちょっとアピールしてもいいのになぁと思うんだけど、 でも、ボリクア中毒者にとってはそれがいいのだ。 このアクセスの悪い所に知る人ぞ知るって感じで存在するのがイイ! ちなみに知らない人のために、、、場所はここです。 (グーグルマップはホント凄いですね。モフォンゴさん、世界のサルサ聖地のグーグルマップリンクをぜひ音頭とって作りましょうよ。) http://maps.google.co.jp/maps?ie=UTF8&ll=18.446288,-66.045776&spn=0.001234,0.001499&t=k&z=19&om=1 げばさん 爺は元気でがんばっとります。Fernand JuncosとCalle Hoareの角です。 Calle Cerraより一つミラマールの中心よりのCalleです。 売り文句が「Catedral de la Musica Latina」となんだかわかんない迫力になってます。 サルセーロ公園、昔はしょぼかったですよね。しかしミラマーから歩きでティトの家ですか。かなりありますね。あっと言う間に日焼けしそ。 空港への途中なので毎回お線香あげに行くのですが、徐々にきれいになってます。特に、オリベンシアのができた時に、市長のサンチーニがあと3つ作るとか言ってました。 XXXとXXXとXXXの名前が挙がってました。さて、いつできるのか? コキートさん そうなんです、毎回行くごとに、変化してます。今回、市の看板に"Trabajo de Remodelacion y Embellecimiento-Plaza del Salseros - Phase II"ってあったので、ひょっとしたらPhse IIIとかPhase IVとかあるのか??その時に20-30体並ぶとかなり怖いですね。モアイ像か? >このアクセスの悪い所に知る人ぞ知るって感じで存在するのがイイ! ほんと、どうしてプエルトリカンってこういうところ謙虚と言うか、お金に結び付けないんでしょうねえ。 でも、きっと観光開発なんかされたくないのでしょうね。 >世界のサルサ聖地のグーグルマップリンク ははは、こりゃ面白いですね。実は趣味で、「プエルトリコで撮影されたアルバムジャケの場所特定」っちゅうのをやってるんですが(コルティーホ初期とかグランコンボとかPRPとかいくらでもありまし)、まとめてみようかなぁ。 あとは、サルサ的観光ポイント?うーん、なんでしょ。旧市街のルーツ博物館とかポンセの音楽博物館とか?マンハッタンのチータ跡とか?カリのサルソティカ/ビエホティカの名店とかですかね? どういうとこがありますかね。 ダディ・ヤンキーはもう鬼門ですか・・・・ オヤマさん 逆にあの5人はまだ生きているのかも。。。 >Trabajo de Remodelacion y Embellecimiento そうですか。 やっぱ薄々彼らも気づいてるんでしょうかね。 でも、あの公園って地元の子供達にとってはホントに普通の遊び場なんですよね。 あとビデオクリップでもN'KlabeのI Love Salsaで少し出てきますね。 http://e1.music.yahoo.com/musicvideos/lists/byalpha.asp?l=N&p=1 >実は趣味で、「プエルトリコで撮影されたアルバムジャケの場所特定」 素晴らしい! これは意外に思いつかなかった。 じゃお先にベタなところでエディ・パルミエリの「at the University of Puerto Rico」の塔でも。 http://maps.google.co.jp/maps?ie=UTF8&t=k&om=1&ll=18.402796,-66.050159&spn=0.001234,0.001499&z=19 >Fernand JuncosとCalle Hoareの角です。 なんとなくわかってきました。その側にCAFEありましたよね?酔っぱらったVitiを何度も目撃した場所だったりして(笑) >XXXとXXXとXXXの名前が挙がってました。 ま、まさか、まだ生きている人間とか・・・・(汗)生きているサルセーロがもしも鬼籍に入った場合、半年以内に胸像が立ちそうな人も数人居るし。更にプレーヤー以外、作曲家、アレンジャーにまで広げると、とてつもなく候補が広がりますね~~・・・。 コキートさん、 よくアビーロードの道路を渡るのを記念写真に撮る、ってのがあるじゃないですか。あれをやりたいんですよ。 でも、Sorongo / Rafael Cortijo Y Su Bonche (Tico LP 1170) の場所で、通りがかりの人に、茂みから顔出して撮ってくれっていったら、かなり引かれた経験が。。。 げばさん、 酔っ払ったVitiですかぁ、なんか今でも歩いてそう。 市長が名前を挙げた3人はみんなあの世の人です。でもマンボ時代の人が2名、はたしてサルサと言って良いのか。 なるほど。 アンフィテアトロと日本庭園の方々ですね。 残りはフランキーですかね? 個人的にはプエブロとカタリーナ翁が望ましいです。帽子が難しいけど、オリベンシアの眼鏡に比べれば楽勝でしょう。 Feliz navidad☆☆今日改めてじっくり読ませて頂きました☆ クラブのとこ読んでPRめっちゃ行きたくなった!あぁ〜。。 (コアなとこはちょっと行けないけどな〜) 日本帰る前にもう一度行きたいな。。 daddy yankeeのパスケース、欲しいようないらないような。。 その後使っていらっしゃるんですかね? そいでは来年も宜しくお願いします♪♪ オヤマさん、 そうです。アンフィテアトロと日本庭園の方々です。もう一人がはっきり思い出せないのですが。カタリーナ翁がいいっすね。 Que?ちゃん、 遊びに来てくれてありがとね。 Lazerならタクシーも簡単につかまるけど802は、タクシーなんて絶対いないもんなあ、もちろん明るくなるまで居ればいいんんだけど。 DYのパスケース、・・・まだ開けてません。どうしよか。。。かなりチャチ。 名刺入れにつかっても、誰も受けてくれんだろうし。 ほしい方が居たら差し上げます。 Queちゃんも残りのNY生活たっぷり楽しんでね。1月にNY寄れるかなあ。 来年もこちらこそ宜しくお願いします☆ はじめまして、80と申します。プエルト・リコに4日間だけ行くことになり、このブログの情報を大いに活用させていただきました。Viera Discosに行ってきました。Vieraさんお元気でしたよ。店員さんに近所の"La mejor parada"というレストラン(Fernandez Juncos を18番のバスターミナル方向へ、ターミナルを過ぎて、確か最初のブロック左側)を教えてもらい、夢のように美味しいご飯(もちろんモフォンゴつき)を食べてきました。役に立つ情報、ほんとうにありがとうございました! 80さん、こんにちは!行かれましたか!爺も元気とのことで何よりです。飯も食ってこられたんですね。ああ、うらやましいです。80さんはVieraに行かれたという事は、サルサとかお好きなんでしょうか?もしそうなら、どんなオルケスタ/歌い手がお好きか教えて頂けるとうれしいです! モフォンゴさん、こんばんは。80です。(もう、モフォンゴと入力しただけで、顔面の全神経が、あの夢のような味を思い出します。) プエルト・リコの音楽について、あまりよく知らないのです。今回一生懸命 WEB検索してVieraさんのお店を探し出したのは、日本で手に入りにくいCDが欲しかったからです。それは、Daniel Santos の En mi viejo San Juan 。子どものときに、ラジオで聞いて、しびれてしまい、歌手名と題名をメモしてあったのでした。手に入れることができて、本当に嬉しいです。(モフォンゴさん、ありがとうございました!)そして、お店の奥を覗くと、なんとペルー音楽の棚、じゃなくて、段ボール箱がありました!日系ペルー人の友人に以前聞かせてもらった Vals, Polka, Marinera, Peru Negra などがあって、思わず買ってしまいました。 (長いので、次に続く。) (つづき) 私の音楽の好みは、保守的だと思います。ダニエル・サントスも、ペルーの音楽も、昔の思い出と繋がっているから好きなんだと思います。・・・これで答えになっているでしょうか??? (でも、食べ物は新しいもの好きです。Chillo の丸揚げも、鶏肉入りの arepas も、tembleque も、tostones も、camarones al ajillo も、こってり濃い珈琲も、みんな堪能してきました。今、我が家には pasta de guayaba と chicharrones があります。ふふふ・・・) 80さん、Daniel Santosでしたか!”En Mi Viejo San Juan”はプエルトリコでは定番の名曲ですよね。カラオケでよく歌いました。でもDaniel Santosの歌った盤は知りませんでした。Santosの若い頃はホントカッコいいですね。今度探して見ます! Viera爺の店はいろんな国の盤もおいていあるので楽しいですよね。いつもはPeru盤までとても手が回らないですが、みて見ない手はないですね。これも次回チェックして見ようと思います。 色々な方がこの駄文を読んでくださるのは本当にうれしいです。そして、こうして書き込んでいただけると「あ、そうか!」と気づかされる事が多いのがありがたいです。Mil graciasです! Chillo、arepas 、tostones、camarones al ajillo、ああ、よだれが・・・。Tembleque、pasta de guayaba ・・甘いものも食いたくなってきた・・・。酷ですよ。 まずはChicharronesをかじりながらビールで一杯!行きたいです(^^) モフォンゴさん、こんばんは。プエルト・リコ超初心者の私の書込みがご参考になったら、嬉しいです。(購入したCDはコロンビア製、Yoyo Music S.A. Serie Inmortales Daniel Santos El Borero Inmortal と書いてあります。) また、ときどきブログを覗いてみます。ありがとうございました! 80さん、ありがとうございます。コロンビア盤というのが、さすがダニエル・サントスの絶大で広範囲な人気を表していますね。
あのハンサムでちょっと悪そうなルックスと個性あふれる歌は、ラテンの「歌」の世界を楽しむのにはなくてはならないし、コロンビアでしたら、カリがサルサの中心と発展してきた時代を知るのになくてはならない人だし。 |
ABOUT
カテゴリ
以前の記事
2009年 11月
2009年 09月 2009年 08月 2009年 07月 2009年 06月 2009年 05月 2009年 04月 2009年 02月 2008年 12月 2008年 11月 2008年 08月 2008年 06月 2008年 05月 2008年 04月 2008年 03月 2008年 01月 2007年 12月 2007年 11月 2007年 09月 2007年 08月 2007年 07月 2007年 06月 2007年 03月 2007年 02月 2007年 01月 2006年 12月 2006年 11月 2006年 10月 2006年 09月 2006年 08月 2006年 07月 2006年 06月 2006年 04月 2006年 03月 2006年 02月 2005年 12月 2005年 10月 2005年 09月 2005年 08月 2005年 07月 2005年 06月 2005年 05月 2005年 04月 2005年 03月 2005年 02月 2004年 08月 最新のコメント
LINKS
エキサイトブログ
最新のトラックバック
ネームカード
タグ
| ||||||||||||||||||||||||||||||||