2007年 12月 13日
プエルトリコ '07.12 (2) Viera Discos
((1)より続く)

オールド・サンファンからCalle Cerraへ急ぐ。Vierra親爺に会う為だ。

いつものようにポンセ・デ・レオン通りからセラ通りをたらたらっと下る。お、DISCO HITSが大きな店を出してる。なんだ、親爺も商売やりにくかろうなあ。


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・・・ない・・・・

親爺の店がないじゃん・・・・

店はもぬけの殻・・・"Se Alquiler"(貸家)の張り紙が・・・・

まさか、DISCO HITSに負けて倒産したとか、それとも親爺の身に何かが・・・



近くのコルマドに飛び込んだ。

「あ、あの、ビエラ・ディスコはいったい・・・」
店員「ん?2ブロック先に引っ越したよ」


なんだよ。張り紙くらいしておけよ。


◆◆◆


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じゃーん!おお、なんかでっかくなったな、びっくり。
入り口で親爺とリッチーがクリスマスの飾り付けをしてる。

「おや、久しぶり。元気か」
「親爺もお元気で。Feliz Navidad。新装開店だったんすか」
「ま、入れ」

早速、ブツを物色にかかる。いつもの店員が色々勧めてくれる。

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店1「これニーチェにもいたやつでさ、お勧め!」
店2「こっちはプエルトリコの新人の兄ちゃんたち。なかなかやるよ」

なんてやってるとあっという間に時間が過ぎる。

店の一番奥は一段高くなっていて、ライブも出来そう。2階の中古盤コーナー(LP)は観覧席になりそうだし。

「ねえ、ここ、コンサートも考えて作ったの?」
「いや、もと教会だったんよ

お、またウイリー・ロサリオ先生がやってきた。ビエラでダベるのは日課なんだね。
そして先生と古いビデオを見るのもここに来る楽しみの一つ。

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古株の店員がセットしたのはカルメン・デリア・ディピニのTVショー。
彼女はボレロ歌手。ロサリオ先生はうれしそうにじっと聴き入って、店員と色々話す。画面ではディピニが司会ともう一人のゲストと話している。

ロサリオ先生が話しかけてくる。



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「おい、あれ誰だか知ってるか」
「えー、分かりません」
ロ「あれはパコ・ルイス・ビダル。作曲家だ。もう亡くなったけどな、良い曲を沢山書いてる。」
「先生、やっぱりボレロは大事なんですね」
「良い歌をたくさん知らなきゃだめだ」

うーん。プエルトリコって、良い歌い手を輩出してるでしょ。
トリオの時代、マンボの時代、サルサの時代、ポップスも。
これって、良い作曲家もたくさん輩出しているってことなんだよね。


ああ、時間がいくらあっても足りない。しかし、もうそろそろ時間切れ。

「じゃ親爺、良いクリスマスを!」
「おお、お前もな。そうだ、プレゼントをやろう」
「あやー、こんな文献を!ありがとね」

◆◆◆

さて、一旦宿にもどり、ひさしぶりに友人のMichiruさんに会いに。
地元話、家族の話、飯の話とあっという間に時間が過ぎる。
彼女にもらった、おいしい情報によると、コンダードでリコ飯のお昼食べるならダイヤモンド・ホテルのプール・テラスがねらい目だって。6ドルでドリンク付きの地元価格!

名残惜しいけど、次を急ぐ。

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今度は、サルセーロ公園だ。トニーオリベンシアが亡くなって、今年ついに銅像が立てられたというニュースは読んだが、やはりお参りに行かねばならない。

バスを待つがなかなか来ない。隣でアンディー・モンタニェスのポスターが「まあ、急ぐな」と笑ってる。








ようやく公園に到着。オリベンシアは一番左だ。

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このサルセーロ公園は、サンファンの下町ビジャ・パルメラスにある。丘を越えればバリオ・オブレロ、道の反対側はジョレンス・トレスカセリオ(プロジェクト/公営アパート)という、コテコテの庶民の街にある。ここからミラマールまでの「サントゥルセ」といわれる一帯から出た音楽家はいかに多いことか。

コルティーホ
イスマエル・リベラペジン・ロドリゲスもボンバのセペーダ一家アンディーペリーコも、と挙げればきりが無い。

そのコルティーホイスマエル・リベラペジン・ロドリゲスエクトル・ラボーに続いてオリベンシアが胸像になったのだ。オリベンシアというのが、いかにサルサの歴史の中で重要人物かよく分かる。

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60年代前半、まだNYでサルサが生まれていない頃、すでに彼の音はサルサと言って良いものだった。そして、彼が見込んだ数々の優れた歌手、起用した作曲家と作品、そのスタイルと、グラン・コンボやポンセーニャ、ロサリオとまた違った、バンド・リーダーの個性・主張がある。

5体に順に手をあわせていると、怪しい東洋人を地元のお子様たちが警戒している。
そこで皆に話しかけてみた。

やあ、みんな、元気かい
「・・・・」
「(うっ、明るく声かけて、かえって警戒された)この人たちは一体だれなんですか?」
お子様1「彼らは偉大な音楽家たちです。」
「どんな音楽なのですか?」
お子2サルサです
お子3「この人は(とコルティーホを指差す)はボンバやプレーナも演奏しました」

「(おお、やるなあ!)では、みんな、こんな歌は知ってますか?Las caras lindas de mi gente negra♪~」
「知ってます。知ってます。この人、この人(とマエロを指す)」

ああ、素晴らしい(涙)。
我々も、日本の素晴らしいメロディーのことを子供たちに教えんといかんなあ。

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ふと右手を見るとあと3体分の台座が作ってある。
誰のだ?

「これらは誰の為のものですか?」
お子1「知りません」
お子2「ダディー・ヤンキーかも」

がははは、これはいい。彼らはイスマエル・リベラダディー・ヤンキーも同列なのね。
伝統ってこういう位置にあると、音楽は衰退しないんだろうなあと、5賢人の像に改めて敬意を表したのでした。
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by mofongo | 2007-12-13 01:34 | Musica/SALSA


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