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2008年 01月 26日
Juan Formellインタビュー
先々週、東大で教えておられる文化人類学(キューバ文化や音楽)が専門の方と話す機会があった。そこで出たのは最近のキューバ音楽にどうも果実が少ないという話だった。

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そのわけについての話はあまりに広いのだけど、歴史的な面や現在のキューバの状況からのポイントがいくつか頭に引っかかっていた。

ティンバは最近ほとんどピン感じる作品に出会わず、またキューバに行ってきた友人達からも状況に失望の声が高かったりする。でも、ミュージシャンはどんな国でも自分たちの周りのリアルな空気を捉え、常に新しいものを作ろうとするモチベーションをもつ生き物だ。

何か起こっているんじゃないか?と思う気持ちの反面、プエルトリコのレゲトンばっかり聴こえてくるという友人達の話しもある。キューバの音楽は弱ってるの?どうなの?

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そんな中、仕事のルーティ-ンでいつものように中南米の情報を調べてると、キューバの地元紙"Juventud Rebelde "に掲載されたファン・フォルメルのインタビューに出くわした。(左はJuventud Rebelde読むフィデルさん)


自分の頭に引っかかっていた事が質問に並び、また彼の答えから伺えることもあって面白い内容。彼の発言は地元紙向けで、政府へのあからさまな批判などできないだろうし、批判をするならアメリカの経済制裁批判とバランス良く語らねばならないだろうし。

それに彼が全キューバを代表する音楽家であるわけでもない。だからこれだけで今のキューバを推し量るのはムリがあるけど、少し頭を整理する意味で書いて見ます。

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このインタビューでは、フォルメルは家族のことや今の仕事の話題だけでなく、突っ込んだ質問にもフランクに答えている。例えばこんな質問だ。

- どうして60年代、ソンのオルケスタは人気を失ったんでしょうか?
- マイアミで演奏するって事はどういう意味があるのでしょう。
- 70年代や80年代、ロス・バン・バンはキューバの現実を歌っていましたね。でも、なぜ今は殆どラブソングばかりなのでしょう?もうキューバの現実には興味がないのですか?
- 今のキューバ音楽をどう評価しますか?

この最後の問いについてはこんな風に答えている。
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F:キューバのポピュラー音楽には変化の兆しも将来を保証するものも全然見えてこない。どんな面からも感じられないんだ。あるものは亡命してしまい、残ったものは一年中海外でツアー生活。国内の聴衆とのリンクを失ってる。

問題は沢山ある。その一つはミュージシャンがサラリーを受け取ってない事。つまり、将来の保証がないんだ。つまり何かの理由でオルケスタに仕事がないと、全く収入の道が無い。

需給の法則もある。もし自分がいくらギャラが欲しいと言って、相手がOKするなら問題ない。しかし、OKしなかったら、仕事を断るか相手の条件を飲むかだ。昼飯がギャラだ、っていうミュージシャンたちだっている。事態は本当に深刻なんだ。

だから、カンクンやベラクルス、メリダ(注:みなメキシコの地名)にしばらく行って稼ごうとするやつもいる。でもこれはキューバ音楽にとってよくない。というのはみんな海外での長期契約を望むんだ、数週間とかじゃなくてね。2年間行きっぱなしなんてやつもいる。パスポートの書き換えだけに帰ってくるみたいな。

いい感じでスタートしたグループがその内シーンから消えてしまったりする。それは彼らが国を離れたせいじゃない。生きるために海外暮らしをするからなんだ。

だって、もし彼らがキューバにいたら、3ヶ月も仕事がないこともあるんだ。だから、これらの才能あるオルケスタを守るため、第一線のオルケスタを集めて一緒にコンサートを開いたりするんだ、そうすりゃ客がくるだろ。

自分はこれらのコンサートの企画のためにレコード・プロデューサー、演奏家、歌手など集めてUNEAC(キューバ・アーティスト&ライター組合)の会合を組織したりしている。

僕等が言い続けているのは、中堅どころのオルケスタは給料をもらえないといけないってことだ。そうすれば彼らはバンドを続け、新しい事をクリエイトできる。もし僕等がこの努力を止めたらまた60年代のキューバに起こったこと(注:ソンが急激に力を失ったこと)が繰り返されてしまう。そして皆外国の音楽しか聴かなくなってしまうかも知れないんだ。

:キューバのポピュラーなバンドが演奏していた場所はどうなってしまったんですか?

F:みんな無くなってしまった。みんな望んでいるのに。コンサートは踊りに来る観客とオルケスタ側の両方のものだ。この密なコンタクトがとても大事だから。

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今じゃ<カプリ>や<マクンバ>は満員。<トロピカル>はロックに使われている。<トロピカル>は”ベニー・モレのホール”なんだよ、ポピュラー音楽の為の。だからそのために使わなきゃ。ロックやラップに向いた場所なら他にもある。


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もちろんEGREMの<カサ・デ・ラ・ムシカ>はある。でも、入場料が$25(CUC)って高すぎだ。キューバンにとってこの額がどれほどか分かるだろ。他に小グループなら演奏できるような場所ならあるけど、元はコメディアンやレコードを楽しむ場所だったような所だ。

この状況は危険だ。気づいたときにはもっと場所がなくなってるだろう。若者が踊りに行く場所が無い。テアトロに行く日もあるだろう、でも他の選択が欲しいときにマレコンへ行ってラムを飲むくらしかない。これは健康的じゃない。ちゃんとした場所が必要だ。
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・・という具合にフォルメルは国内でキューバ音楽のバンドが人気バンドを除いて食えないという状況を語っている。それは国内に場が無い為に亡命か長期の海外公演、言い方は悪いがドサ回りを余儀なくされ、バンドの疲弊と国内の観客との断絶という悪いサイクルを生み出している、というものだ。

彼はその原因を米国のエンバーゴに帰しているが、同時に上にあげた3つ目の質問、「なぜ最近ラブソングばかりなのですか?」という問いに対する答えの中で、もう一つの理由とも読める事を答えている。
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問:70年代や80年代、ロス・バン・バンはキューバの現実を歌っていました。でも、なぜ今は殆どラブソングばかりなのでしょう?もうキューバの現実には興味がないのですか?

F:今も色んな事を歌ってるよ。ラブソングだけじゃない。作詞をするときはストリートの言葉に耳を傾けるんだ。そしてそれをヒントに膨らませる。例えば”Eso que anda”とか”Que se sepa”なんて皆が使ってたときがある、そのフレーズを元に物語を作るんだ。・・・
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・・・という感じで答え始めたフォルメルは、「最近は皆レゲトンに影響されたような汚い言葉しか使わなくなってきて、そういう汚い言葉を織り込んだ曲は作りたくないんだ」、とかなり細かな説明を続けている。

しかし、「ロス・バン・バンはどうやってダンス・バンドのトップを維持するんですか?」という問いに対して:

自分たちにとってダンス・ファンが一番大事だ。ダンス・ファンがゲームを決める。もし皆が踊らないなら、自分たちのどこが悪いか考えなくちゃ。・・・・だから、皆がレゲトンに対して否定的な事を言う時、自分はこう言うんだ。もし皆がレゲトンを踊るなら、そして歌うなら、それには必ず理由がある。

ダンス・ファン、音楽ファンがいつも正しい。ラジオが一日中かけてるとかいろいろあるだろう。でももしそれがはやってるのならそれには価値がある。
と、レゲトンを一面認める発言も。
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さて、これを読んでキューバには旅行者としてしか行った事の無い「非居住者」は勝手なことを考えてみる。

フォルメルの言ってることが正しいとすれば、彼は最近のロス・バン・バン、又はキューバのバンドがストリートの声を拾い上げられなくなっている事を感じているのかも、と思う。それは、ストリートの言葉が汚くなってるから・・・という話しだけではなく、中堅以下のミュージシャンが食えないような話も含め、なにか個人を超えたシステムの問題のようだ。

しかしその先行きの不安の理由を、言葉に、歌に出来ないもどかしさがあるように感じられる。それはキューバの体制が作るジレンマなのかもしれない、と思うのだ。

今のキューバは飢える事は無い。医療も無料。治安も良い。教育も無料。人として最低生きるのに必要なものは国がそろえてくれる。他のカリブ中南米諸国のようにドラッグや治安、貧富の大きな差などの問題はない。素晴らしいことだ。そしてそれは、皆その枠の中で生きることが大前提となる。

そんな中で、キューバ以外のカリブ中南米の地元の友人達とのキューバ・トロピカル音楽の話しをすると必ずその「歌詞」の話しになる。物足りないというのだ。人によっては社会の矛盾や問題に響かないなどとも言う。

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レゲトン大嫌いのある友人は、嫌いだが彼らが歌う歌詞にはリアリティーがあるという。例えば金に良い面と汚い面の両方があるという現実を強く感じると言うのだ。そして、今のティンバ以降のキューバン・トロピカル音楽にはそれを感じる「歌」がない、という主張だった。そして、それはキューバとそれ以外の国の違いが大きすぎるからラブソング以外ピンと来ないのは当たり前だ、とも言っていた。

フォルメルは、マイアミにも自分達の音を売り込んで行きたい。でも、アメリカはキューバに対する偏見があるので簡単じゃない、と語る、一方、言葉が通じないのに中国や日本、ベトナムでは自分達の音が支持されるので、これからも注力してゆきたい、という事も言っている。

ちょっと不思議なのは中南米の事を言わなかった事。まさか歌詞が後回しになるアジアなら支持を得るのは容易だ、と意味ではないと思うのだけれど・・・。
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彼ははまた、60年代、ソンが急激に衰退した理由の一つに、国がビートルズをラジオで流すのを禁止したバカらしい政策の事を挙げていた。いかに伝統があろうと、それ以外の刺激や外の素晴らしいものを取り入れられなかったら衰退すると言う事を言っているのか。

それは音楽家に新しい音楽の情報が無い、という事ではないだろう。今はCD/DVD/ネットもある。ラジオはマイアミから飛んでくる。しかし、原因がエンバーゴであれ、社会システムの問題であれ、自国の音を含め、一般の人が簡単に多様な音に触れる機会を日常的にもてない現状も指摘している気もする。

これらのフォルメルの発言にはキューバ関係のいくつかのサイトで色んな書き込みがあった。議論百出。

それらを読みながら、今のキューバでこういう切実な事を歌った歌を是非聴いてみたいと思った。

by mofongo | 2008-01-26 22:31 | Musica


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