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2008年 03月 04日
(Part 1より) ![]() 結局手軽なCafe Mystiqueへ。"マイアミのサルサ"が楽しめる場所。時にルエダなんかもやってるからね。さすが土曜11:30pmともなるとしっかり混んでる。今日は地元Univision系FM局 La Kalle 98.3主催のDJイベント。うーん、若者からシニアまでいい感じに年齢層がばらけている。 まず一杯。聴き易く、ミディアム・テンポで踊りやすい選曲。ジェリー君の「Cuesta Abajo」の後にRuben bladesの「Buscando Guayaba」, Joe Arroyoの「Bam Bam,」 Isaac Delgado & Victor Manuelleの 「La Mujer Que Mas Te Duele」, Rey Ruizの「Muevelo」、Eddie Santiagoの「Amar a Muerte」と続く。マイアミな選曲だなあ。 YouTubeでJerry Riveraの"Cuesta Abajo"を聴く YouTubeでRuben Bladesの"Buscando Guayaba"を聴く YouTubeでJoe Arroyoの"Bam Bam"を聴く YouTubeでI. Delgado & V.Manuelleの"La Mujer Que Mas Te Duele"を聴く YouTubeでRey Ruizの"Muevelo"を聴く ![]() 初心者の淑女に踊って頂いたり飲んだりしている内に、地元民だというジェイが声をかけてくる。キューバン=プエルトリカン。彼の友人とバカ話で盛り上がり音楽話に進む。しかしこいつ、けっこうオタクだ。マドリードに住んでた事もあるからヨーロッパの事情にも詳しい。マイアミならではのキューバとサルサの話に。 この間のファン・フォルメルの話を振ってみた。彼はそんなニュースを知らなかったけど、キューバ本島の音が弱っているのは、キューバのせいでもカストロのせいでもないんじゃないの、って言う。じゃなんなのよ、と聞くと、そりゃキューバをビジネスにしてる主にアメリカ以外の関係者と乗せられてるファンだって。 ![]() 「キューバ人は60年代後半、NYやPRでサルサが出来上がって行く過程には亡命組以外関わっていないだろ?その後も、アダルベルトにしろバンバンにしろ、キューバらしい素晴らしいものを作っていったけど、サルサとは関係ないよな。 でも、それまで「キューバ音楽」として「サルサ」とは一線を画していたキューバはある時期から、外貨獲得のためか「サルサ」という言葉をOKした。そしたら、ヨーロッパとかで商売になると思ったやつらが、「キューバ=サルサの本場」みたいな感じで、キューバンのライブやCDを強くプロモートし始めた。いや逆だったかもしれないけどね。キューバの音を「サルサ」ファンも聴いているのを見て、キューバ側が、これは金になる、と思ったかもしれない。 ![]() ま、とにかくキューバンのギャラは安かったんだ。だから呼んで客が入れば儲かる。その為に「サルサ」って名前をつければ効果抜群だったんだよ。 スペインとかイタリアのバンドでもティンバをやりながら「サルサ」とか言ってるやつらがいたよな。日本じゃどうだった?俺はラルー(オルケスタ・デ・ラ・ルス)は良いサルサだと思うけどね。 で、そしたら訳のわかんない(西語圏以外の)のファンが、たとえは北欧とかさ、いやスペインですらそうだったかも、中南米とか西語圏で「サルサ」として認識されてる音なんかろくに聴かずに、「キューバ=サルサの本場」を受け入れて一気にブームを支えた。 ![]() 海外のティンバ・バンドも、さっき言ったみたいに自分たちの音を「サルサ」だとか、その発展系だとか呼んでビジネスにした。同じダンスの方法で踊れるからビジネスにしやすい。ても、ぜんぜん違うんだけどね。だって、キューバン・バンドはラボーすら知らなかったりする。 でもねそれはいわば「サルサ観光客」に受けているのと同じ。観光客はそこの場所の背景なんて知らなくたって済む。だって飽きたら移動すればいいんだから。 当時欧州からずいぶん音楽家がキューバに行って、「キューバ・ショック」で「サルサの本場」説を吹聴したしね。キューバはエキゾチックで違う世界だから、ショックを受けやすいんだよ。でも、結局彼らはキューバの音楽に何もコミットしていない。自分らの音楽には本場説を利用したけどさ。 西語圏、特にマイアミも含めてカリブ圏のファンの人たちにはキューバのバイラブレな音は「サルサ」としては理解されてない。あくまで「Musica Cubana」だ。「Timba」でもいいけど。これは音楽の質の問題じゃないんだよ。ラベリングの問題だ。キューバは食べるため、キューバに外貨をもたらすため、ファンに楽しんでもらう為にどんなレッテルであろうと海外で演奏する。それはしょうがないんだ。 だから問題はキューバの音楽を「サルサ」だとか言ってビジネスにしたやつら(もちろんキューバもそれに乗ったんだけどね)と、それに乗った/乗らされた「サルサ」の事をよく知らない無垢な「キューバン・サルサ」・ファンじゃないのかな。 ![]() こんな背景があるから、彼らの音は「サルサ」の結局大きな流れに乗れるわけもないし(でも、ティンバって音は「サルサ」って言わなきゃ、オリジナリティーのあったものだと思うけどね)、マノリンなんかアメリカにマーケットがあると勘違いして亡命してきちゃった。でも、誤解させたのはアメリカ以外のファンだと思うよ。 フォルメルが言うように「地元の音とも離れた」のも力を失った理由かも知れないけど、俺にはわからない。キューバには行った事ないからね。でも、不要なブームだったんじゃないかな。ブエナビスタとかも。あれで行けると思ったんじゃないの。 俺はサルサもキューバン・ミュージックもどっちも好きなんだ。親父とお袋をどっちも愛してるようにね。でも親父がお袋のかっこして人気者になってもうれしくないのさ。 うーん、かなり酔っ払ってきた。ジェイのこの話は、聞く一方になるからつい飲んじゃうなあ。でも視点は面白い。明日は12:00の便だけど、朝のマイアミは混むから普通に起きないとね。ジェイ、ぼちぼち行くよ。またな、あんがと! ![]() ・・・やば、寝すごした。慌てて荷物詰め込んでバスに乗り込み空港へ。 うわー、やっぱ混んでるよ。チェック・インの後のエックス線検査が進まず放置されてる荷物の山。俺のバッグもあそこへ行くのか・・・。ミッシングにならなきゃいいが。 ![]() チェック・インを終えて、朝飯。キューバ飯屋で"クバーノ"。キューバン・サンドイッチは中身をパンに挟んだあと熱い鉄板ではさんでぎゅっと押さえて軽く焼くのが特徴。"クバーノ"はハムとホワイト・チーズを挟む。 薄く見えるけど、ハムは5枚くらい、チーズも3枚くらい入ってるから充実。満足。 美味しさのぎゅっと詰まった"クバーノ"を食べながら昨晩のジェイの行ったことをぼんやりと考える。 そしていつものように本屋をチェック。ビジネス誌と芸能誌と新聞を買い込む。 次の目的地、中米某国に着くまでの時間つぶしに突入。 (続く) こんにちは~ うーん、とても興味深い記事です。 う~ん、、イタリアでは Maraca y Otra Vision を Salsa バンドだと思ってる人が多いみたいなのがずっと気になっていたんですよね。 Jazz と Bailable と Danzon とライブで聴いて、それぞれにとても素晴らしいんだけど、Jazz こそ Maraca y Otra Vision だと思う。でも、Jazz の Maraca は要らない人が多いみたい。 ってことよねー。と思ったり。。 これもまた、私の好みのお話なんですけどね。 日本もそうなんだけど、踊るための音楽を欲している人、多いと思います。 そしてキューバの Musicos は、稼ぎたがっています。 でもやっぱり、Musica Cubana は Musica Cubana であって、ヨーロッパの Salsa 好きからも Salsa とは別物扱いされていて、Musica Cubana を倦厭している人も多いようで。だからマーケットを広げるには Salsa 好きに受け入れられることを目指すんだろうなーと思ったり。 ただ、キューバ音楽好きや Timba 好きは、それをすると離れちゃうみたいだし。 ジェイさんのお話は、ある一面だと思います。 「地元の音とも離れた」のだとしたら、それはやっぱり「稼ぎたい」が理由だと思うけど、「地元の音とも離れた」のは観客が先なのかもしれないと思ったり。。 hirokoさん、うーん、ですよね。色んな意味で。ジェイはどちらかと言うと穏やかな人間だと思える人で、この話もゆったりと話してくれました。このブログでは、少しはしょるので性急な感じもしてしまいますが。 異国の音楽を楽しむとき、どうやったって異国の人と同じ視点にはなれないので、この話の中の「観光客」となってしまう立場=住民票のない立場は、クラシックであれ、ジャズであれ、ロックであれ、プエルトリコの音楽であれ同じですよね。だから、良く聴くかどうか、色々なジャンルも聴いてみるしかないなぁと思っています。 サルサの誕生の現場にキューバ人がからんでないのはレコードをたどれば明白な事、「サルサ」を「あれはソンのバリエーションだ、と言っていたキューバがどこかの時点で自分らの音楽を「サルサ」と呼ばせるようになったのも事実だし(レベとか)それも生きるためにはやむなし、とも思います。 だから、ジェイが「海外のバンドとか雑誌やレコード評とかライブが、キューバの事情とは別に、サルサの歴史も知らずに盛り上げた」と言われると思い当たる節もあるのが怖いです(ジェイは日本の事情はしらなかったですが)。色々考えさせられます。 moacomocoさん、やはりダンスの事は一つですね。マンボのダンステクでサルサを踊ることも可能だし、ダンスを教える為に「サルサ」とレーベル貼ったものが、音楽どこじゃないダンス初心者のに人々には「知識」として"何でもサルサ"みたいになりますよね。 Musica Cubanaの好き嫌いはあるでしょうが、例えばハーロウやパチェーコはMusica Cubana大好きですし(Timbaは知りませんが)、Papo Lucaはアダルベルトやミラネスの曲を積極的に取り上げ、アンディー・モンタニェスはキューバ・シンパですし、並立することは可能なのに、ビジネス側が混在させてる、という面はありますね。 mocamocoさんが「ただ、キューバ音楽好きや Timba 好きは、それをすると離れちゃうみたいだし」って言われるように、自分もキューバがサルサに安易に近づくとちょっと、って感じます。変わらないバンバンとか当時のアダルベルトのアプローチとか、「Musica Cubana」と言ってくれるアーティストが好きなのです(でも、これは音楽消費者のたわごとなんですけどね。生活かかってないから) だからジェイの文句は、キューバのMusicosには向けられてなくて、欧州のアーティストに向けられてました。 興味深い話をありがとうございます。少しずつ、パズルのピースが埋まっていく感じです。 しばらくサルサから離れてて、ある日地元のCD屋にデカデカとbuena vistaのコーナーが出来、そこで初めて「キューバンサルサ」なんて言葉を聞いて、天と地がひっくり返って更に逆立ちして背中からぶっ倒れてしまう程衝撃でした。あれだけサルサを毛嫌いし、区別をしていたのに、ワタシが知らない間に一体・・・・。 ワタシの周りにはラティーナの友達が結構居るのですが、ムシカクバーナの話は一つも出てこないですし、世代的にもやっぱりプエルトリコ中心なんですよね~。ただみんな貧乏なんで、10年以上前に買ったCDを今も大事に聞いたり、ワタシが持ち込んだ一緒に聞いたり、そんな親しみ方なんですよね。 だからあのブームは、ラティーノ達は置いてけぼりで、余裕のある欧州人だけが盛り上がり、踊れればなんでもいい、あれもこれもサルサにしちゃったんでしょうね。ブームが知らない間に始まって終わってたのと、田舎モンで情報がなかったんで、状況は良くわからないっですけど、聞くところによると、buena vistaで入ってそこで終わった人が大半とか・・・(汗) このジェイってのは私じゃないですよね? げばさん、中古屋でBuena Vistaが大量に100円とかで出てるのを見ると、消費されたなあと思います。いやアタシももってるんですが殆ど聴いてないので当の一人ですが。ルベン・ゴンサレスのは好きだし聴くんですけどね。ライ・クーダーは観光客で、いつも色んなものを求めてさまよっている人ですから、そういう扱いになる可能性が最初からあったかも。当時ブエナビスタの本を書いたりした人で、最近ご無沙汰の人は今もキューバにコミットしているのでしょうか。 「キューバン・サルサ」の盛り上がり時、ラティーノは置いてきぼりだったって感覚、分かります。いや、置いていかれたとかの意識もないかも。 コロンビアで未だにダビ・パボンが店頭の前に出てるのを見たりエディー・サンティアゴやチャネイがかかりまくるのを聴いたり、島やマイアミでフランキーを若いやつが歌うのを見ると、消費とは対極の位置にある歌を感じます オヤマさん、ジェイと話したら盛り上がるかも。 ジェイにハポンもヨーロッパと変わらないことを教えたいです。
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