2008年 08月 07日
コロンビア独立記念祭@日比谷 08.7
パナマの音を思い出してたら、コロンビアの音が頭に飛び交う。

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シンクロニシティーなのか、ネットで「コロンビア独立記念祭」というのを見つけた。早速行って見る。

場所は日比谷野音。昼過ぎの暑い日ざしの中、音楽が聴こえてくる。矢印代わりに日本と三色のコロンビア旗が。おお、人があつまってる。ソンブレロに白の上下で決めた兄ちゃんもいるじゃない。Que viva Colombia!

サルサ好きな人がよく知っている、コロンビア風味!独特で大変素晴らしい。ボゴタにはプエルトリコのFM局、Z93と同系列の局があってラボーからフランキー、エディー・サンティアゴ、ダビ・パボンとかがんがんかかる。カリにはグルーポ・ニーチェ、グアジャカン、カルタヘナにはジョエ・アロージョ、そして若いところでは8月来日のボゴタのLa-33とかの名前が上がりますね。

ロック、ポップスならフアネスシャキーラと軽く名前があがるし、バジェナートならカルロス・ビベス。コロンビアの魅力はラテン音楽では身近ですね。

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さてステージでは丁度クンビアに合わせてポジェーラ(Pollera)を身に付けた淑女たちと白の上下の紳士たちのダンスが始まっていた。オレンジと白の衣装に花の髪飾りが美しい。静岡からやってきたグループだとか。






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子供たちもかわいいね。前のチビどももいいが、ちょっと後ろのインディオ系衣装のニーニャたちもかわいかった。さすが、美女輩出のコロンビア。








お!次のステージが始まる前のつなぎに流れた最初の曲は、クンビアの大定番"ポジェーラ・コロラ"(Pollera Colora)

YouTubeで"Pollera Colora"を聴く

バランキージャの作曲家Wilson Choperenaの作品だけど、いろんな人が演ってる。サルサならジョエ・アロージョ、グアジャカン、ソン・デ・アスーカル、バジェナートならビノニオ・デ・オロ、ポップス系ならチャーリー・サーとどんどん浮かぶ。もちろん、地元の伝統的なクンビアのダンスでも定番だ。

YouTubeでGuayacanの"Pollera Colora"を見る

YouTubeでCharlie Zaaの"Pollera Colora"を見る

Ajai! al son de los tambores
Esa negra se amaña
Y al sonar de la caña
Va brindando sus amores
Es la negra Soledad
La que goza mi Cumbia
Esa negra Saramulla, oye caramba
Con la pollera colorá

いいですねー。

そして、会場ではすかさず踊りに立ち上がるコロンビア勢(特に女性)。反応が大変素晴らしい。

このリズムとガイタ(笛)の音を聴くと、ホント一挙にコロンビアムードだよ。クアトロやパンデレータを聴いて"プエルトリコ"と思うのと同じ。
やっぱこの曲の強さだよなあ。クンビアを1曲覚えたい人はまずこれを。

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さて次にステージに登場したのはなんと、翌週から来日ステージのあるグルーポ・バイア (Grupo Bahia)!出るなんて情報はなかったよ、なんとお得。
彼らはカリをベースに、コロンビアの西部・太平洋岸の音楽を聞かせてくれるグループ。こういうイベントでもない限り日本でナマで聴けることなんかないからうれしいね。



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1992年に結成。クルラオ (currulao)、ポロ・チョコアーノ (Porro Chocoano)、 ブンデ (Bunde)、 フーガ(Juga)、アンダレレス (Andareles)などの地方の伝統を背景に彼らの音を聴かせてくれる。

1998年初CD”Con el corazón cerca de las raíces”を発表、2001年は二枚目"Cantaré "を。最新作は2005年の"Pura Chonta" 。これがまた気持ちいい音。



ちょっとコロンビアの音を簡単におさらいしましょう。

コロンビアの音楽は、雑に言って4つの地域に分けられます。

1.まず国の北部・北西部のカリブ地域。これにはクンビアやバジェナート、マパレやブジェレンゲ、ファンダンゴなどなど。

2.そして西部の太平洋側地域。ここにはクルラオなどが含まれる。

3.それから首都ボゴタを含む、国土の真ん中西よりを南北に貫くアンデス山脈の地域。ここにはパシージョやバンブーコなどが含まれる。

4.そして国土の東側に広大に広がる丘陵・密林地帯。これにはホローポなどが入る。

海岸寄りの音にはアフリカより奴隷としてつれてこられた黒人系の人々の伝統が色濃く反映しています。
だから太鼓(タンボール)の強いリズムがある。それが、スペインの何かしらの伝統や系等と混ざり、そしてカリブ諸島と大きく違うのは、先住のインディオ系の影響も混じる点。

この度合いや地域差の中にコロンビアの音楽の魅力がたっぷり含まれているのです。そして踊りと音楽は一体。

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さて、マリンバの静かなイントロから入った演奏は、徐々に熱気を帯びる。リズムは基本的にクルラオ/Currulao

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クルラオって名前は太鼓の名前クヌーノ (Cununo)から来ていてCununaoと記される事もある。コロンビアの太平洋岸のダンス/音楽を代表するものです。

太平洋側というのは県で言えばチョコ(Choco)、バジェ・デ・カウカ(Valle del Cauca。カリ(Cali)が県庁所在地)、カウカ(Cauca)、ナリーニョ(Narin~o)などを含む。



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楽器はマリンバ (Marimba de Chonta)、クヌーノ(Cununo)という太鼓。大きい方がマチョ(Cununo Macho)、小さい方がエンブラ(Cununo Hembra)と呼ばれ、小さい方がアクセントをつける。

またもう一つの太鼓が肩からつるして両面を叩く、ボンボ(Bombo。Tamboraと呼ばれることも)。そして平たいハンド・ドラムのレドブランテ(Redoblante)、そしてシェイカーのようなグァサ (Guasa)。

リズムは基本的に8分の6拍子(ハチロク)でボンボが基本パターンで引っ張る。片面で付点四分音符をで二拍子系を、もう片面でたとえばタンタッタタとか三拍子系を叩いたりします。

アフリカより奴隷として拉致された黒人系の伝統が色濃く反映するリズム。歌詞もその地の自然や愛を歌う。

クルラオの他にも、この太平洋岸(Costa Pacifica/Litral Pacifico)はパンゴ(Pango)、アンダレレ(Andarele)、 マドゥルガ(Madruga)、ティグアランド(Tiguarando)、サポロンド(Saporrondo)、カリプソ・チョコアーノ(Calipso chocoano)、タンボリート・チョコアーノ(Tamborito chocoano)、フガ(Juga)また宗教系のチングアロ(Chigualo)、アラバオ(Alabao)、サルベ (Salve)、アルージョ(Arrullo)などかなり多様だ。ほとんど知られてないけど。

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リーダーのウーゴ・カンデラリオがときにソプラノ・サックスに持ち替えるとその音色はとてもガイタ的、そしてリズムはクンビア的に聞こえてくる。

ボンボがしっかりビートを叩き出しリズムに力を与える。クヌノ・マチョはアクセントを叩き出してスピード感を増すが、やはりリズムの主役はボンボ。
その上にマリンバが太鼓の8分の6に対して4分の2のフレーズをつむぎ聴き手の腰に刺激を与えてくるのだ。

ほんとは踊ってみたかったなあ。会場にはこのグルーポ・バイーアを日本で共演するマリンバ奏者三村奈々恵さんも来てました。彼女もリズムに体を乗せて楽しそう。

YouTubeでグルーポ・バイアを見る

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さて、その後はリツモ・デ・カリ。コロンビア・スタイルのサルサ・ダンスを得意とするスクールのチームですね。そしてカリから来たチビッコ。いやーまさにカリ・スタイルのダンス。

YouTubeでカリからきたキッズたちのダンスを見る

カリ・スタイルのサルサ・ダンスのパフォーマンス見たことのある人はあの腰から下の回転のスピードや細かいステップに強く印象付けられているでしょう。
掛かってる音楽の倍の速度で感じているようなスタイル。

YouTubeでカリのクラブのダンスを見る


なんで、あのスタイルなの?というのにはカリのサルサの歴史にもどらないといけません。。

1930年代以降、レコードというメディアの発展は色々な音楽が広がるのに大きな力となりました。50年代のクンビアの流行もその影響と言えます。60年代にはメキシコでCarmen Rivero楽団の"Pollera Colora"が大ヒットしたり。

YouTubeでCarmen RiveroのPollera Coloraを見る

もちろん、コロンビア発の音楽が外に出て行く前にまず、外からの音楽がやってくることからレコードの影響が始まりました。

カリブ側のバランキージャやカルタヘーナ、太平洋側のブエナベントゥーラと言った港はアメリカから最新の流行りの音楽のレコードが入ってくるゲートでした。
ブエナベントゥーラはカリの最寄の港ですね。

中でも船員はレコードのコレクションとNYなりの最新のファッションとダンス・ステップをも持ち込む宝箱だったのです。

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そんな港町には、そんな音に刺激を受けたオルケスタがマンボなどを演奏するダンス・ホールも出来ましたが、内陸のメディジンやカリ、と言った町にはレコードで伝わるしかありません。
レコードを週末のパーティーでかけられたり、またそのコレクターが始めた店が流行りの音楽を広めました。

30-40年代はご多聞に漏れず、チャポティーンなどキューバ音楽やエルナンデスやメキシコのボレーロ、その後のマンボ、といった風でしたが、50年代後半強力な人気を誇っていたのはソノーラ・マタンセーラとコルティーホだったのです。

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そして、カリではサルサダンスを「レコードに併せて楽しむ」というのが当たり前のベースとなりました。そして、誰が始めたのか良くわかりませんが、その33回転のLPを45回転の高速でかけて楽しみ踊る、という楽しみ方が生まれたのでした。






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「・・・1960年代から70年代にかけ、カリではユニークなダンス・スタイルが作られました。つま先で"倍のテンポ"でリズムを取るような速い動きが特徴でした。このスタイルは当時コロンビアでは”El Paso Calen~o (the Cali Step)"として知られていました。それまでラテン・アメリカで踊られていた"Short-Short-Long"/Quick-quick-slow"のスタイルとは異なり、ハイ・キックとすばやい足の動きがカリのサルサの特徴となったのです。




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・・・・・速いテンポのパチャンガはカリのダンサーのお気に入りでした。しかしその頃流行ったブガルー(例えばピート・ロドリゲスの66年のヒット"Micaela")などは彼らにとって遅すぎでした。そこで彼らは33回転のLPをシングル用の45回転でかけたりしたのです。これでもオリジナルが二分音符=65が85になるくらいで大して速くないですが、エディー・パルミエリのブガルー"Palo de Mango"などはオリジナルの二分音符=160を220まで上げて踊るのですから相当速い足の動きになります・・・」

("Memory and Movement in the Record-Centered Dance Scene"-Cali/Lise A. Waxer 2002より)

それ以来カリには非常に早いパッセージでのサルサ・ダンスというのはお約束のスタイルの一つとなっているのです。

YouTubeでカリのサルサ・ダンスを見る。

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ステージが終わった少年少女に「どうやったらあんなに早く踊れるの?」って聞いたら「練習だよ」って当たり前のこと言われた。そうかあー、そうだよなー。
(右はコロンビア大使とカメラに収まるダンサー君たち)






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そして最後のステージはオルケスタ・コンキスタンド。いいですねー。ビールでよっぱらってる頭がまわる・・。

ということで、コロンビアをたっぷり楽しんだ日でした。
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by mofongo | 2008-08-07 22:20 | Musica


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