カテゴリ:Musica/SALSA( 72 )

2012年 08月 18日
エル・グラン・コンボの来日公演まで一カ月!
いよいよエル・グラン・コンボ・デ・プエルトリコ来日公演まで一カ月。

サルサ・ファンにはいまさら説明もいらないけれど、この結成50周年を迎える、サルサの歴史と言っていいグループが今回来日するのは奇跡と言って良いと思う。

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今年50周年を迎えるポピュラー音楽のバンドと言えば、ローリング・ストーンズビーチ・ボーイズチーフタンズなどだけど、ストーンズも今月来日のビーチ・ボーイズももうレギュラーなライブなどやってない。チーフタンズは今年ワールド・ツアーで11月-12月に来日公演だけど、年間のライブ回数と言えば何と言ってもこのエル・グラン・コンボ・デ・プエルトリコ(以下グラン・コンボ)にかなわないでしょう。

リーダーのラファエル・イティエールは今年86才。ストーンズのミック・ジャガーが69才、ビーチ・ボーイズのブライアン・ウイルソンが70才、マイク・ラブが71才、チーフタンズのパディー・モローニが72才とひと世代以上違う中で、そんなバンドが全世界をコンスタントにツアーして、常に会場を満員にするって他に例がない。

つまり、ブエナ・ビスタのように一線から身を引いていた老音楽家が・・というパターンではなく、常に第一線でファンの心を掴んでいて、作品もコンスタントに出し、ヒットを飛ばし続けているバンドだという事。そして地元のプエルトリコを中心に、北米、中南米、ヨーロッパなどのツアーで引く手あまたな状況の中で14人ものメンバーという大所帯がわざわざ地球の裏側までやって来る、ってことなのだ。

サルサが好きなリスナー、ダンサー、ラテン・ファン、そして音楽ファン、ダンスファンはこの歴史的であり、かつバリバリの今のバンドであるグラン・コンボのライブに行って、本物の音の中に浸って楽しんで欲しいと思います。

そういえば、招へい元のティエンポさんが、こんな無料チケットの当たる企画を。これは応募しないと。↓(下のバナーをダブルクリックすると応募サイトに行きます)。(注:この企画は8/31にてしめきられました(リンクははずしました)。当選された方には直接連絡が、外れた方にもコンサートのご案内が送られる、との事です。)


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自分はプエルトリコに住んでいた5年間、そしてその後も島や北米・中南米を回る度に彼らのライブを楽しんで来たけど、この数十回のライブの中でハズレたコンサートは一度もなかった。来日まで、そんな彼らのライブの事や、メンバーの事とか、公演まで少しずつ書いていこうかと思います。

(続く)
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by mofongo | 2012-08-18 13:58 | Musica/SALSA
2012年 06月 21日
『ラティーナ』誌7月号にエル・グラン・コンボの記事
『ラティーナ』誌7月号にエル・グラン・コンボの記事書きました。6ページで彼らの歴史と完全ディスコグラフィー、聴きどころ付きです。9月の公演の前の予習に読んでいただければ!

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そして山口さんの『バジェナート伝説フェスティバル』7ページの現地レポは必読・保存版!!そしてカルロス・アギーレ&キケ・シネシ&ヘナート・モタ&パトリシア・ロバート・インタビューとミシェル・テローの記事も


Salió la edición julio 2012 de revista músical japonesa "Latina" contenido 6 páginas de mi artículo para "EL GRAN COMBO DE PUERTO RICO" que visitará Japón en le mes septiembre. El artículo incluyendo su 50 años de historia y la música con la discografía completa. Quiero que disfruten los fanáticos de Salsa en Japón.

https://twitter.com/latinacojp/status/214903833833377793
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by mofongo | 2012-06-21 00:51 | Musica/SALSA
2011年 05月 24日
Charlie Collazo (Corporacion Latina)亡くなる
なんだか今月は国内の好きだった俳優さんとか海外のラテンな強者の訃報が続いてて、さびしい限り。



コーネル・デュプリー。ラテンか?って?アリーサのバックとかStaffの・・だけど、Live at Sing Singの、って言いたい。昨年のBillboard Liveのステージで聴いたのが最後のステージ。やっぱ、チョーキングの鋭い切り込みのソロがめちゃかっこよかった。R.I.P。…

Eddie Palmieri - Azucar / Somebody's Son
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YouTubeで"Live at Sin Sing"の曲を聴く





コーネルの訃報と相次いで、トリオ・サン・ファン、そしてトリオ・ロス・パンチョスのリードを務めたジョニー・アルビノ(Johnny Albino)の訃報が。。。NYで逝去。。91才。プエルトリコのヤウコ(Yauco)の生まれ、グアィヤマ育ち。メキシコのトリオであるロスパンチョスのリード・パートは常にプエルトリカンが占めていた事は有名だけど、プエリトリカンの歌の系譜、ボレロの系譜を体現する、やっぱり素晴らしい声と歌の力だなあ、と思う。Q.E.P.D..

LOS PANCHOS - 7 NOTAS DE AMOR - JOHNNY ALBINO - versión completa
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YouTubeでTrio Los Panchosを聴く





そして、また訃報。。。サンティアゴ・セロン(Santiago Ceron)。先々週NYで亡くなったとの事。70才。
サルサのコアなファンなら知っての通り、アルセニオ・ロドリゲス、トニー・パボンのLa Protesta、ルイス・ペリーコ・オルティスとの仕事、そして自分のオルケスタでの活躍、と多彩な活動ぶり。クラシックの発声法を習っただけあって、やさぐれずにきっちりと歌う"La Voz Dominicano"。良い声のドミニカ男はキューバ風味の曲とかがほんと良い感じだった。。

SANTIAGO CERON CON CUCO VALOY - LINDO YAMBU - LOS 80'S
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YouTubeでSantiago Ceron"を聴く

しかしセロンを含め、ニューヨークのシーンをファニア系以外に60年代から70年代まできっちりきいてみると、なぜサルサがキューバ音楽でないのかがよくわかる。NYであればそこのいろんなバンドが、NYならではの音を作って行く。その積み重ねがあってのNYサルサの音だから。R.I.P。。

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そして最後の訃報はチャーリー・コジャソ(Charlie Collazo)。62才。若すぎ。60年代から70年代のプエルトリコの音を語るのにRafy LeavittのLa SelectaやIsidro InfanteのCarpe Diem、Jorge de Garciaの Impact 71やオリベンシアのLa Primerisima、グランコンボなどと共に欠く事のできない"Corporacion Latina"のリーダー&ピアニスト。

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CORPORACION LATINA - DIA NACIONAL DE LA SALSA 2010
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YouTubeでCorporacion Latinaの演奏を聴く(2010年)
(画面右手後ろの方に映ってる)



亡くなったのはサンティアゴ・セロンと同じ日だったと思う。この世代はプエルトリコ独特のクリオージョやヒバロの感覚、ボンバのリズムなどをしっかりキープしながら、同時にそのころ鳴っていたシカゴやBSTのブラスの音も聴き、ドラムやエレキ・ギターの効果も体感しながら、音を作ってた。

NYのファニアから島に戻ってきたビッグネームや後まで続いたグランコンボ、ポンセーニャ、オリベンシアの路線だけじゃなく、島には大事なオルケスタが沢山ある。去年のDia Nacional de la SalsaではCorporacion LatinaやZodiacが出演したのは、みんなやっぱりそう思ってるに違いない。

バンドの1st.トロンボーンだった ジョー・カンパネラがバンドを始めた頃の事を語ってたのを読んだことがある。

彼はブルックリン, NYで生まれ、プエルトリコに引っ越してサンファン(Puerta de Tierra)のカセリオ(公団アパート)で育った。つまり超庶民。

彼が高校生だった70年代初のプエルトリコの若いやつらは、好みの音楽で二分されてた。
片や「ロッケーロ(Los Roqueros)」、片や「ココロ(Los Cocolos)」。つまりロック野郎とサルサ野郎。

当然ファッションも髪型も違う。ロッケーロだったカンパネーラはココロだった友達としょっちゅうどっちの音がかっこいいか言い合いをしてた。そしてある日、お互いにこれぞ最高っていうLPを3枚交換して1週間じっくり聴いてみることになった。

カンパネーラが渡したのは"Three Dog Night"、"Cream"そして"Guess Who"だった。1970年の事。
そして渡されたのは "Ray Barretto"、"Larry Harlow"そして"Willie Colon"。

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1週間後、友達は3枚のLPをカンパネーラに返した。でも、彼はサルサのLPを返さなかった。

そして彼はココロになってしまったんだそうだ。

◆◆◆
こんな風に70年代初のプエルトリコのサルサには、ロックの香りが混じりこんでいる。それは取り入れた、っていうのではなく自然に無意識に入っているのだろう。そしてそれは聴き手も、踊り手もそういう耳になっていて、そんなビート感覚を求めていただろう。

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だから2年後の1972年、Corporacion LatinaがLPデビューして立て続けに3枚のゴールド・ディスクを獲得するほどのヒットになったのだと思う。



グランコンボやポンセーニャ、ロサリオ、オリベンシアなどだけがプエルトリコではない。
1975年のCorporacion Latinaの活躍は絶好調で、その年の人気投票ではトップとなった。
ちなみに2位はラフィー・レアビのセレクタ、3位はグラン・コンボ、4位と5位はアポロ・サウンドとオリベンシアだった。彼らはラ・セレクタと当時の人気を二分していた。

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だから、リーダーのチャーリー・コジャソが亡くなったのはとても残念。。80年代のロマンチカの音が開花したのは、彼らの音があったから。そして今まで上げたバンド/オルケスタの他にもロベルト&ヌエボ・モントゥーノ、ボリンクーバ、インパクト・クレア・・・と言った音があったから。

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音楽には時にイノベーターが生まれて流れを大きく変えたりするけど、その周りには実はたくさんの音があって、影響しあったり、混じりあったり、助け合ったりしている。

そして、そんな風に音が出来あっていく形が自分をインスパイアしてくれる。訃報を聞いて、そんなことを改めて考えさせてくれるラテンのツワモノ達に感謝です。

RIP & QEPD
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by mofongo | 2011-05-24 02:29 | Musica/SALSA
2010年 09月 27日
今年の年末Banco Popular企画盤
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リーマン・ショックもあり、バンコ・ポプラールも苦しかったのか、ここ数年はちょっと地味な企画盤でしたが、今年はサルサ・ファン待望の企画盤。



タイトルは“Salsa: un tributo a El Gran Combo”/サルサ:エル・グラン・コンボへのトリビュート

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何といっても48年の年季と、衰えぬパワー。サルサのお手本ですね。

バンコ・ポプラールのリチャード・カリオン頭取も言っとります。「プエルトリコと全世界で最重要なグランコンボの音楽の制作に貢献できるなんて本当に光栄です。」

よく分かってますね。銀行家もこうあるべきです。

プロデューサーのフランシス・リアントンヘも「今回の作品はプエルトリコを代表するアーティストで、って方針だった。となると当然エル・グラン・コンボ。彼らは世代を超えて、5世代を通して愛されているよね

そして全世界でも。加えて彼らはそのそのオルケスタの素晴らしいサウンドをずっとキープしてきているんだ。そして常に時代に合った音を作り上げて来ている

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参加ミュージシャンも豪華。グラン・コンボは同然として、ドミンゴ・キニョーネス(着実に復活してるか!?)、マイケル・スチュアート、ウイリー・コロン、ラ・インディア、イスマエル・ミランダ、イサック・デルガド、ホセ・アルベルト"エル・カナリオ"、ティト・ロハス、NG-2、サボール・デ・プエルトリコ、メリーナ・レオン、クルトゥーラ・プロフェティカ(ロック/レゲエ)アルマス・ヘメーラス、エドガーダニエル、そしてプエルトリコ交響楽団などなど。

現在プエルトリコ、NY、マイアミでロケ中。アレンジの一部イシドロ・インファンテも担当。

楽しみですね。発売はたぶん12月第一週。
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by mofongo | 2010-09-27 14:59 | Musica/SALSA
2010年 09月 27日
ロベルト・ロエナ胸像完成
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この間のイベントでロベルト・ロエナの曲を4曲もかけたのは、実は当日9/12にプエルトリコで彼の胸像のサルサ公園(Plaza de los Salseros)での除幕式だったからなのだ。

密かに日本からお祝いしたという次第。

現在、サルサ公園には、
コルティーホ ②イスマエル・リベーラ、③ペジン・ロドリゲス、④エクトル・ラボー、⑤トミー・オリベンシア、⑥ティト・プエンテ、⑦マルビン・サンティアゴの7体が現在鎮座しているが、今回のロエナはまだ亡くなっていないのに像が作られたという異例のパターン。

今回も彫刻家アルゥイン・リベラ・ロペス(Alwin Rivera "Riomonte”Lopez)の作品。この文化予算厳しい昨今、"仕分け"もくぐり抜け、3万ドルもかけてお披露目とは、いかにサルサがプエルトリコにとって大事か、ってことですね。

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除幕式は、ミサの後まずイスマエル・ミランダがオルケスタをバックに"Amigos a Roena"っていうその日の為に仕立てた曲を披露。オルケスタも豪華。ボビー・バレンティン、ピロ・マンティージャ、アダルベルト・サンティアゴ、ジョニー・パチェーコ、モデスト・セペーダ、ニッキー・マレーロ、グンダ・メルセー、イスマエル・ミランダ、サミー・ゴンサレス、パポ・ルッカ、チェオ・フェリシアーノ、カルロス・ロドリゲス、ティト・クルース、エリアス・ロペスなどなど。

そして除幕。

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式には上記のオルケスタのメンバーの他、フニオール・ゴンサレス、フリート・アルバラード、パポ・ロサリオ(グランコンボ)、エドガー・ネバーレス、プピー・サンティアゴ、アポロ・サウンドの歴代のメンバーが参列。

そしてオルケスタはロエナのヒットを演奏しまくった。

公園に面した26号線/バルドリオティ・デ・カストロ通りには人があふれて、また違法駐車して参加したファンで大渋滞だったとか。サンファンからだけでなく、ポンセやマヤグエスからも駆けつけたファンもたくさんいたらしい。。


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ロエナの経歴をちょっとかいつまんでいうと、1938年マヤグェスに生まれ、まずダンサーとして"Mambo Flashes"を兄弟の"クキ"と結成。16才でコルティーホのバンドにダンサーとして加入、プエルトリコ、ニューヨークで絶大な人気を博した。ロエナはこのバンドでボンゴを身につけた。6年の活動ののち、マリオ・オルティスのオールスター・バンドに参加。

そしてエル・グラン・コンボのオリジナル・メンバーとなって"Acangan"や"El Caballo Pelotero"などのヒットを飛ばす。


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1967年、自らのオルケスタ"メガトネス/Los Megatones"を結成。そしてアポロ・サウンドの結成へと続く。

このアポロサウンドの音がサルサの出来上がりを考えるのにとても大事なのだ。ラテンにロックやソウルを融合する音。これはNYで生まれているのではなく島で生まれている。

もちろん、ミュージシャンはNYとPRを行き来しているわけだが、Blood, Sweat, and Tears (“Spinning Wheel”ですね)のようなサウンドとラテンの融合の試みをプエルトリコで行っている。


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よくNYのサルサシーンが80年代に入って下火になり、シーンはプエルトリコに移った、っていうクリシェがあるが、NYにシーンがある内から常に島では新しい音への試みが行われていて、80年代に入ってシーンが移ったわけでも何でもないのだ。


しかし、このような常に新しいものを取り入れつつ芯を失わない音は面白い。これはロエナだけでなく、オリベンシアが、ロサリオが、ポンセーニャが、そしてグラン・コンボが常に各々のやり方で行って来ている。

それがプエルトリコのサルサに厚みのある理由だ。


これから島に遊びに行く方、是非ロエナ像にも参拝を!
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by mofongo | 2010-09-27 02:46 | Musica/SALSA
2010年 09月 14日
Los Borrachos Live@藤沢インタープレー 10.9.12
久しぶりのロス・ボラチョスの藤沢・インタープレーでのライブ。

18時のオープンを前にお客さんが集まりスタート前には満員。
あ、前日(正確には当日朝まで)六本木でフェアウェルだったアリス夫妻も来ている。六本木出席組は4-5人いたか。そのうちほぼオールナイト組。タフだぁ~。


そして赤いシャツで統一したメンバー登場。

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関川(vo)、原田(vo)、藤巻、天神、辻(tp)、渡辺、山崎(tb)、太田(Bsax)、塚本(b)、岩渕(p)、飯山(conga)、オヤマ(tres)、新井(timb)、宮房(bongo)(合ってるか?)(敬称略)

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第一部一曲目はお約束の"Puerto Rico Mi Amor"。そして"Amame en Camara lenta"。新曲か、カノの曲。"Soy la Rey"やら"Soy Profesional"やらおなじみが続き1部の締めはLluvia。手慣れた曲だけどなかなかタイトに突っ走る。会場もたっぷり楽しんだ。


二部は途中、アリスへのオメナヘ(オマージュ)もあった。感謝の言葉と花束贈呈そして、アリスからの返礼。

2曲目は新曲?の"Panama Soberana"。アンヘル・カナーレスだっけ?

そして3曲目は"Decidete"。ヒートアップしてたのを少し押さえる。良い曲だなあ。次はおなじみカノの"Boda de Ella"。

"Me libere"は濃縮度高くかなり熱い。これはかなり良い。

そしてラストはお待ちかね"El jibaro y la naturaleza"。Tresのオヤマにソロが回る。プエルトリコ旗を肩にかけられながら、哀感から細かいフレーズ、そして熱上昇へとソロを盛り上げる。
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アンコールは"Anacaona"。

演奏は2月に江古田Buddyの時に比べかなりタイトに締まってました。お客も大きくウェーブ。フロント関川のノベルティー感溢れる動きとやり取りや原田のフロアの煽りもしっかりはまってました。

◆◆◆


思いつきだけど、このオルケスタはグランコンボの後期の様な曲をタイトに、すこしハードにというかグランコンボより若く(?)やるのが向いているのではないだろうか。ロサリオのストイックな感じよりも熱い方向で。でも、グランコンボと管の編成が違うからなあ。


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そしてそこを真ん中に、ロサリオ/バレンティンとオリベンシアと。これらのオルケスタは方向が違うけど、共通なのは歌い手の力がかなり強い。

ここは関川、原田の両氏にソネオ、そして時に高めのキーで歌い切るのをお願いしたいです。

管は最後の方でやったボントロのバトルも燃えるエンディングとかで良いですね。ペットのハイノート・ソロも。

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◆◆◆


しかし、このイベントはプエルトリコ係数高いフロアとオルケスタに気持ちの行き来があってバンドがよりドライブするような気がする。旗持ち込みで振っても何の違和感もない空気でリラックス。踊る人もがつがつしてなくて余裕だよね。

こういうユルキャラはやっぱり主宰のT-Rod.のせいなのか?とてもアットホームで気持ちがイイです。
引き続きこのイベントよろしくお願いします。
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by mofongo | 2010-09-14 17:49 | Musica/SALSA
2010年 09月 14日
Nos vemos, Aris!
9/11(土)のアリスの歓送パーティー、無事終了しました。

イベント告知にも書いたけど、ARIS(Aris Uren~a)はドミニカ生まれ、NY育ちのドミニカ人。米軍のフライト・エンジニアとして来日以来、90年代のサルサ・シーンを現場で作ってきた。


このアリスのパーティに来ていた若いサルサ・ファンにアリスの功績の話をしながら、ああそうだ、こういう話は少しでも書いとかなくちゃ、と思ったので思い出してみました。(←最近メモリー損傷激しく、記憶違い多いかも)(←昔から損傷激しいのが原因だ)(←間違いを見つけたら指摘お願いします。お礼にビールおごります)


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サルサという音楽が本格的に日本に入ってきたのはアメリカで「サルサ」という名前が定着してからで70年代に入ってからだっただろう。

そして76年のファニア・オール・スターズの来日。

デルソルのデビューが79年。





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ここからアリスの来日までに10年あるが、河村要助さん を始めとする色々な人がサルサという音楽の素晴らしさを広めていった。河村さんの名著『サルサ天国』は83年。(この流れの話はいつかまとめて書きたいなあ)







◆で、80年代終わりから90年初ってどんな様子だったか?すごくはしょって言うと:


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ラテン・アメリカではサルサはプエルトリコ中心の時代。(つーかよく考えればいつも中心かも)で、サルサ・ロマンチカ。








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そしてウィルフリードとかラス・チカス・デル・カンとかのドミニカのメレンゲが元気な時代。そして87年にファニアのプロモーターの一人だったラルフ・メルカドがRMMを設立。

日本では84年結成のオルケスタ・デ・ラ・ルスが90年にBMGからデビュー。





そんな中、世の中は日本ではバブル真っ盛り。一方で90年に湾岸戦争が勃発していた。
この2つは90年代の日本でのサルサの広がりに大きく影響している。

湾岸戦争によって、沖縄県以外の日本で最大のアメリカ空軍基地であり、アメリカと中東の間のハブである横田基地(東京都)は配備増強。なにせ在日米軍司令部及び第5空軍司令部が置かれているのだ。そのちょい前にフライト・エンジニアであるアリスも日本にやってきた。そして、沢山の米兵の中にはプエルトリカンと北米のドミニカンやラティーノたちも一杯いた。

一方、バブルに沸いていた好況のジャパンには世界から沢山の人が働きにやってきた。
日系の人の多いブラジル、ペルーなどやコロンビアやイランなどなど。



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つまり当時の東京近辺には今よりずっと身近にラティーノがいた。そして、異国での慣れない生活でたまったストレスを発散する楽しみをカバーしたのが東京のいくつかの場所のバーやレストランでのパーティーだった。カニャンドンガ、サルサ・コローナ・・・。

そんな空気が充満する中、アリスは92年、レストラン&バー"マニラ・マニラ"で週末のラテン・パーティーを開く。その名前は"Salsa Sudada"。それは現地直輸入の新鮮な音楽を彼一流の現場的セレクションでかけて踊って飲んで楽しむもの。(Manila ManilaのロゴはSalserinさん提供)


そのころの日本のサルサはまだ「聴く音楽」。踊る人は少なかった。それがラティーノが踊って楽しんでいるのを見て、そして最新のサルサやメレンゲを聴いて、ガーンとやられたり、おもしれー、楽しいわと捕まった日本人が沢山いたのだった。


そして翌93年六本木・一口坂(芋洗坂)に『サルサ・スダーダ』をオープン。のちに一段と大きくなった現在のベルファーレ横の場所に移り、以来スダーダを通してサルサを聴き、踊って夜遊びする事を楽しんだ人は本当に一杯いる。

アリスはそんな中、常に現場にいてそんな動きをサポートし続けてくれていたのだ。それは彼の優しい性格と相まってサルサのファンを、ラテンのファンを支えてくれたのだと思う。


◆◆◆
さて、フェアウエルの当日は、アリスに世話になった人たちが22:00スタートという時間にも拘わらず、たくさん集まった。
アリスと縁のあった人は幅広いなあ。Panland Steel Orquestraの人たちとも知り合いになってSilver Starとかの話で盛り上がってしまった。


途中で岩村健次郎さんがMCとなってアリスを改めて祝福。
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DJをつとめるPapa-Qさん、El Caminante岡本郁生さん、Yuquiさん などが次々と思いを語り、オルケスタ・デ・ラ・ルスのNORAさんは感謝の言葉を彫りこんだ置物を手渡してました。








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DJはPapa-Qさん、El Caminante岡本郁生さん、Yuquiさん、Oyamaさん、Salserinさん、Tibronさん などなどが担当。アリスも少し回したり。

12時回って帰る人もいたけど、結局オールナイトで残った人もかなりいた。池袋のイベント終了後はるばる駆けつけた親爺たちなど、強力な酔っ払い友人軍団は始発運行まで元気にアリスと楽しんだのでした。

(自分は始発あたりで帰ったが、それから朝ラーメン食って帰った組もいたらしい・・・)

また会おう、アリス!
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by mofongo | 2010-09-14 13:43 | Musica/SALSA
2010年 08月 30日
9/12(日)ロス・ボラチョス Live in Fujisawa
T-Rod氏のプロデュースする、ロス・ボラチョスの@藤沢 Interplayでのライブ、ひっさしぶりですね。

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ロス・ボラチョスは、知らない人以外知ってると思いますが、プエルトリカン以上にプエルトリコ・サルサを愛してやまない、憎めないオヤジたちのオルケスタ。

もう25周年ってことで、プエルトリコ化激しい人も多い。







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前に島でウイリー・ロサリオに彼らのDVDをあげた時、近くのレコード屋でさっそく視聴。「こいつらは皆日本人なのか?」と驚いていました。(少なくともロシア人ではない、と答えておきましたが)

新メンバーも加入して相変わらず島のサボール爆発してますから今回も楽しめそう。

前回のライブは満員のサウナ状態だったんで、今回は70名様に限定だとか。前売購入/予約者優先らしいです。

以下詳細

◆◆◆

Los Borrachos Live in Fujisawa-湘南快音舞踏会 Vol. 7
会場:藤沢Interplay (JR藤沢駅南口より 徒歩5分) 
0466-24-4450
http://www.h4.dion.ne.jp/~interp
(Map&終電案内:http://www.h4.dion.ne.jp/~interp/map.htm

日時:9/12(日) Open:18:00
1st 18:45  2nd 20:15
チャージ:2500円(1D付) 



で、今回はこのイベントにDJをやるはめに。

つったってBPM合わせてエフェクターやフェーダー駆使なんて華麗な事は出来ない(Salsaでそっちに行く人は少ないけど)ので、プエルトリコでのワタクシの自宅があったグアイナボ市の地元の親爺や若者が週末に集うバー、"Caborojen~o"(カボロヘーニョ)スタイルで行くことにします。
(↑これって酔っぱらいDJの親爺が勝手なもんをかけるだけじゃ・・)


Back to Schoolで仲間が戻ってきた9月の週末、近くのUPR(プエルトリコ大学)やInteramericana大学のサルサ好きの女子が「ねえ、今週末はカボロヘーニョにグラン・コンボが来るわよ。遊びに行かない?」とか、昼間の家族とのレジャーを終えた親爺が「あ、今週はグラン・コンボ来るんだったな。ちょっと仲間と遊びに集まるか」、てな親密で気楽に盛り上がる夜。


観光客も行くオールド・サンファンのピスタでも、NYのマンボなコパでも、マイアミのオーシャン・ドライブでも、カリのサルソテカでもない音と熱気と遊び。当夜は藤沢Interplayのお店の裏にコキが聞こえるかも。


前売りはT-Corporation
mail: info@t-corporation.jp
tel: 090-5107-0447

Mixiアカウントお持ちの方は"T-Rod"氏にメッセージでもOK。


宜しくお願いします。
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by mofongo | 2010-08-30 01:08 | Musica/SALSA
2010年 07月 15日
Salsa Swingoza with Jimmy Bosch@月見ル君想フ
Jimmy Boschが来るってTwitterで読んで、しばらくしたらSwingozaとやると聞いた。予約!

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Boschを初めてナマで聴いたのはプエルトリコ。ソロ・デビュー盤の『Soneando Tronbon』のプロモを兼ねたライブだった。

コンフント・リブレでのプレイも大好きだったけど、このソロ・デビュー盤での音圧にノックアウト。もちろんライブは大成功だった。

一番最近のナマは昨年のエディー・パルミエリ。インタビューした後、一杯やりながらの立ち話での「サルサのトロンボーン」へのこだわりの話はとても印象的だった。


◆◆◆

さて、夜8時のスタート時には立ち見がぎっしりのフロア。
Swingozaのメンバーは:大儀見元(conga, vo)、マニー・メンデス(vo)、岩村健二郎(vo)、中島徹(p)、沢田浩史(b)、加瀬田聡(bongo)、ファン・カルロス・ロペス(timb)、宮内岳太郎(tb)、中路英明(tb)、小坂武巳(tb)、堂本雅樹(b-tb)

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あー、サルサ―。一曲目からぶっ飛ばします。
二曲目はスイングの効いた楽しい曲「Amazona」

そして三曲目でジミー・ボッシュ登場!コンガからたたき出されるパターンはプレーナだ!

コルティーホの、そしてリブレの演るプレーナの定番、マヌエル・ヒメネスの名曲「エレーナ・エレーナ/Elena Elena」。ジミーを迎えるのにぴったり。





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大儀見さんが「マニー・オケンドを思い出して、このプレーナを捧げるんだ」「Que Viva Puerto Rico!」と歌い、ジミーがぶわーっとしたソロでいっぺんにフロアを鷲づかみにしバストロ入りトロンバンガががっつり支える。いやー、いいね。


四曲目、「El Son」これも好き、Libre!99年の『Ahora』。ジミーもトロンボーンの合間にコロで歌う。楽しそう。

中島さんのソロへ。これが余裕たっぷりで、リズムで遊びまくりかっこいいわ!

"もわー"みたいなモーニャあたりで加瀬田さんのボンゴ、そしてジミーはバック4本のモーニャと会話するようなソロ。楽しい。


五曲目「Cocinando」レイ・バレット!
トロンボーンのソロ回しになる。宮内さんは厚い音、中路さんは細かいジャズっぽいノリとフレーズ。小坂さんは力強いライン。

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ジミーの2回目のソロ、出だしの一小節は「コルタロン・ア・エレーナ/Cortaron a Elena」のメロを織り込んですぐにぶっといメロディーへとなだれ込む。

うーん、こういうのは日本人には出来ないよな「コルタロン・ア・エレーナ」もプレーナの定番曲の一つ。トロンボーンのバトルからベース・ソロ。

そしてこの曲お約束のボンゴ/コンガ/ティンバレスのソロ回し。加瀬田さんのボンゴかっこいいね。




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最後は「arin~an~ara/アリニャニャラ」。キューバンの定番。ミゲリート・バルデスの昔から、ジョー・クーバ、チェオ・フェリシアーノ・・・SHOまで続く。

パーカッションだけにしてのティンバレスとコンガのリズムの波が気持ちいい。

トロンボーン隊が入ってきて、ジミーのソロ。音色が好きだなあ。しゃべってるみたい。小声の柔らかい音から、コロを歌うような盛り上がりまで、フロアに話しかけてるように聞こえる。

今まで黙っていた(?)堂本さんのソロ。バストロ~!すごい楽しそう。ジミーがにこにこ。スライドを抜くかと思う低音攻撃。ああ、低音は良いなあ。

そしてアンサンブルへ。最後のボントロ隊咆哮とリズムのスパイラルの中、ジミーの柔らかい音が楽しそうに笑ってた。



いやー、タイトでしなやかで力強くてとてもいい音でした。
そしてジミー・ボッシュが入ったことで、柔らかさ/スアベな重量感と彼の中からしか出ないあふれる香りに満たされました。満足満足。
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by mofongo | 2010-07-15 02:17 | Musica/SALSA
2010年 07月 08日
エクトル・ラボーとトミー・オリベンシアから捜索願
知りませんでした。5月から行方不明だそうです。
なにか情報をお持ちの方は+1 (787) 616-7184まで連絡お願いします。

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プエルトリコに旅行されたサルサ好きな方は、空港までのBaldorioty de Castro通りに面したサルサ公園"Plaza de los Salseros"に鎮座する、サルサ界の偉人たちを見たことがあるかも。

コルティーホ、イスマエル・リベーラ、ペジン・ロドリゲス、エクトル・ラボー、トミー・オリベンシア、ティト・プエンテ、マルビン・サンティアゴの7体。

みんな故人だけれど、今年の4月にはサンファン市からロベルト・ロエナが表彰された時、現役のサルセーロとして初めて胸像が建てられることも決まったばかり。

しかし、そんな中、エクトル・ラボーとトミー・オリベンシアの胸像からかれらのメガネが盗まれるとは・・・。

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ラボーの命日は1993年の6月29日。先週火曜が丁度亡くなって17年目(17回忌?)。

その週の日曜日、ペルーのカジャオでは、ラリー・ハーロウ、イスマエル・ミランダ、イスマエリート・リベラ、フニオール・ゴンサレス、カノ・エストレメラなど出演の"Los Bravos de la Salsa"コンサートはラボーに捧げられたトリビュート・コンサート。

一方、6月30日からのコロンビアでの第三回イベロアメリカ文化会議の音楽部会ではルチョ・ベルムーデス、カルロス・ガルデル、メルセデス・ソーサ、ベニー・モレーなどと並んでラボーがテーマになってたり。


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オリベンシアは亡くなってから4年。地元のラジオで相変わらず頻繁にかかり、今年9/19には、プエルトリコではトリビュートが予定されてる。








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サルサの偉人たちと言っても歴史の中の人じゃなくて、「いつでもそこにいる」、未だになくてはならない愛されている曲を生んだ偉人たち。

また島に行ったら元気な顔を見に立ち寄りたいから、もとに戻ってるとよいのだけど。
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by mofongo | 2010-07-08 18:07 | Musica/SALSA