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2005年 10月 28日
漫遊記:プエルトリコ05.9(5) 食べたもの
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前の晩は夜更かししたのに、いい天気のせいか7:30amには目がさめた。海岸でも走ってみるかいな。タオルひっかけて短パンをはいて出る。

あー、あっという間に汗が噴出す。8時すぎってもう暑い。病院の裏を過ぎると犬の散歩させてるのが多い。このへんハイソだからね。あー、アルコールが抜けていくわ(気のせい)。

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テゴのレゲトンを爽やかにつぶやきながらリズム取って走る。"Pa'que goze, pa'que goze・・・"あー、サワヤカ・・・・じゃなかった、まあいいか。

オーシャン・パークまで行って、汗ふいて木陰で一休み。波の音がうれしい。生き返るよ。

◆◆◆

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腹が減ってきた。ここまでわざわざ走ったのは朝飯も目的。ねらいはキューバン・サンドイッチ

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"Kasalta Bakery"ティト・ロドリゲスが住んでいた家の近く。日曜の朝には地元民でいっぱい。
今日は"ビステック/Bistek"とオレンジジュース。

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このキューバン・サンドイッチ、キューバから来たのかどうかよく知らないがとにかくプエルトリコのベーシックなのだ。フロリダとかサント・ドミンゴとかカリビアン西語系が多く住んでるとこならあります。

"ビステック"はビーフ入り、"クバーノ"っていうのはハモン&ケソ(ハム&チーズ)&セルド(ロースト・ポーク)っていう風に何種類もある。

ビステックはビーフを焼いて細めに切って、ジャガイモのクリスピーなフライもはさむ。このジャガイモの部分に店の特徴がある。手抜きだとポテトチップで済まされちゃう。パンにはさんだあと、プレスして出来上がり。このプレスが大切。では、いただきます。

あー、しあわせだわ。クーラーが効いてて涼しく、外の強い光の風景は時間が止まったみたいで、頭がからっぽになる。

隣の席じゃいい感じのおやじが新聞読んでいる。競馬欄だ。
ああ、プエルトリコだのう・・。

◆◆◆


親父が置いてった新聞をゆっくり読み、朝飯を堪能して、寄り道しながら宿へ帰る。
だらだらした後、HPに時々書き込んでくれてるチュリータさんが宿の近くで働いているのを思い出して電話してみました。運良くつかまり、お昼をいっしょにして頂けることに。

チュリータさんはロング・ヘアーのとってもキュートな女性。地元ならではの色々な話に爆笑したり、ボリクアと仕事する問題点で「うーん、わかるわかる」と共感したり、地元チャイニーズの人々の話とか、楽しかったぁ。ということで、お昼休みを延長させてしまった。すみません。今度は飲みましょう。

飯はもちろんリコ飯。Bacalao con Arroz+Habituelas。これもうまかったぁ。

◆◆◆


宿に帰って、今度はHitomiさんにTel。こちらも突然の電話なのにうまくつながってラッキー。Hitoちゃんもこっちにご家族と住んでるとっても美しい奥サマ、というか奥さまという感じがしない。ダンナさまの多忙なスケジュールを工面して、ご家族全員と夕食をいっしょにしてくださる事になりました。感謝!

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さて夜までは、というと、マヌエル君の手配してくれたレゲトン、ティト・"エル・バンビーノ"のコンサートです。

◆◆◆


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さて、レゲトンも大満足で、宿に帰るとHitoちゃんから電話。コンダードに向かってくれてる連絡。そして、とうとう会えました。ジェニーちゃん!お寿司おごってもらっちゃいました。サーモン・スキン・ロール、うまかったぁ。旦那さんと島のいろんな話、まじめな経済の話からずっこけの話まで、すっかり時間を忘れちゃいました。

さて、宿へ帰って、「明日から仕事だぁ!」と気合を入れて寝る。

と見せかけて、レゲトン場へと行く・・・・。

◆◆◆


さて翌日からは、ひたすら仕事。サンファン市内のお客を回わり、ポンセまで行き、マヤグエスに回り、打ち合わせ、話し、チェックしと、もうまじめにやりました。

その中で楽しみはお客との飯。

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■ シーフードのアトランティカ。なじみの老舗。今回はイスラ・ベルデの店。定番のイカ墨パエリアがうまかった。

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■ 地元飯はレビタウン(オルガ・タニョンの実家あり)の店。ドミニカ人経営でドミニカおねーさんが客をさばく。ここではモフォンゴ・マリスコス。共食いか。美味かったぁ、ふー。

■ アメリカン・タイプ・バーガーは4ozパテにブルーチーズとオニオンリングを挟み込むという、高カロリー、高コレステロールの嬉しい一品。これもうまい。

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■ 日本食は、コンダードに最近出来たの"やまさき"。いままでの日本食屋はスシ中心だけど、ここにはかつドンやてんぷらうどん、ラーメンといったものがあり。こわごわ頼んでみたけど、中国系のお店なのにまずまずでした。

■ 最後の夜はイスラベルデのセビーチェ・ハウス。ここはペルー系の主人がやっている店。でもピスコ・サワー置いてないんだよなぁ・・。セビーチェはててもうまかった。そしてここでユニークなのはトストーネス。
普通のよりずっと薄いのが美味。最後に食後酒で持ってきてくれたアニス系の酒がこれまたうまかった。

ということでプエルトリコ最後の夜はよっぱらって過ぎていく。
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by mofongo | 2005-10-28 01:09 | Viaje/漫遊記
2005年 10月 16日
漫遊記:プエルトリコ05.9(4) La Rumba
ボンバのヘスース・セペーダやヒバロのエドウィン・コロン・サヤスなんかに電話して一段落。

腹が減ってきた。近くで軽くカルネ・ギサーダ・コン・アロス・イ・アビチュエラス(牛肉のシチュウと米&豆)を。
ああ、幸せ。ビールはもちろんメダージャです。

◆◆◆


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宿に戻り、捕獲CDをチェックしたり、テレビのバカ番組やPVをチェックしているともう10:30pmだよ。今晩のLa Rumbaのは11:00pmからのスタート。だれかな?オールド・サン・ファンまで車で出かける。

土曜の夜のCalle Sa Sebastianは結構人がいる。皆、Have a good timeだ。
このサン・セバスチャン通りの一角、博物館への路地のところは結構いろんなPVに使われているのだ。地元の夜遊び人にとっては”パーティー”をイメージする場所だからね。
こんなPVもここで撮影されている。→LINK先へ

◆◆◆


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さて、Rumba、久しぶりー。お、今日はプピ・サンティアゴなのね。なるほどー。まず、ラムをロックで。はーーっ、今日はずいぶん詰め込んだせいか、ラムがほわーっと体に回るよ。あー、気持ちいい。

プピのオルケスタは小編成だけどなかなかナイス。プピってキューバンだから、プエルトリコのサルサの人脈ではちょっとユニーク。でも、ちょっとキューバン・テイストとプエルトリコの”泣き”がいい感じにブレンドで気持ちいいねー。

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去年だったか出だ”La Descarga Cubana”からの曲が多い。このアルバム、彼のキューバ人脈が演ってるけど、ルイス・ペリーコ・オルティスがトランペットやプロデュースで参加してて、それがちょっとプエルトリコ好みの”泣き”を入れているのかも。

それから、あたりまえだけど、やっぱ、ちゃんと声が出てるよねー。うまい。声の力。ライブはこれだからやめられない。

キュートな東洋系のレディーがいたので声をかけてみる。地元の中国系の人でした。サルサ好きな彼氏(プエルトリカン)と来てるのといって、ミゲル君を紹介してくれました。このミゲル君良いやつで、なかなかのハンサムで、サルサの話で盛り上がって、混雑の中、彼女もちょっと踊ってくれました。ナイス。

こんなふうにプエルトリコ初日の夜はふけていくのでした・・・・。
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by mofongo | 2005-10-16 23:48 | Viaje/漫遊記
2005年 10月 13日
漫遊記:フィルベルト・オヘダ・リオス
フィルベルト・オヘダ・リオス。

この名前は日本じゃ全く知られてないと思う。多分大学でプエルトリコ研究している人か、アメリカとキューバ/プエルトリコの関係が専門の人だけだろう。
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オヘダは1933年生まれのプエルトリコの独立運動家/テロリスト。革命後のキューバで戦闘訓練を受け、武力で独立を勝ち取る為、これまでも爆破、銃撃戦、米銀行からの7億円の強奪とかなり荒っぽい経歴を持っている。

何度もつかまったが、1990年頃に仮釈放され観察中に逃亡。以来プエルトリコのどこかに潜んでいると言われていて、FBIもその行方を追っていた。

FOBの「お尋ね者ページ」はこちら(*ブログ書いた時はFBIのページがありましたが、さすがに死んでからはページは削除されちゃいました)

彼の名前自身より、70年代からの活動の時以来の組織名"Boricua Popular Army"、別名「LOS MACHETEROS/マチェテロス」の方が通りが良いだろう。
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15年間の潜伏期間中も、小さな事件をリードしたり、声明を発表したりと動きを見せたがどこにいるかは分からなかった。こんな小さな島なのにね。しかし、荒っぽい事件がなくなるに従って、独立派の運動のシンボル的な意味も少しもつようになってきた感じだった。

そんなオヘダが、9/24日の土曜日、マヤグエスから少し南に下がった町、オルミゲロスでFBIとの銃撃戦の上、亡くなった。

もう72才のじいちゃんだったが、FBIが10数人でマヤグエス近くの隠れ家を囲んだとき、しっかりと銃で反撃し、結果射殺されてしまったのだった。

島では、「まだしぶといとはいえそこまでやる話か?」という点、政府側はFBIより今回のオペレーションを知らされていなかった点、なぜ今?と言う点などなどと議論が盛り上がり、同時にビエケス問題以来、鳴りを潜めていたプエルトリコのステータスを与党、野党両方が議論しあうきっかけになるような動きもある。

◆◆◆


9/27には葬式が行われた。独立派の人々がたくさん参加した。サルサのアンディー・モンタニェス、アンドレス・”エル・ヒバロ”・ヒメネス・・・

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アンディー・モンタニェスは島内では言わずと知れた独立派の精神的サポーター。今回の旅で飲む約束をしていたけど、オヘダの死に際して色々動くことがあって、約束はキャンセルになってしまった、という訳。
葬式では、アンディーはプエルトリコの国歌"ラ・ボリンケーニャ”を歌ったそうだ。

独立派のシンボルとなった形のオヘダだが、一方で「マチェテロス」という名前は別の形で生きている。

マチェーテというのは、農民がさとうきび刈りとか草刈りにつかうカーブのついたナタの名前。農民/ヒバロ/庶民をあらわすシンボルであると同時に、オヘダらの活動によって、良い悪いは別にしてなにか「ハードエッジ」な、「体制を良しとしない」イメージもあったりする。

そんなところからなのか、レゲトンには「マチェーテ・ミュージック」なんてプロダクションもあってがんばってるし、ダディー・ヤンキーの曲に「マチェーテ」っていう曲もある。
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"Streetvibe 3"
2曲目がDaddy Yankeeの"Machete"
左はMachete Musicのロゴ

内容は独立とかテロとか関係ないけど、マチェーテって言葉を使うと、マチョな、反体制的な、そして庶民の側のイメージが漂うのだ。それが、レゲトンっていう、いま一番ストリートの若い庶民の兄ちゃん、ねーちゃんを反映する音にこの単語を選ばせるのかもしれない。
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by mofongo | 2005-10-13 02:19 | Viaje/漫遊記
2005年 10月 10日
プエルトリコのスペイン語
スペイン語って発音は日本人には身近だけど、やっぱり難しい。ましてや、プエルトリコ弁となると発音や独特の言いまわしがとても手ごわい。

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サルサでもレゲトンでもストリートの音楽には、スペインで話されるスペイン語だけじゃ分からない日常の言いまわしが満載で、それがダブル・ミーニングに使われたりするともうお手上げ。

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でも歌を口ずさむと必ず意味が知りたくなっちゃいます。こんな本で勉強したりします。
SPEAKING BORICUAの方は、今回の旅でHitomiさんに頂きました。(感謝です!)

あとは、地元で教えてもらうのが一番。前から気になってたのが"ACANGANA"って単語。ご存知エル・グラン・コンボ・デ・プエルトリコのヒット曲ですが、ひょんな事から取引先のペぺに教えてもらう事に。

◆◆◆


ぺぺ「いや、モフォンゴさん、この条件ではちょっと契約はねぇ。ま、今回は見合わせます」
「いや、そう言わずに。・・・しゃあない、こうしましょう。これが精一杯ですよ。」
「うーん・・・、しかしなあ・・。やっぱり、ちょっと・・・」
「(う、これでもダメかぁ?まずい!もうアトがないわ。あかん、あかん・・、あかんがなACANGANA・・・」
「ACANGANA?? なんでACANGANAなんですか??」
「い、いや、ソノ別に。なんか、今、グラン・コンボのACANGANAが聞えたような気がして。好きでしょ、グランコンボ」
「そりゃ、当たり前でしょ。ACANGANA~!♪ってね。ははは。ところでACANGANAって意味知ってる?」・・・・

・・・・この展開から一挙に商談は なあなあムードに。グラン・コンボさまさまだよ。

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で、ACANGANAって、たとえばボクシング見てて相手にバシッてパンチが入ったとき「アカンガナー」。重いものが床に落ちた時「アカンガナー」・・って感じに使うらしい。
なんか「バシッ」「ドーン」「ドスーン」って感じ?なるほど、グランコンボのアルバムのジャケはそれを表してんのか。

◆◆◆

さて、ぺぺとサンファン、ポンセ、マヤグエスと車でお客回り。こちらがサルサ好きと知ってるから、i-podに色々詰め込み、カーラジオに飛ばして鳴らしてくれる。車内は一挙にカラオケと化した。

サンファンからポンセまではアンディー・モンタニェスのベストCD2枚分。歌いながら、プエルトリコ独特の言いまわしを説明してくれる。ありがたい。

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ポンセを出るとき、

「次はマヤグエス。となるとフランキー・ルイスで行くか!」

さすがペペ。フランキーが16才の時、ニュージャージーから引越してきたのがマヤグエスのバリオ・バルボア。つまりマヤグエスはラ・ソルシオンでスタートした彼のキャリアを決めた故郷。

で、それからは延々フランキー大会。ぺぺの学生時代からのヒットだからどんどん歌って行く。

「PRIMERO FUI YO~♪・・・。na, na, na, na de lo otro, es tremenda paquetera~。な、この”Paquetera”って分かる?」
「えー、パケット作る梱包係?―なわけないよね?」
「ここじゃ、うそつきって意味があるんだよ」
「なるほどー。Paqueteってそうなんだ。覚えたぞ、もう安心」

しかし、「Paquete=うそ」と丸暗記じゃやっぱりだめでした。翌日、朝ドラッグストアで買った芸能雑誌の見出し。

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「インディアのスキャンダラスな告白:”マーク・アンソニーはかなり大きい”Paquete”を持ってるわ」(Marc Anthony tiene un Paquete !Bien Grande!”)

「ねえ、ぺぺ。これマークは大うそつきだって事?」
「ん?いや、これは・・・また、別の意味で・・・(ゴニョゴニョ)」
「・・・・・・・」

うーん、やはりスペイン語は難しい。しかし、ラテン芸能誌の見出し、かなりキワドイねー。やっぱりラテンはヤルなー。
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by mofongo | 2005-10-10 21:30 | Viaje/漫遊記
2005年 10月 08日
漫遊記:プエルトリコ '05.9 (1)
久しぶりのプエルトリコ。前夜の夜遊びが効いてバテてる。
着陸直前に強烈な眠気が襲ってきた。ああ、意識が・・・例の着陸時の拍手もモーローとしてた。

しかし、ターミナルを出て外の風にあたると元気が出てくる自分が怖い。
恒例のタクシーでの音楽占い。兄ちゃんがかけてたのはバチャータのコンピのテープ。今回はバチャータでスタートすかぁ。はたして何が起こるのか??

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モ「バチャータ好きなの?誰?これ」
兄「xxxx(知らない名前)。バチャータやサルサ、メレンゲが好きだよ」
モ「アベントゥーラとか聴く?」
兄「(何だこの東洋人は)。ああ、新しいのがラジオでかかってるよ」
モ「レゲトンは?」
兄「あんまりなあ。俺はダメ。何曲かいいのはあるけどね」

とか言っているうちに宿に到着。

チェックイン終わったら、「日本人の方ですか?」と声がかかった。

振り向くと美しい女性3人組じゃないですか。ひゅー、ひゅー。幸先いいねえ。お二人はオーランド在住、もう一人は日本から。サルサとか音楽に興味が合って、というよりビーチ・リゾートとして楽しみに来たんだって。これからエル・ユンケに行くって。
プエルトリコに日本人が来るのはうれしいことです。立ち話して、楽しんでねーと別れる。

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さて部屋に入っていつもの通り、メール読み、回答、昨日までのお仕事のまとめなどをハキパキ済ませる。それから一風呂浴びて、スーパーに食材を仕入れに行き、プラタノ・チップスを買ってポリポリつまみながら宿に戻る。

◆◆◆


まずいつもの通り、ビエラの親父の所へCDを捕獲に行く。

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モ「おやじー、来たよ」
親「おお。久しぶりだな。ケ・ブエノ」

親父がピックアップするものを端からチェックし捕獲CDを選ぶ。そしていつものサルサ秘蔵映像の鑑賞+常連の解説付。この解説がありがたい。
映像は大抵TV番組"Show de las 12"の録画が多い。

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まずイスマエル・ミランダの75年頃の好青年風、でも歌は既に艶っぽい。次のこれは誰だ?フロント2人。あ、この声はサミー・マレーロ。なるほどよく見るとラフィー・レアビもいる。セレクタだ。ラフィーの髪がまだそこそこあるから分からなかった。次は、カノだよ、若いねー。長髪がくせ毛でもりあがってホワイト・アフロだよ、ひゃはー。フロントは3人でカノは左。ボビー・バレンティンのオルケスタの音ってやっは、ダンサブルだよねー。次はポンセーニャだ。パポは若いねー、キケはすでにじいちゃん風だけど。ピッチーなんてボーヤだよ。ははは。次はなんだ、このポップな音は。マラカスはアンソニー・カリージョだ。あ、カチェーテバタクンベレかぁー。ほー。こうポップだとなんかイメージちがうなあ。

・・・なーんて次々にやってると時間がいくら有っても足りないよ。(上の写真はTerrifica。若いピッチー・ペレスがマラカス振ってる)

モ「親父、ぼちぼち行くわ。また来るね」
親「明日、カロリーナでトミー・オリベンシアがあるぞ」
モ「場所はいつものPlaza Recreo?」
客「そうだよ。フロントはパキート(・グスマン)とビティ(・ルイス)だろう」
モ「情報ありがと、またね」

◆◆◆


さーて、次は親父のとこに無いCDだ。レゲトンやロックはフロリダでも捕獲したけど、やっぱりプエルトリコの流行をチェック。
・・・・・・・・・
なるほど、やっぱ、フロリダとは傾向が違うねえ。

腹が減ったので軽くハンバーガー。日本では食べられないWhopperを。サントゥルセのこの店、好きなんです。週末は地元の家族とかレゲトンな若い兄ちゃんや警戒中のおまわりさんが立ち寄ったりと(けっして治安はよくないからね)、地元メシ屋よりも、もっとカジュアルなだけに日常のにおいがプンプンする。

ぼちぼち行かなくちゃ。次は地元の友達、マヌエル君に会う。彼はレゲトン好きなんで、日本からもってきたLOS KARIBRESを渡す。さっそくカーステで聴かせると、

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いーじゃん!いーじゃん!日本語のとこはわかんないけど、いいよー。へー、このコピー、クラブに持っていってみるよ」だって。プエルトリコで流行ると面白いね。

彼の方が用意していてくれたのはやはりレゲトン。ティト・"エル・バンビーノ"のコンサート・チケット。おお、ありがたい。あ、でも明日の夕方かあ、オリベンシアとかぶったぞ。うーん,オリベンシアはもう何十回も見てるから今回はあきらめるかぁ。パキートの熱情、聴きたいんだけど・・。

あとは最近のレゲトンのコアな話題をたっぷり教えてもらって、バカ話をして、あ、一度宿に戻んなくちゃ。マヌエル、またね。

◆◆◆


宿から電話。まずプエルトリカン・パワーのリーダー、ルイシート(・アヤラ)に。

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モ「モフォンゴだよ。今サンファンにいる」
ル「アイー、ケパホー。どーしてる?元気かぁ、ブラブラブラ(早口とリコ弁が強くてよく聞き取れない・・・)」
モ「この週末、どっかで演んないの?それとも新譜の準備?」
ル「来週月曜からレコーディングだ。来るか?ガイナボのLALAスタジオだ。知ってるだろ?クト(・ソト)なんかも来るぞ。」
モ「何時?」
ル「朝10時から夕方5時。それからのみに行こう」
モ「(うっ!仕事が・・・)分かった、ありがと。仕事で来てるんだけど、抜けられたら携帯に電話する」
ル「分かった。よろしくな」

仕事だよ、仕事、仕事。ルイシート、今回はちょっと無理だー。次はアンディー(・モンタニェス)に電話する。

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モ「アンディー!ひっさしぶりー!今コンダードにいる」
ア「おー、お前かぁ。プエルトリコ?ははは、元気かぁ」
モ「来週もいるんだけど夜とかどう?」
ア「そうだな。エドゥアルドと会うかもしれないので、いっしょに飲もう」
モ「じゃ、エドゥアルドに連絡してみるよ」

ところがアンディーには残念ながら会えなかった。というのはその日の午後、フィルベルト・オヘダ・リオスがFBIと銃撃戦の上、射殺されたからだ。

(続く)
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by mofongo | 2005-10-08 01:31 | Viaje/漫遊記
2005年 10月 05日
ラテン親父@オーランド
フロリダのオーランドでラテン親父と集う仕事に出向きました。中南米、カリブ圏からいろんなのが集まる。ああ、個性派揃い。

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ひと仕事終えて、夕食へ。大人数なんでバスで移動します。
1次会はショーを見ながらメシを食う。行きは大人しかった親父たちも、一杯入った帰りのバスで弾け始めた。歌が始まったのだ。

ジャマイカ、トリニダッド、バルバドスなどの英語圏は概して静かなのだが、問題は、というと・・・・スペイン語圏である。


「カルロース、じゃご当地ソング行くかぁ!?ハイ、ではチリからどうぞ!ヘイ!ヘイ!ヘイ!」

誰かが歌を思いつくとさっそく合唱になる。アー、あんたらよく知ってるねぇ。なんか童謡みたいなシンプルな歌が多いなぁ。ポップスじゃないから全然ついていけないよ。

「ネルソンのコロンビアはだなあぁ、ええっとぉ・・・・・これ!♪Caiman, Caiman se fue a Barranquilla~♪だあ。ギャハハハハ。ケェー・ブエーノ!ハイ、Caiman, Caiman~・・」

あーー、やかましい。

「おい!モフォンゴはどうした?ハ・ポ・ン!ソレ、ジャ・パ・ン!ソレ、ハ・ポ・ン・・・」

あー、頭低くしてたのになあ・・・・みつかっちまったよぉぉ・・・。日本の歌なんか歌っても皆歌えないよなあ・・・・・しゃあない、捨て身だぁ!

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「ではプエルトリコで行きまーす。」

「おー、いけいけっー!」

しゃあないから"ピエル・カネーラ"歌ったよ、通路での踊りもサービスだ「イ・トゥ、イ・トゥ、イ・トゥ、ソラメンテ・トゥ~♪」

やっぱり皆知ってたね、歌ってくれるよ、よしよし。有り難い事に盛り上げて頂きました。ふう。

◆◆◆


しかし、この時はラテン親父パワーに油を注いだのが懸命ではなかったのを知る由もなっかた。

宿へ戻ってバーで一杯やっても盛り上がるばかり。翌日もあるんで英語圏は一人、一人と皆部屋に帰ってゆくのに・・・。ああ、どうやってこいつらを部屋に帰せばいいんだぁ・・・・。


親父1「踊りだ」

!あちゃぁーーー!出ちゃたよぉ・・・・・。皆さん、この時間デスよ?!だめだこりゃ・・。
しかしこの親父たちをレゲトン場って訳にもいかんしなぁ・・・、さてどうしたもんか・・・。

親父2「ユニバーサルのラテンクオーターかインターナショナルドライブのコパだな」

なーんだ、心配することなかったよ。ははは、餅は餅屋。い、い、いや、喜んじゃいかんのだ。これじゃいつまで付き合わんといかんのか、エンドレスではないか・・・・・。

◆◆◆

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コパはあまり広くないがコージーな店。サルサ、メレンゲ、クンビア、ラテン・ポップスなどがかかってる。移動の車の中でも相変わらず騒がしい親父たちは到着するとすぐに一杯。

ウイスキー、ウオッカ、ビール、ワイン、ラムと好みを注文し引き続きジョークを飛ばしまくる。「がはははは」「ケ・ロコ・トゥ!」

一段落すると、踊りたいのは適当にパートナーを物色して踊りだす。

サルサはヒルベルト・サンタ・ロサ、レイ・ルイス、マーク・アンソニーなどと王道で分かりやすい。アメリカ人観光客のきれいなおねーちゃんとジョークで盛り上がり、レゲトンがかかると大合唱に。

「ボリクア、モレーナ、コロンビアーナ、メヒカーナ・・・」

しかしあんたら、今何時だと思ってんの?翌日あるんだよ・・・・、あ、もうとっくに当日だ・・・。


◆◆◆


結局、閉店の5時までネバって、酔払い運転で宿へ。

親父1「今日はもう午後からだな」

親父2/3/4/5「夜からでいいんじゃないか」「あそこで」「ぎゃはははは」

・・・・皆さん、たのみますよ・・ほんと。10分くらいの遅れは何も言わないから、来てくれよ・・・


◆◆◆


・・・皆きっちり9時に集合してきました。シャワーを浴び、ぴしっとしたシャツで、トワレまでふって。

親父「おお、モフォンゴさーん、昨晩はよく眠れましたか?」

もう、こっちはボロボロですぜ、みなさん・・・
ラテン親父、見習いたいものです。
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by mofongo | 2005-10-05 02:24 | Viaje/漫遊記