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2006年 02月 20日
旅日記:マイアミ(2) カジェ・オチョ
なんだか日が落ちてきた。夕飯を食いに行く。

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近くのバス停からS線でとりあえずOMNIまで行く。
マイアミはダウンタウンを中心にMETROMOVERっていう自動運転の無料モノレールが走っている。
若干夕日の照り返しのあるビルの間をくねくね縫って行き、なんか未来マンガみたいで好きなのだ。

途中で乗り換えてEIGHTH STREET駅へ。8番通り、つまりカジェ・オチョ(Calle 8)だ。泣く子もだまる亡命キューバン・コミュニティーの代表として名高い、別名「リトル・ハバナ」

と、言っても駅はBRICKELL公園の近くなのでまだ遠い。8番のウインチェスター行きのバスに乗る。地元ラティーノばかりで、とても心地よい。
今日はカジェ・オチョ定番のキューバン・レストラン、"VERSAILLES CUBAN CAFE"へ行くのだ。

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どうしてここにしたかと言うと、昔、今福龍太さん(今は東京外大の先生)が紹介した亡命キューバ詩人、グスタボ・ペレス・フィルマ「バイリンガル・ブルース」という作品に出てきたからだ。今まで外から見るだけで入ったことがなかったし。

そして、このレストラン、一説によるとキューバ革命時にマイアミに逃げてきた亡命キューバン(今はもう高年齢化)の憩いの場であるという。もともと味に定評のある店だから週末の夜はきっとホワイト・キューバンの渋いじいさん、ばあさまが家族できてるんじゃないかと期待。

◆◆◆


やっぱ込んでるよ。ちょっと待って席に案内される。ねらい通りじいさん、ばあさんが多い。娘や孫をつれているグループも。ま、キューバ料理のファミレスだ。

注文はキューバ定食。(クレオール定食というのもあった。)
モヒートを頼んで料理を待つ。

◆◆◆


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どーん。
非常にオーソドックスな組み合わせ。白飯、フリホーレス・ネグロス(黒豆のスープ)、タマル・デ・マイス(とうもろこしのタマル)、ユカ・コン・モホ(ガーリック味のユカ芋)、プラタノ・マドゥーロ(甘いプラタノ・ソテー)、マサ・デ・プエルコ(ロースト・ポーク)、ピカディージョ(牛ひき肉)、クロケタ・デ・ハモン(ハム・コロッケ)

いや、かなりの量だ。味も絶妙!幸福充満。


あー、食った食った。
コーヒーを頼んで周りのじいちゃん、ばあちゃんや家族連れの顔をながめて、ぼーっと考える。

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日本でキューバの話っていうと、とにかく島の話がメイン。貧しくても素晴らしい音楽、とか。もちろんそれはOKで、自分もそんなキューバの体験がある。

一方で亡命したキューバンの話は、「横暴なアメリカにいじめられるキューバを一緒になっていじめてる」くらいのイメージしか持たれてない気がする。いや、日本じゃ話にも出ないって感じだよなあ。なんでかなあ。

プエルトリコなら島の話と同時にアメリカに渡った人たちの話は必須で、ニューヨークで暮らす”ニューヨリカン”の事は音楽であれ文学であれはずす訳にはいかないし、興味ももつ。ドミニカの場合だって、ニューヨーク、ワシントン・ハイツのいわゆる”ドミニカン・ヨーク”の話は必ず出てくるのに、キューバは島至上主義って感じか?

このカジェ・オチョでじいちゃん、ばあちゃんの顔見てると、NYのエル・バリオの食堂でじいちゃん、ばあちゃんの顔見てるのと同じ思いが湧き出る。

時が流れる事、光と影の同居するのが当然なこの世の事、望郷の事・・・、あたりまえの事ばかりだけど、どこにも無批判なパラダイスなんかなくて、同時にそれでも、それを飲み込んだ上にパラダイスはあるって感覚。旅につきものの平凡なセンチミエントだけどね。

そうだ、今晩はあそこに行くことしよう、と決めて店を出た。

◆◆◆


あまりに腹がいっぱいなので、移動する前にバス停の椅子に座ってまったりする。

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横をみるとおっさんが座ってる。

おっさん「バス、待ってんのか?」
モ「はあ、来ますかね」
お「?日本人?」
モ「はい」
お「ほら、なんつったっけ、オルケスタ」
モ「(お、定番のネタ振り、出たぞ。デラルスは偉大だ)デ・ラ・ルスですか?」
お「そうそう、ほらあの歌い手、なんつったけ?」
モ「ノラです」
お「それそれ。でも、解散したとか聞いたけど残念やのう」
モ「いえいえ、ついに復活しました」
も「ホント?!そらよかったねえ」

てな会話してる内にバスが来た。数ブロックだけど乗って行こか。

(続く)
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by mofongo | 2006-02-20 18:00 | Viaje/漫遊記
2006年 02月 19日
旅日記:マイアミ(1)
シカゴ乗り継ぎでマイアミへ。シカゴは零下10度、空港の外でタバコ一服したらさすがに寒い。

一方マイアミに着いたら外は26度の陽気。週末の便は観光客で満席だったけど、フロリダを目指す気持ちはよくわかる。

宿はサウスビーチ。空港近くのホテルが全然取れなかったのだ。タクシーをつかまえる。ドライバーは若い美女。気さくに話し掛けてくれる。ん、ちょっとなまりがあるな、どこの出身だ?

「マイアミは観光で?」
「仕事なんですよ。」
「ボートショウ?」


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そうか、だからホテル一杯だったわけね。マイアミ最大のクルーザーやヨットの展示会。全世界から人と船が集まる。そんな仕事もいいなあ。

助手席にCDが。男女のデュオ。誰だ?

「よかったら、そのCDかけてくれませんか?」
「?あなたセウ・ジョルジュ好きなの?」

あ、ブラジル人かあ。

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アナ・カロリーナとセウ・ジョルジのライブ盤。ぜーんぜん知らなかったけど、ブラジルで大ヒットなんだって。二人とも声がすごくよくて力強くてシンプル。"E ISSO AI"って曲が気に入った。

さっそくどこかで捕獲しよう。VANESSA DA MATAっていうのもいいよって教えてもらった。

それから音楽の話やサッカー(ジーコ)の話で盛り上がり、宿に到着。今回は良い旅になるのか?

◆◆◆

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ホテルは一つ星クラスだけど快適。コーヒー買ってきて部屋にこもる。仕事の仕込みと資料読み。

ラジオは地元のラテン局に合わせる。






・・・いかん全然集中できん。選曲良すぎ

ああ、こんな事で飯の時間までにどのくらい進むのか?

なんという試練だ。(ラジオ消せよ)

(続く)
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by mofongo | 2006-02-19 13:01 | Viaje/漫遊記
2006年 02月 12日
2月後半から後に島に行くサルサ・ファンの人へ
2月後半から後に島に行くサルサ・ファンの人、ぜひチェケア!色々楽しめます。

2/25(日)
『野外コンサート"FIESTA WINSTON"』
場所:la Hacienda El Josco 
出演: マイケル・スチュアート、グアラチャンド、エン・クラーベ(N'Klave)

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3/3(金) 
『サルサ・クラブ:"La union ILA" 』
場所:la avenida Kennedy 
出演:コンフント・クラシコ、ソン・デ・マドレ、ソノーラ・ポンセーニャ、ルイシート・カリオン


3/10-12(金-日)
『Festival del platano』
場所:Dorado 
出演:エル・グラン・コンボ・デ・プエルトリコ、オルケスタ・ドン・ペリニオンなどなど

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3/19(日) 
『サルサ国民の日"Dia Nacional de la Salsa" 』
場所:Roberto Clemente Walker, Carolina
出演:エン・クラーベ、ビクトル・マヌエル、エディー・パルミエリ、レブロン・ブラザース、ヒルベルト・サンタロサ


4/1(土):
場所:カロリーナ・サーキット(la pista de carros de Carolina)
出演:ティト・ニエベス、ビクトル・マヌエル、マノロ・レスカノ、ホセ・アルベルト"エル・カナリオ"

◆◆◆


個人的には3/3(金)のコンフント・クラシコです。ラモン・ロドリゲスを見たい!

そして3/19(日)の恒例サルサ国民の日。今年はレブロン・ブラザースへのオマージュ。Pablo, José, Ángel, Carlos y Frankyが勢ぞろい。

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そしてヒルベルト・サンタ・・ロサがティト・ロドリゲスへのオマージュ。ルイス・ガルシアが音楽監督。も一つ、エディー・パルミエリのオルケスタをバックにビクトル・マヌエルが「チャーリー・パルミエリに捧げる」企画。

しかし3月かあ、行けるかなあ・・・。
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by mofongo | 2006-02-12 23:53 | Musica/SALSA
2006年 02月 09日
ローリング・ストーンズはエル・グラン・コンボ
今週末の土曜は、ストーンズ初の島でのコンサート。コリセオ・デ・プエルトリコ(Coliseo Jose Miguel Agrelot) が出来てからロック、R&B、ヒップ・ホップの大物が結構来るようになりました。

しかし、ストーンズといっても所詮グリンゴの世界、またはロック世代の間での偉大なスターに過ぎない。

ではコンサートを週末に控え、ロック世代以外、つまりレゲトン世代も含めた人々の関心を引くためにプエルトリコの地元紙はどんな記事を書くのか、と言うとこんな見出しが。

その1:

「ローリング・ストーンズはエル・グラン・コンボと共通点がある」

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やりますね。いかにエル・グラン・コンボが島の音楽の基本であるか、いかに彼等がものごとの基準になっているかがよく分かります。

コルティーホ時代からの筋金入りのサルサ・ファンからロックはお呼びでないヒップホップ、レゲトン世代までが「そうか、ストーンズっていうのはエル・グラン・コンボ・デ・プエルトリコみたいに大したバンドなのか」と納得する訳です。


"ACANGANA"/El Gran Combo de Puerto Rico (1964)


当然、記事には偉大なリーダー、ラファエル・イティエールが登場してコメントします。

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「ストーンズ、まだがんばってるなぁ・・。彼等は庶民を代表する、あっちの(ロックの)El Gran Combo(偉大なバンド)だよ

やりますね。ドン・ラファエル。確かに両バンドとも1962年結成、44年のキャリアを持ち、各々のジャンルのお手本みたいなもんで常にチャレンジングな作品を発表し、数々のヒットを持ち多くのフォロワーを生んで・・とね。

"England's Newest Hit Makers" /The Rolling Stones(1964)


その2:
「キース・リチャーズ&ミック・ジャガーとウイリー・コロン&エクトル・ラボーの共通点は?」

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2月2日付けのこの記事もなかなかですね。コロン&ラボーがいかにこの島の音楽の常識として存在しているのか、という事が分かります。「ああ、キースとミックって、そういうことかぁ」と一挙に読者の理解が進む訳です。




"COSA NUESTRA"/Willie Colon(1971)

共通点の解説もなかなか。

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「若きコロンとラボーはニューヨークで新しい”サルサ”という音楽を生み出した。それにはヒバロの音楽、つまり独特の声とフレーズや(ヨーモ・トーロの)クアトロの音が不可欠だった。・・・若きミックとキースもチャック・ベリーやマディー・ウオーターズのブルースやロックン・ロールから新しいサウンドを生み出したのだ。」という感じ。



"STICKY FINGERS"/The Rolling Stones(1971)

キューバ原産のグアラチャやワワンコー、又はマンボがあったNYでサルサを生んだのはプエルトリコの音楽の背景とプエルトリカンのミュージシャンによるものだ、っていう常識が押えてあるのも大変よい記事だと言えます。

さて、今週末ラファエル・イティエールやチャーリー・アポンテは”あっちのエル・グラン・コンボ”を聴きに行くのでしょうか?
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by mofongo | 2006-02-09 00:53 | Musica/SALSA