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2006年 12月 11日
旅日記・プエルトリコ06.11(5) Que Rico!/食べたもの
プエルトリコに来て何が楽しいって、音楽、美女ウォッチング(←正直に申告。でもね、何処ででもって訳じゃないですが・・)、そして、太陽と空気、そしていうまでもなく食い物です。
今回の食生活はこんなでした。

レチョン&モルシージャ

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何と言ってもこれ無しじゃ年末に来た意味が無い。レチョンは豚の丸焼き。モルシージャは血のソーセージ。豚の血に米と香辛料を加え腸詰として固めた物。どちらもスペインからの伝統です。







b0015362_231612.jpgこの血のソーセージはフランスのブーダン(boudin)、ドイツのブルートヴルスト(Blutwurst)又はツンゲンヴルスト(Zungenwurst)、イタリアならサングイナッチョですね。好きなんです、これ。レチョンもこの適度にアブラの落ちたコラーゲン部分が、もう最高!ビールとの相性も最高。これだけでプエルトリコに来た価値あるわ。




パステロン&アロス・コン・ガンドゥーレ

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これも年末定番です。パステロンはパステル(パステレス)の大型版。ちょっとピニョンみたいです。プラタノ・マドゥーロにひき肉が詰ってます。これも好きなんだよね~。

プラタノ・マドゥーロの甘酸っぱさと、香辛料(アドボやソフリート)の効いたひき肉が舌の上で交じり合い、そのまま脳中枢を刺激、一挙に唾液の分泌が上がると共に血中アドレナリンが急上昇、右脳がひたすら皿の上の残りを掻きこめと命令します。うっとり。


ポジョ・フリート・コン・ユカ

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これは普段の飯の定番。フライド・チキンとユカ芋です。チキンのワン・ピースが大きいんだ。そしてジューシー。ユカのほくほく加減もバッチリ。後はひたすら骨までしゃぶりつくだけ。







ポジョ・ギサード・コン・ユカ

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これも普段の飯の定番。鶏の煮込みとユカ芋です。サルサ・クリオージャでやわらかく調理された、チキン。オニオン、ピーマン、トマトの風味が鼻をくすぐり、付け合せのユカのガーリックの香りが一層引き立つ。もう我慢できません。後はひたすら骨までしゃぶりつくだけ。






◆◆◆

スペイン系のシーフードも行きましょう。シーフード・レストラン”アトランティカ”。

ANGULAS DE ABADEJO BILBAINA

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うなぎの稚魚のオリーブオイル煮。Angulas al ajilloとかAngulas a la bilbainaとも呼ばれる、スペイン・バスク地方の料理。小さな素焼の皿にオリーブオイル、ニンニク、トウガラシを入れ、うなぎの稚魚を炒める/煮る料理。木のフォークを使ってで熱々の鍋からじかに食べる。ニンニクとオリーブ・オイルの風味に負けないうなぎの風味がたまらない。




CROQUETAS DE BACALAO

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たらのコロッケ。かわいい俵型のふわっとしたコロッケ。これはビールにばっちり合う。








PULPO GALLEGA

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たこのガリシア風。柔らかく蒸したたこをオリーブ・オイル、パブリカ、塩で味付けたもの。ビールも良いんだけど、手ごろな値段の白ワインにばっちり。








ARROZ CON CALAMARES

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いか墨のパエリャ。ちょっとリゾットのような感じ。黒色の墨の部分の風味と、赤いシーフードのエキスの風味が舌の上で交じり合い、絶妙。ワインも進む。








PAELLA MARINERA

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シーフード・パエリャです。











ああ、これじゃ当地で太るのは無理もないよなあ、と納得の日々。(←太った言い訳)
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by mofongo | 2006-12-11 01:58 | Cocina/料理
2006年 12月 10日
旅日記・プエルトリコ06.11(4) クリスマスの音
クリスマス向けの新譜からちょっと紹介します。

まず、バンコ・ポプラール(プエルトリコ最大の銀行)の年末恒例企画盤です。今年はずばり”VIVA NAVIDAD”。CDのジャケにあるようにクリスマスのパランダを楽しむための曲を満載した盤。

オフィシャル・サイトはこちら


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しかし、さすがバンコ・ポプラールの作るもの。シンプルに楽しむ事が出来る作品であると同時に、プエルトリコの音楽の伝統と多様さを組み合わせています。

ヒルベルト・サンタ・ロサとビクトル・マヌエル、エドニータ・ナサリオというビッグ・ネームで真ん中を押えながら、今のリズムであるレゲトン側からは重鎮ビコCを、ロックからは今年話題のブラック・グヤバを加え、パランダに欠かせないヒバロ側からはキケ・ドメネチのクアトロとこれからの世代である超若手のルイス・サンズ(クアトロ)やレイシャ・コロン(トローバ)をプッシュするという具合。

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選曲も泣けます。1曲目のタイトル曲、ビクトル・マヌエル歌う”Viva Navidad””Biriquin “ Riveraの曲。11曲目の”Asalto Naviden^o”と共にヒバロ/パランダの有名な曲。エル・グラン・コンボのファンなら知ってますね。1971年の”Nuestra Musica”に収録です。

2曲目のレゲエな”Bomba para afincar”は「ラップ&レゲエ」、つまり今のレゲトンの胎動期にビコCが”アンダーグラウンド”の世界でスターとなった有名な曲。彼の名刺みたいなもん。一方で13曲目はなんとベニート・デ・ヘススの曲をやってます。Benito de Jesusはプエルトリコが産んだ数あるボレロの名トリオの1つ、トリオ・ベガバハーニョ(Trio Vegabajan~o)のリーダーで作曲家。8曲目でサンタ・ロサの歌う”Cantores de Navidad”は皆に愛されてるヒット曲ですね。

3曲目、エドニータ・ナサリオがルイス・サンス君のクアトロを従えて歌う”Lemento del Campesino”はRoberto Coleの曲。Coleは1930-40年代に活躍したマヤゲス出身の人。トリオでボレロをやったり、自分のバンドを持ったりですが、ラファエル・ムニスのオルケスタなどへも作曲家としても多くの作品を提供しています。この”Lamento~”は”Romance del Campesino”と対になったような曲と共に彼の愛されている曲の1つです。

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5曲目の”Levantale”、ヒバロでいいですねー。作曲のHerminio De Jesusはホセ・ノゲラスと共に、プエルトリコのスペイン系伝統の1つ”TUNA”の名門”Tuna de Cayey”で活躍した人。70年代には多くのアーティストにパランダな曲を提供。そんな中でこの”Levantale”もViecente Carattiniがヒットさせた曲の1つ。サンタ・ロサなんかも彼の曲を取り上げてます。

7曲目の”Hermoso bouquet”はアメリカ本土側でプレーナのヒットを飛ばしたマヌエル・ヒメネス”カナリオ”の曲。

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一方9曲目の”La Verdad aka Le Lo Lai”もNYのヒバロ界(?)を語るのに欠かせないPepe Castilloの作品。ペペはポンセ出身。モン・リベラやコルティーホのピアニストとしてスタート、以後島とNYを行き来し、最近でも島ではBomplene、NYではEstampa Criollaなどのグループで活躍すると共にNYのいろんなレコーディングにも顔を出してます。

という具合に、島の音楽に欠かせない要素や作品をしっかり押えながら、今のアーティストのテイストでエンタテイメントとしても楽しませてくれ、なおかつこれからを支える若いアーティストもサポートする。そんな、ことを続けているバンコ・ポプラールってなかなかだと思います。

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もう一枚はプエルトリコに無くてはならぬベテラン&トップ・オルケスタのエル・グラン・コンボ・デ・プエルトリコの新譜、”Arroz con Habichuela”

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タイトルから良いですね。島になくてはならない定番の”メシ”、アロス・コン・アビチュエラ。ジャケは全員が厨房スタイルでおちゃめに決めてます。

潮風と波を感じるような、爽快なリズム、ラフィー・モンクロバの今を感じさせるメロディーラインの3曲目、5曲目から、グアヒーラなノリにヒバロな歌のタイトル曲、あまりに気持ちの良いフリオ・カストロの7曲目、骨格のしっかりしたラモン・ロドリゲス(!)のメロディーの8曲目などの曲を貫くのは、グラン・コンボでしかない色。

NYの音のように華やかに煌くビルでも風雲急を告げるサイレン音でもない。もっと一人一人が歩くようなテンポ、強い日差しの昼間と波音が湿って暑い空気の奥から聞えてくる夜、クリオージョの香りが切なくかつ心地よい音。

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この偉大なエル・グラン・コンボの愛称の一つが"Los Mulatos del Sabor"
ムラートというのは世界史で習った人もいると思うけど、ラテンアメリカで欧州系とアフリカ系の混血の人々を呼ぶ言葉。

グランコンボの立ち位置っていうのはブラックだけでもホワイトだけでもない、混血が一般的なカリブ地域の音。クリオージョ(クレオール)と言う言葉と重複する部分も多い。

このアフリカからやって来た偉大なリズムの遺産と欧州からやって来たメロディーや哀愁感の遺産、そしてそれが交じり合い長い間熟成されたムラートな、クリオージョなサボール。この絶妙なバランスがプエルトリコとプエルトリコの要素を強くもつサルサという音楽をラテン全体に押し出しているパワーなんだと思います。

そして、そのエル・グラン・コンボの音は、常に島の一人一人と、その生きている様子を捉え、ゆっくり歩いて行く。だからこそ、絶大な支持を受けるのだと思います。

b0015362_12455637.jpg(新譜発売のサイン会に精出す”Los Mulatos del Sabor”。サイン会なんて無くても全然売れるのに、やっぱ庶民派ですねぇ。♪
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by mofongo | 2006-12-10 23:21 | Musica/SALSA
2006年 12月 10日
旅日記・プエルトリコ06.11(3) クリスマス・ムード
プエルトリコ、すでに11月末からクリスマス・ムード一杯。

まず、空港から。
チェックインして中に入ると、ほら、何処からとも無くリズムが・・・!

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そんな時はすぐにターミナルCの真ん中のホールに直行しなきゃ。運が良ければ音楽が。

この音は、ヒバロ/アギナルドアギナルドはプエルトリコのクリスマスに欠かす事の出来ない音楽。季節だねぇ。今日のプレーヤーは?と見るとアメリカン・エアラインの空港職員バンドだよ!

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クアトロ、ボンゴ、コンガ、マラカスの4人編成。しかし、だ、このハンド、めちゃうまい!特にクアトロとボンゴのバランスと突っ込み・駆け引きのアドリブなんか最高。思わず警備のポリスも職務を忘れ聞入る。

うーん、こういうアマの層が厚いから音楽が豊かなんだよね。


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昔、キューバからプエルトリコに旅してきたあるダンス好きの人が、サンファンに着いて家に電話かけて来た。曰く「キューバは町に音楽が溢れていた。路地に入れば朝でも昼でもトゥンバオの音が聞え、人々は暖かかった。しかし、このプエルトリコはアメリカのファストフードの店ばかりで、町を回っても音なんか聞えない。皆金の事ばかりで腐ってる」などと大胆な仮説を提示されびっくりしたことがあります。ふふふ(^^)おもしろいすね、人の感想って。

世の中の庶民がそんなに変わるわけないじゃないすか、って言ったんだけどその人は大変お怒りだったので、それ以上深追いはしませんでした。が、プエルトリコは働き人の中に潜伏している達人がかなり多いのは事実です。でも、そんな人々、昼間からツンバオしてるわけにいかないし。

なのでキューバより分かりにくいのですが、プエルトリコにも街中の達人が音楽を支えているのだ、という話でした。

◆◆◆

今度は空港のチェックイン・カウンターの方へ。

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来た来た、プレーナのグループ。サン・ファン空港は以前の日記で何度か書いたけど、発着客を楽しませる為、プレーナ隊が空港内を練り歩くのです。但し、普段の曲はプレーナの定番、例えば”A Ti Na’ma”とか”Elena, Elena”とかなんだけど、年末はね、パランダ(「年末盛りあがり地元宴会・祭り」とでも言う感じ)モードの曲。


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ほら聞こえてきたよ、年末定番の”El Lechon”♪El Lechon se coje, se mata y se pela~♪”とか”Alegre Cantar”♪~Saludo, saludo, vengo a saludar~♪“!

これを聴くと、我々が「お正月を写そう、フジカラーで写そう♪」と聴いて「ああ、年末」と思うのと同じ感情が走るわけ。(多分)


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年末は”ベヒガンテス”(ロイザ)や“マスカラ”(アティージョ)のお祭りのお面を付けたのも登場して盛り上げる。

そして子供達と楽しみつつ、しっかり伝統を刷り込んでいるのも大事だよねー。ね、子供達、楽しそうでしょ。こうしてプレーナの汎カリブ的なリズム感の中で育つ子は、いつしかサルサやメレンゲ、バチャータからレゲトンまでを自分の物とし、みんな音楽を楽しむ人々となるのだった。

◆◆◆

ショッピング・センターに行って見よう。プエルトリコ最大のプラサ・ラス・アメリカス。

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おお、ブランドもんの店のその前でプレーナがんがんやってるよ!良く見ると地元でプレーナ・リブレ、トゥルコ&サペロコと共に3大プレーナ隊の1つのビッグ・ネーム、プレネアロ






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うまいねー。キント(高音、リズムのアクセント、スリリングなアドリブを担当)のリズムと音色の素晴らしさ!!








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これがタダで(地元じゃ当たり前か)聴けて、年末ショッピングが楽しめるなんで、なんて素晴らしいクリスマス。リーダーでトランペットのIvan Riveraとは今まで何度か会ってるので、軽く挨拶して次へ。










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モールの中はとにかくクリスマスムード。ツリー、お城、ナシミエント(キリスト降誕のシーン)などなど。









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中央のホールに何故か親子連れが大量に座り込んでる。買い物疲れ?と思ったら、







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突然、上から雪が降り出した!人口雪だ。大人も子供も、地元じゃ見る事の出来ない雪を楽しんでました。アメリカ本土のNYやNJ,シカゴの寒い年末を過ごす家族や親戚を思った人もいたかも。


CD屋にはアギナルドやヒバロのCDが並び、年末曲用のクアトロやギターの教本が通路のワゴンに並ぶ。これからいよいよ本番です。
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by mofongo | 2006-12-10 21:03 | Viaje/漫遊記
2006年 12月 05日
旅日記・プエルトリコ06.11(2) 変わるプエルトリコ
今回、プエルトリコの電車に乗って見ました。去年出来た”Tren Urbano”

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プエルトリコって四国の半分の大きさの島に年間新車が12万台くらい売れるのです。これってすごい事なんですよ。だってあのコロンビアとおんなじくらいの台数なんですから。







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当然、朝夕は大渋滞。こりゃいかん、と、サンファンと近隣を結ぶ電車が計画されました。しかし、さすがプエルトリコ。計画は10年前、工事着工はたしか8年前。でも、ちっとも完成しない。そのうちドイツから電車が納入されてしまい、そのままカバーかけて保存されることに。。。。

と、数々の困難を乗り越えて出来たこの電車。高架あり、地下部分あり、切符はNYの地下鉄のような最新式カードと見所多いが、今回一番見たい事があった。


「デブの多いプエルトリカンが座っても耐えられる椅子なのか?」
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「疑問だ」


◆◆◆

Parada 18からバスでのんびりアト・レイの駅まで行く。始発駅のサグラド・コラソンにしなかったのは、もう一つのプエルトリコの新しい顔、新コロセウム(多目的スタジアム)、”Coliseo Jose Miguel Agrelot”を見る為。

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どーん。こりゃ立派だわ。これならストーンズでもマドンナでもOKだ。つい数日前もレゲトンの超売れっ子プロデューサー、ルニー・チューンズを中心とする大コンサートやバンコ・ポプラール年末企画盤の為のコンサートが開かれたばかり。12月はシャキーラも来るし。

すぐ東側は銀行街で高いビルが建ってるし、周りもこれからアパートやオフィスのビルが立ち並ぶ予定。プエルトリコも変わって行くなあ。

◆◆◆

と言う事で、ざっと”Choliseo”(このスタジアムの愛称。Jose Miguel Agrelotのニックネームをもじったもの)を見学し、いよいよトレン・ウルバノへ!

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切符はタッチパネルで買います。最初の画面は一定金額をデポジットするタイプのカード(要はスイカやイコカ)とそれ以外(つまり片道とか往復切符など)に分かれます。「それ以外」を選んで、金額を決め(片道1.5ドル)、お金を入れればカードが出てきます。

勇んで長いエスカレーターを上がりホームに出る。

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なんだ、だれもいないよ。これで採算は合うのか?

電車が来ました。ガラガラだ。







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電車はバヤモン方面に向かいます。プエルトリコ大学近くの「ウニベルシダ」で地下に入り、リオピエドラスを過ぎて再び地上へ。このあたりで降りて大学を散策したり、リオピエドラスの下町でサンテリア・ショップを物色するのも良いですね。





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そして、フェリックス・ティト・トリニダッドの地元クペイを過ぎると高架は大きく西に曲がります。セントロ・メディコ(中央病院)駅の手前で左に見えてくる窓の小さい建物は刑務所





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そう、ボビー・バレンティンのライブCD/DVDでおなじみの中央刑務所です。この刑務所とバヤモンの刑務所は多くのサルセーロが収監された名門です。

そして操車場を過ぎるとグアイナボ市に突入。そしてリオ・オンドを渡ってバヤモンに向かいます。
が、その手前で友人宅を訪ねる為に途中下車。

◆◆◆

友人宅で用を済ませ再びサンファン市内へ戻ります。お、少しは人が乗ってきた。

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問題の椅子、ステンレス・パイプが、がっしり支え、サイズもかなり大きい。これならティト・ニエベスでもペドロ・ブルルでもだいじょぶか。あ、いい実験台が乗ってきた。








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どーん。
相当の勢いで座った巨体ですが椅子はびくともしませんでした。問題ないようです。

これでプエルトリコの未来も安心です。よかったよかった。
さわやかな気持ちで次の目的地に向かうのであった。
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by mofongo | 2006-12-05 01:21 | Viaje/漫遊記
2006年 12月 04日
旅日記・プエルトリコ06.11(1) サルサ
5ヶ月ぶりのサンファン。

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恒例のタクシー音楽占い、乗り込んだGMのワゴンから流れてきたのはサルサ。
ラ・テリフィカだ!”Casa Pobre Casa Grande”。うーん、さわやかなこのポンセのサウンド。青い空と強い日差しに合うよ。さすが、Z-93はいいものを流す。良い気分。今回はどんな旅か?

◆◆◆


またもカジェ・セラのビエラ親爺のところへCD捕獲に。
しかし今回の捕獲はいつもと違い綿密な仕込みしての訪問。

'70年代後半から80年代、そしてRMMが出てくる直前までのプエルトリコやNY/NJやベネズエラ、コロンビアなどなど)のサルサには、素晴らしい作品が一杯あります。

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いわゆるラテン各国で「サルサ」として広がって、歌われ、踊られ、愛されて。そして今のマーク・アンソニーまでつながっているのはこういう作品たちなんですね。 

中南米の地場の友人たちとサルサの話をすると「キューバ音楽」の話は出て来ても、「キューバン・サルサ」の話がなかなか出てこないのです。サルサといえば、まずファニア、そしてプエルトリコの数々のオルケスタ、サルサ・ロマンチカのスターたち、そしてコロンビア、ベネズエラ、そして最近のスター達、となることが殆どです。

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もしろん、それには理由があるんだけど、それにしても日本と傾向が違うのが面白いですね。あ、欧州もちょっと日本と似てるか。でも「キューバ以外にサルサがあるんですか?」なんていう人には日本以外では会った事ないんで。。。


◆◆◆

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ここ数年増殖している某SNSにこのサルサの素晴らしさをシェアする某コミュニティーがあります。
NYで生まれた「サルサ」がラテン各国で大きな潮流になるのは、ブラジルのサッカー、アメリカの野球が強いのと同じで、プレーヤー/オルケスタ/歌手の裾野が広いことがあります。いきなりメジャーになる訳でなく、地場、中堅、さまざまな音が個性さまざまに花開いてきた訳です。

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でも、当時はインターネット時代でもなくオープンな情報が、特に日本では情報が少なく、今改めてそんな音を楽しもうとするとなかなか手がかりがない。ところが、そのSNSではそれら名盤の情報や、その中でCDになっているものはどれか、なんて話しが交わされてたりするんですね。

で、その話に出た内、約100枚分強のリストを持って行き、店で調査を行いました。(←ひま人)

やはりCDになってるのは4分の1くらい。その結果は結果として、その過程がとても素晴らしかったのでした。

◆◆◆

「親爺、来たよ。元気そうでなにより」
「おお、よう来たな(ハグ)。またいいもんが出てるぞ」

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「今日は80年代を中心に探し物があるのよ。ほらこのリスト」
「おお、見てやろう。ほお、まずカナヨン、ホセ・ランティグア、サルサ・フィーバーか。CDは難しいな。カナヨンはベスト盤があるだろ。なんだ持ってんのか」
「このラフィ・レアビあたりはどうすかね」
「(面倒になって)おい、誰か見てやって」(←なんだよ冷たいな)

と店員に振られた。

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「うーん、これも無いな。このPiro & EddyのPiro、新譜出してるぞ。ほらこの"Caribbean Salsa Pride"の右端がPiroだホルヘ・ロメロ。ティト・アレンの弟だ」



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「次はラファエル・デ・ヘスースかぁ。いい作品だ。でもこれはCDになってないと思うな。LPならあるぞ。リッチー!」
爺の息子のリッチーに声をかけます。リッチーはプロデューサーとしても忙しい人。アーティストに詳しく、店の在庫にも詳しい。
「なんじゃ、このリストは!良いとこ突いてるねえ。おお、これはLPならあるよ。何枚か持ってきてやろう」

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ずらずらと並ぶ名盤(新品)にタメイキ。でもまだ旅は続くしLPはもって帰れないよなぁ、と泣く泣くあきらめる。

てな具合で、話しはあっちこっちに飛びながら進んで行く。色々なオルケスタや歌手の話をするときの皆のうれしそうな顔。皆、サルサって音楽が大好きなのだ。サルサ・バカ(敬称略)。そしてこのサルサ・バカを刺激したのは日本側のサルサ・バカのリストなのだ。

◆◆◆


そのSNSで知り合った人の話をしたら爺が「おお、よー知っとる。元気なんか?!」とリッチーやベテラン店員も含めて盛り上がる。その人は10数年前、このプエルトリコでサルサにどっぷり浸かり、この店で親爺たちと音にひたっていたのだった。何か店が80年代後半に戻ったような話題と感覚。

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例によって現れたウイリー・ロサリオ先生(今日は買い物帰りで、プラタノの包みぶら下げてた。やっぱプラタノ食うとあの音が出るのね)も加わる。

「そーいや、ロサリオ先生、前もお話ししたんですが日本でプエルトリコのサルサならこれ!という某Bというオルケスタがあるのですが、今度DVDをお持ちしますので是非聴いてください。でね、よかったら日本に来て共演していただけると最高なんですが」

ロサ「おお、日本か。いいな。」

とか話していると後ろから歌声が。

「日本はいいよな。俺も日本ではかなり受けたんだぞ。Quien Dijo Miedo~♪

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振り向くと、げ!ラウル・マレーロ!ご存知の通りあのイシドロ・インファンテが抜群の冴えを見せこの人の魅力を爆発させたあの歌。(しかし歌って登場するか?)

「おお、お会いできるとは驚きです。師匠の” Quien Dijo Miedo”は日本ではやりましたよ。Quien Dijo Miedo~♪」
「そうだろう。はっはは!Quien Dijo Miedo~♪」
大変陽気な師匠、非常に盛り上がる。「日本にはいつでも呼んでくれ」と名刺も頂いた。


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諸般の事情で、今回は2時間ほどの捕獲タイム。しかし、なにやらサルサのパワーと愛にエナジーをもらった異常に濃密な時間だった。某SNSのコミュの皆さんに感謝、感謝。

モ「親爺、サルサの濃い話ありがとね。また聞きに来るよ」
爺「まってるぞ」
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by mofongo | 2006-12-04 23:36 | Musica/SALSA
2006年 12月 04日
旅日記・ドミニカ 06.11
ドミニカと言うと西語圏のドミニカ共和国の事を思い浮かべる人が多いと思うけど、今回訪ねたのは英語圏のドミニカ。正式名はCommonwealth of Dominica

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仏領のグアドループとマルティニークにはさまれた人口約7万人の島。佐渡島よりやや小さい。18世紀に仏領から英領となり以後、英語が公用語なのだが地元にはフレンチ・パトワ: KWEYOL (Creole)が残る。これがいいんだ。”Bon jou”、”Bonn apwe midi”、ね。

火山島の切り立った地形は平地が少なく、大型空港も作りにくかったせいか、大規模なリゾートホテルも無く、カリブ圏の中では最も自然が残っている島なのだ。

加えてカリブで唯一、インディヘナ(インディオ)、つまり現在のカリブの名前の元となる人たちの末裔が今も生き残っている。

◆◆◆

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サンファンからプロペラ機でひとっ飛び。3度目のメルヴィル・ホール空港はほんとこじんまりした空港。







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荷物用のターンテーブルなどないのだ。飛行機から下ろされ建物に運ばれた荷物は、床に置かれてみんな自分の荷物を探す。長距離バスのターミナルみたいだね。出口にタクシーが群がってるようなことも無く、静かなもんだ。



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ドミニカとセント・ビンセントはカリブの島の中でも特にこの自然の濃いカリブが保たれている。
そのためか、この2つの島はジョニー・デップの出演した「パイレーツ・オブ・カリビアン」のロケ地に選ばれている。



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ちょっと車で寄ってもらった。何ヵ所かあるロケ地の内、第2話の椰子の林の中で宝箱を奪い合うシーン。
未だにひと気の無い湾の島影に海賊船が潜んでいてもおかしくない静けさだ。





◆◆◆

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大西洋側の空港からカリブ海側の首都のロソーまでは島の真ん中を突ききって約一時間。途中は緑の深い熱帯雨林の間を縫う道を通る。これも、カリブのもう1つの顔。ようやくダウンタウンのホテルにチェックイン。






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英領系植民地の匂いが残る町は、フレデリック・フォーサイスの"The Deceiver"(邦題:「カリブの失楽園」←なんですかね、この題名・・・)を思い起こさせる。






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夜はお客と飯。ますはバーで一杯。地元のビール、Kubuli (クブリ)でスタート。久しぶり、この味。おいしいビールはいい水が豊富にある事が条件。その点ドミニカは120点。

そして、カリブのもう1つの楽しみはラム。日本酒やワインの蔵元めぐりと同様に、日本になかなか入ってこない地元ブランドを順番にショットで楽しむのだ。”SOCA”というブランドのラム、なかなかコクがあった。



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さて、飯はフレンチ・カリビアン・スタイルプランテンのつめもの、パンプキン・スープ、そしてDay’s Catch(本日取れた魚)のグリル。この日は「マヒマヒ」。地元の”Bello HotPepper Sauce”がよく合う。






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飯が終わって10:00pm、店を変え、地元のライブを聴きながら一杯やる。最初のバンドはゆったりしたルーツ・レゲエ。良い感じ。そして次のバンドはジャズ。太いテナーの音色でカリプソやちょっとフュージョンぽいものを。ロリンズみたい。特に観光客向けの店と言うことじゃないので、きっと地元はこう言うのが受けるのかな。そしてバンドはよりダンサブルなソカとR&Bとダンスホールなのが登場。これ、面白いわ!

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歌詞はドミニカ訛り英語だったり、クレオールだったり。ビートは、ソカにしてもトリニのスルドいソカに比べなんどもゆるい感じ。ダンスホールも同様。なんか、お隣の島のシュリ・カリのビートやプエルトリコのゆるいボンバ(ジュバ)とかのビートと共通性を感じてしまい、ちょっと興奮。


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やっぱりここ100年くらいに生まれたジャズやソウルやサルサなんかより前に、カリブの島の間で、ゆーっくりと伝わったり混じったりした音感、リズム感があるんじゃないだろうか。

このドミニカはライム・ジュースや農産物の産地としてトリニダのポート・オブ・スペイン、プエルトリコのポンセやマヤグエス、ハイチのポルトープランス、マルティニークのフォール・ド・フランス、アメリカのニューオリンズなどと行き来があったことは博物館の資料にあったが、カリブの経済の動きは音にも当然影響があったと思う。

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そういえば、「パイレーツ・オブ・カリビアン2」の1シーン、トルトゥーガの町の酒場を思い出した。トルトゥーガはハイチの北側の島だが、そのシーンでプエルトリコの楽器「クアトロ」が一瞬登場していたのだ。あの時代にクアトロが現在のあの形に成っていたかは疑問だが、スペイン起源の楽器や歌に限らず、いろんな音が混在していたことを想像させるシーンだった。


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現在では、ドミニカで毎年“World Creole Music Festival”が開かれ、カリブの音が交流している。10月開催。10回目の今年はジャマイカのShaggy、Byron Lee,アメリカからはWyclef Jean、ハイチのTabou Combo、T-Vice,Djakout、Carimi、グアドループのK’RAVAN (Zouk-Flan)、Admiral-T、そして地元ドミニカのWCK, Triple Kay, Impromtu Bandなんかが参加している。

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さて、翌朝は別の客と朝飯食いながら話す。先方はコンチネンタル。こちらはドミニカ風。

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トリニダッドや英領カリブでお馴染みのブルジョル(Buljol)コッド・フィッシュのフレークとトマトやオニオン、ピーマンなどを刻んだものを炒めたモノ。ホット・ペッパーやその他香辛料で味を整え出来あがり。「Buljol & Bake」として揚げパン/揚げ焼きパンの”Bake”と共に供される。




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ドミニカのブルジョル、トリニにも同じバリエーションがあるかもしれないが、カレー風味なのだ。そしてこの店の場合、野菜は上品にサラダとして別に添えてある。アツアツのベイクにこのブルジョルを挟みこんで食べるのだ。ああ、うまい

名前の由来は、元々はフランス語のBrûlê Gueuleがフレンチ・パトワ化したものと言われている。「口が焼けちゃう」という意味。オリジナルは相当からいのかも。でも、今ではそれなりにマイルドに。

このブルジョル、、上品なレストランではサラダとして登場する事もある。炒めずに、ライムとライムジュースとサラダオイル(オリーブオイル)で和える、香辛料で整える。このサラダの場合、プエルトリコ等の西語圏では”セレナータ”(Serenata)、仏語圏では”シクタイユ・ド・モルー”(Chiquetaille de Morue)などと呼ばれる。

つまりこの、コッド・フィッシュ(塩タラ)の料理、カリブ全域でとてもポピュラーだということだ。
プエルトリコやキューバではバカライート他、バカラオ(Bacalao)の各種料理、ジャマイカには定番アキー・ソルトフィッシュ(Ackee Saltfish)、ポル語圏ではバカリャウ(bacalhau)料理。

“クレオール/クリオージョ”と括られるカリブだが、普段は英語圏、西語圏、仏語圏を串差しにする統一性はなかなか見えない。でも、こういう料理の中にちゃーんと潜んでいるのだ。そして、それは、音楽のビートの中にも。
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by mofongo | 2006-12-04 01:37 | Viaje/漫遊記