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2007年 01月 31日
Mundial de la Salsa 2007/サルサ・ワールド
2/10(土)にマイアミに滞在中のサルサファンはいませんかね。

いいのがあるんですよ。

Mundial de la Salsa 2007
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場所はHialeahのAmelia Earhart Park。つまりマイアミ国際空港から北の方、オパ・ロカ空港のすぐ南。公園には色々屋台も出るようだし、たった15ドルで週末の午後、ゆったりとサルサを楽しめますよ~!








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出演はいかにもマイアミなのもうれしい。プエルトリコからはマイケル・スチュアート(Michael Stuart)とティト・ロハス(Tito Rojas/写真左)。



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コロンビアからはグルーポ・ニーチェ(Niche)。NYからはドミニカーノホセ・アルベルト"エル・カナリオ"(Jose Alberto El Canario)そして地元のマイアミ・キューバンはウイリー・チリーノ御大(Willy Chirino)と新世代のAvanaマーロン(Avana y Marlon)

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マイケルは最近気合が入ってるようで楽しみですよ。エディー・パルミエリの家に招待され昔のサルサ・ゴルダ(Salsa Gorda/骨太強力なサルサ)やルンバをたっぷり楽しんだ時、エディーが"Mulato Salsero"(ムラート・サルセーロ)だって言ってティト・ロドリゲスをかけた。そしてマイケルに言ったそうだ「お前は"Mulato Salsero"だ」って。


マイケルはそれがいたく心に残ったらしく、"bien de calle, bien fresco"(ストリートの音、息遣いの聞こえるようなリアルなフレッシュな音)でかつ"Mulato Salsero"な、っていう個性を再確認したみたい。

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エディー・パルミエリの言う、"Mulato"っていう言葉、とても大事ですね。前にエル・グラン・コンボやラファエル・イティエールのこと書いた時言ったけど、サルサという音楽がアフロ・キューバンではなくアフロ・アンティジャーナ、アフロ・カリベーニャである音楽だって言うことがよく分かります。

もともとチャマコ・ラミレス(Chamaco Ramirez)、エルマン・オリベーラス(Herman Oliveras)、フランキー・バスケス(Frankie Vázquez)、ラフィー・レアビ(Raphy Leavitt)とかがアイドルだったマイケル、そしてロックやヒップ・ホップ少年でもあったマイケル、ハードで腰が据わって、かつ今の空気を一杯に含んだ音を聞かせてくれるのでしょう。

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新人のキューバン、マーロン(Marlon)も注目ですね。
マーロンはハバナ生まれ。本名はマーロン・フェルナンデス(Marlon Fernandez)。決して裕福でない家庭で育ち、5年前までは配管工の勉強をしながら、農業市場で働き、家計の足しにと市場でロースト・ピーナツや家族が作ったお菓子を売ったりしてたという。でも、歌とサルサが大好き。ハバナのLos Flamboyanes,とかLos Avioncitosといった小さなクラブで何でも歌う"Fiesta Latina"という4人組のグループを作って歌ったり、タリスマン( Talisman)というソンのバンドで頑張ってた。彼が初めて買ったCDはフランキー・ルイス

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こういう話を聞くと、いかにフランキー・ルイスがすごいか分かるね。ティンバからレゲトンがメインの時代のキューバでサルサ、と言ってフランキーなのだから。

そしてキューバからスペインのカナリー諸島へ引越し、地元のLos Guaranche de Canariasに加入。サルサからクンビア、ボレロと何でもやって力をつけ、マイアミにやって来る。故郷キューバを捨て、アメリカでサルサのスターを目指す。彼のアイドルはマーク・アンソニーとレイ・ルイスなのだ。

マイアミでは"Marlon Fernandez & la Quimica"の名前でオーシャン・ドライブの"Mangos' Tropical Cafe”やリンカーン通りの"Tropical Cigar"と言った地元ピープルと観光客がパーティー・タイムを楽しむクラブからカジェ・オチョの"Palacio de los Jugos"までとどこでも歌う。レパートリーは何でも有りだがフランキー・ルイスの "Mi Libertad"、エル・グラン・コンボの "Timbalero"から ドン・オマールのレゲトン "Pobre Diabla"までと、さすがマイアミ。そして、チャンスを狙う。

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全米&中南米のヒスパニックをカバーする大TV局Univisionが2004年から始めた人気オーディション番組、"Objetivo de Fama"。
プエルトリコを含む全米40の都市でのオーディションを勝ち抜いて第一回目はプエルトリコのJaniaが優勝し、見事デビュー。昨年2枚目のCDを出したばかり(右の写真/"Contra La Corriente/Janina")。

昨年の第3回大会、マーロンは数々のライバルを破って優勝したのでした。

そんな、苦労人な過去は表に見せず、この見た目、ね。昨年デビュー盤"Mi Sueno"をリリースし、これからが楽しみ!

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このコンサート、ライブで全米のケーブル局("Ritomoson Latino"系)と海外にも8時間ぶっ通しで放映されるらしい。マイアミは午後2時から、メキシコは1時、プエルトリコ、ベネズエラは3時、アルゼンチンは4時、マドリッドは夜の8時から。

見たいなあ。日本は・・・・・むりだよなぁ・・・・。
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by mofongo | 2007-01-31 23:42 | Musica/SALSA
2007年 01月 29日
ドミンゴ・キニョネス新譜!タイトルは"La Evidencia"
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ドラッグからなかなか抜けられず、苦しんでたドミンゴ・キニョネス(Domingo Quinones)。昨年の"真夜中のソネオ対決:Duelo Anochecer"で、エルマン・オリベーラ(Herman Olivera)に完敗したりで、だいじょぶか!?と危ぶまれてた。

それが昨年年末頃から活動の声が聞こえ始めて来ていよいよ本格復活か!?と期待が高まってたところに新譜のニュースが出て来ました。

ドミンゴはレゲトンと積極的にコラボレーションしてきたサルサ側のアーティストだけど、今回の作
"La Evidencia"ヒップ・ホップ&レゲトンの要素たっぷりとの事。

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ドミンゴは昨年末のサルサ+レゲトンの企画盤「ロス・ココロコス/Los Cocorocos」でもハビエル・トレス(Javier Torres)などとプロデューサーを務めている。





→YouTubeで"Los Cocorocos"のビデオを見る(ドミンゴの映像も)


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この「ロス・ココロコス」ではヒルベルト・サンタ・ロサとドン・オマール、ドミンゴ・キニョーネスとザイオンやラ・シスタ、ビクトル・マヌエルとテゴ・カルデロン、ティト・ニエベス&ペドロ・ブルルとジョン・エリックとかエル・グラン・コンボのパポ・ロサリオ親父と息子のアニエル・ロサリオ(左の写真)とか、面白い!

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そして、リリースは2月末から3月頃予定の今回の新譜、レゲトン側からはティト・エル・バンビーノ(Tito "El Bambino")ビコC(Vico C)などが参加。

一昨日のサンファンでのインタビューでは「サルサの色んな要素をレゲトンの"デンボウ"にぶつけたんだ。」「サウンドはサルサのオーケストラの音がベースだ。ウイリーコロンのトロンボーンの音をサンプリングしたり、サックスx3、トランペットx3、トロンボーンx3でティト・プエンテのような音もあるしね」と語ってる。バックにはチャーリー・セプルベーダ、マニー・モンテス、ハビエル・オケンド、リカルド・ルーゴなどのツワモノがサポート。

作品にはドミンゴ得意の社会的テーマを扱ったものもあり、信仰を取り上げたあるとの事だが、個人的に興味あるのはビコCとの共演の曲"Eso le pasa a cualquiera"。

ビコCもドラッグ問題で捕まり、自由の身になった後ドラッグを否定しドラッグの怖さを訴える曲をリリースした後、再び捕まった過去がある。そんな二人ならではのメッセージは?ドミンゴはホントに完全復活したのか?など、早く音を聴いてみたい。

マーク・アンソニーとジェニファー・ロペスが共演するエクトル・ラボーの映画にも出演しているドミンゴ。マット・デイモンとベニシオ・デル・トロ出演の新作やTVシリーズの"Law & Order"に出演を予定しているなど、映画の方にも引き続き意欲的。充実した仕事でまたシーンを引っ張って行って欲しい。
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by mofongo | 2007-01-29 23:06 | Musica/SALSA
2007年 01月 28日
ルイシート・カリオン交通事故
気合いたっぷりの元気ものサルセーロ、ルイシート・カリオン(Luisito Carrion)がまたも交通事故にあってしまった。

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先週の先々週の土曜の夜、ドン・ペリニオンオルケスタ"ラ・プエルトリケーニャ"の仕事に行くためトア・バハの家を出てたばこ屋に立ち寄った時に車にはねられてしまったもの。

幸い命に別状はなかったけど、左足骨折と後頭部を縫うケガ。昨年10月にも交通事故で脚をケガし、ようやく復帰し始めたばかりだったのに不運・・・。

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ルイシートはコテコテのプエルトリカンで気合いたっぷりのソネーロ。1962年生まれで現在44才。サンファンから西へ1時間程走ったアレシボの町生まれ。おとっつぁんのアンヘル・ルイス・カリオンもオルケスタ・カフェ(Orquesta Kaffe)のリーダー&ベーシストという環境だから13才でステージに出るサルサな少年として育ってる。そして17才まで父親のバンドで演奏する。でも最初はボーカルじゃなくトランペッターだったのだ。14才の時にはオルケスタ・カフェの録音で初のソロを取ったりしている。

次いでオルケスタ・ラ・ナティーバ(Orquesta La Nativa)、イデ13(ID XIII) に参加。

ところが1980年、ID13にいた時交通事故で重傷を負う。その時歯を3本折ってしまいトランペットを諦め歌うことを選ぶ。人生、何がどう転ぶかわかんない。

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そしてコンセプト・ラティーノ(Concepto Latino)に参加。
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Jose “Cuco” Perez率いるコンセプト・ラティーノは当時のプエルトリコの実力派ローカル・バンド。このオルケスタはとっても重要なんです。地元の実力派オーケストラのお仕事として定番であるファニア・オールスターズのメンバーのプエルトリコでのライブをサポートする役もこなしてた。ムレンセの成立ちとかもそうですね。

コンセプト・ラティーノの場合はセリア・クルースのステージを、次いでアダルベルト・サンティアゴサンティートス・コロンなどのバックも務めていたと同時に地元でヒットを飛ばす。"No Me Olvidares"なんて、未だにプエルトリコのラジオで流れます。泣けます。

プリミ・クルースホスエ・ロサードウイリー・ゴンサレスなんかもメンバーでした。こういう所で鍛えられた若手が、80年代のサルサを大発展させたのですね。ここが大事なところです。

それからもひとつ大事なのは、アレシボの地元バンドだというところ。オルケスタ・ラ・ナティーバもそうだけど、アレシボという街に根を張った、そこでのナイトクラブやフェリア(お祭り)に無くてはならないバンドがあるから、子供のころからその音で育つ。そして、その中から新しい才能が出てくるのです。去年ソロを出したオミー・カルドナなんかもそうですね。

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さて、短期にラ・テリフィカに参加後、彼のキャリアの扉を開くグンダ・メルセー"サルサ・フィーバー"にパポ・サンチェスに次いで2人目のボーカルとして参加する事になります。'82年リリースの2枚目のアルバムから"Renta de Amor""Sen~ores ahi va Juliann""Aguas negrasなどがヒット。

MPお得意の中南米向けマーケティングも成功し、コロンビアやパナマで人気爆発!しかし、皮肉な事に、中南米の人気と逆に島での人気は今ひとつだったのです。(MPにありがち・・・)

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島で歌う機会をもっと増やしたかったルイシートは、しばらくコンセプト・ラティーノに戻った後、84年にボビー・バレンティンのオルケスタに参加する事になります。

"Me Diste de Tu Agua" [アルバム:Algo Excepcional]や "El Sen~or de las Sen~oras"、 "Ramos de flores"[アルバム:Bobby Valentin], "El Gigolo"、"Tributo de Cali" や"Como lo hago yo"などのヒットが続く。島の内外で歌う機会はぐんと増え、彼は充実した日々を過ごします。
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ボビー・バレンティンの所で5年過ごし、ドン・ペリニオンのオルケスタ"ラ・プエルトリケーニャ"に移ったルイシートは89年"La Fuga"を、次いで名門ソノーラ・ポンセーニャに移り(90-92年)"Yare" や"A Comer Lechon"がヒット。

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そしてついに92年MPレーベルで"Y ahora voy yo"でソロデビュー。 95年に2作目"Con respeto"を、2000年に"Sin tu amor"をリリース。 "La Chica Ma's Popular"、"Nadie Como Tu"、"Porque"、"Amiga Mia"、"Muriendo"、"Como Ave Sin Rumbo" 、"Para Ser Real"などを当てる。

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その間、ロベルト・ロエナの近年の名盤"Mi musica 1997"などにも参加。同じくMPレーベルでは大量の作品にコロで参加してます。
また、ボンゴ奏者イバン・カセレスの2003年のデビュー作(そして遺作・・・。交通事故で亡くなった)"Bongolandia"でも力強い声を聴かせてくれている。このカセレス、ルイシートのお母さん方の従兄弟。いいアルバムだったし、ルイシートのと一緒にこれからが楽しみと思ってたのに残念・・・。

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最近ではウイリー・ソテーロのプロデュースする"La Mundial de la Salsa"や"Puerto Rican Masters"のCDやDVDで彼の活躍が楽しめる。この作品もいいですね。
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昨年コロンビアの大手Codiscosレーベルと契約し、カリでのライブ"Clasicos En Vivo-Live In Cali"をリリースしたばかり。お馴染みの彼のヒット曲満載、かつルイシートの人気が分かります。

早く全快してまた元気なステージを見せてもらいたいです。

→YouTubeでルイシートのプロモ・ビデオ”Beso a Beso”を見る
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by mofongo | 2007-01-28 02:43 | Musica/SALSA