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2007年 07月 22日
@ホンジュラス 07.7 (3) 捕獲CD
(→Part 2より)


ホンジュラスっていえば、まずプンタ(Punta)が浮かぶ。ベリーズからホンジュラスの海岸地方に住むアフリカ系のガリフナの人たちの音楽。

Punta catrachaのダンスの腰の振りは、マヤ文化圏でもあるホンジュラスのイメージとは違うかも。

聞きやすくアレンジしたものはメレンゲのようなビートに聞こえるものもあるけど、オリジナルはもっとアフリカ。この強いビートを聞くとセイバとか海岸地方を思い出す。プンタってつま先の事だけど、踊りはむしろ足よりとにかくケツです。

音の興味のある人はYouTubeでまずこちらをどうぞ!

→"Honduras Punta"

腰の振りに興味のある人はこちら。

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→"Punta Dancing"





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→"DANCiNG PUNtA!!"



◆◆◆


さて捕獲CDの1枚目はオーセンティックは地元音楽、どちらかというと山の方。


■"CANCIONES FOLCORICAS HONDUREN~AS"/Eida Maribel Reyes

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アコーデオン、マリンバを伴奏にポピュラーなメロディーを歌ったmの。とても牧歌的。CDの半分はカラオケになってて、地元のホームパーティーで盛り上がるのによさそう。





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→YouTubeで"Musica folklorica Reitoca Honduras"を見てみる




"Donde Andar"/Karla Lara (Costa Norte CNCD20013)(2004年)

カーラ・ララはホンジュラスのヌエバ・カンシオンの系譜にある人。ニカラグアのカルロス・メヒア・ゴドイとステージを共にしたりする。澄んだアルトの声が魅力的な人。やさしい音が、ホンジュラスの山間の丘陵の風景に似合う。


"■Conmigo/Camilo Corea" (Terco TPCD-02022007)(2007年)

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ジャズ・フュージョンな音だけど、ジャケに"ガリフナ・ラテン・ジャズ" (El Latin Jazz Garifuna)とあるように、海岸地方のガリフナのリズム、タンボールの音が彼と彼のバンドALTAMARの音を特徴付ける。

ガリブナのタンボールはコンガなどに比べ皮がとても乾いた音がする。

曲は時にキューバンなリズムを刻んでも、このガリフナ・ドラムとリズムのニュアンスが小アンティールのボンバからマルティニークのティブワ、そしてブラジルの音すら連想させる。

コレアのピアノは時にパーカッシブに迫り、フュージョンの語法で語りかけるが、本領は腰の据わった骨太のやさしさ、セイバの日差しが照り返す青い海を、日陰から穏やかに見つめるような音だ。

ホンジュラスのカリブ海は西語圏のカリブと言っても大アンティールとは一味違う個性を見せるのだ。

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→YouTubeでMaking of Camilo Corea, Conmigo PARTE Iを見てみる





"■AREA 504 REGGAETON"/DASHITAI"
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ホンジュラスもレゲトン!El Puebroがプエルトリコに殴りこみをかけてましたが、サンペドロ・スーラを中心にコパンやセイバなどカリブ側でがんばっている兄ちゃんがこのDASHITAI。

しかしこの名前、いったいどこから来たのかね?「出したい」??うーん、よくわかりません。

曲の中で女の子が「ダシ~」ってコーラスするんだよね。なんとも。

音はオーセンティックなレゲトンともいえるが、よく聴くとやはりホンデュラスのコスタの音で育ったのがよくわかります。

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→YouTubeでDashitai y Josh DiBrascoを見てみる




◆◆◆


ホンジュラスの音楽に直接関係ないけど、好きだったTLCのレフト・アイが自動車事故で亡くなったのはホンジュラスのセイバ近郊だった。ビートの強いセイバの地元の

音楽の音楽と真っ青な海を見て、彼女は何かインスピレーションを得てたのだろうか?
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by mofongo | 2007-07-22 12:19 | Viaje/漫遊記
2007年 07月 21日
@ホンジュラス 07.7 (2) お客めぐりと食べたもの
食うか音楽かしか能がない旅。いつもの記録です。(→パート1より)

◆◆◆


ホンジュラスは山あり海ありの国で、カリブ海側のサンゴ礁の美しさったらすごくてダイビング好きには最高。シーフードもうまい。これは前々回、たっぷりいただきました

b0015362_23382729.jpgそして山には牧畜もあり。という事で、牛、豚、鶏のピンチョス(串焼き)を食いに行った。場所はテグシガルパ市内のカジュアルな名店"El Patio"。だだっ広いお店も、地元勢の家族連れなどで大変にぎわってる。

まず中南米の定番フリホーレスとチーズをならべてナッチョで料理を待つ。





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このフリホーレス(豆のペースト)、各国で好みが微妙に異なる。グアテマラがダーク・カラーだとすると、ホンジュラスは赤みが強い気がする。それから、チーズはホンジュラスならではの塩味の強さあり。モッツアレラ系。





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そして、皆でシェアするプレートには、これまた定番のプラタノのソテー、ユカ・ボールのフライ、コーン系パステリート、アボカド・ペースト乗せなどなど。







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さて、ピンチョ。大変巨大な量で食べるのに苦労しました。写真は牛(res)と鶏(pollo)。





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当然ビールがぐびぐび。写真は地元の誇る3銘柄。Salva Vida, Baren, Imperial。いいすねSalva Vida (人生の救い)と言う名前。

さて、腹一杯になったので、仕事にもどる。テグシガルパ近郊のSanta LuciaからValle de Angleへ向かう。


◆◆◆

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快適な道路が山肌を縫います。ホンジュラスの国の木、El Pino/パイン(松)並木の間のドライブは素晴らしい。

Valle de Angeles(天使たちの丘)という優しい名前の付いた村の中心には中南米おなじみの教会に面した広場があり、村役場へ商談へ。

観光地でもある広場には人々が憩い、普通の人の普通の生活がある。

◆◆◆

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翌日はバスでサン・ペドロ・スーラまで移動。
ボルボ製の立派なバスでDVDも見られる。冷房完備、トイレ付、飲み物とスナックも出る。普通の小型バスの倍くらいだが、納得。






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トム・クルーズのミッション・インポッシブル3をやってた。

見ていた隣のおっさんが

「なんでグリンゴ(アメリカ人)は殺しあうのが好きなんだ?」

そうだよなあ・・・・。




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とは言いつつ、ホンジュスも完璧に平和なわけでもない。ガテマラやエルサル同様、麻薬問題や若者のギャング団「マラス」の問題もある。
丁度この日は鉱山労働者が労働環境の悪化につながる法律改正に反対して、サンタバルバラでデモと道路封鎖。おかげでサンペドロ・スーラへの道は一時ブロックされてしまったのだった。




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後で新聞を見たら軍隊も出動しもめたみたいだけど、バスの横を通り過ぎる彼ら兵士の兄ちゃんたちの顔見てると、彼らの平和を祈るばかり。








◆◆◆

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のどかな丘陵地帯を抜け、ヨホア湖の脇を通り、2時間遅れでサンペドロ・スーラ到着。

ここのお客は厳しい。商談のあと5時から飲み始め歌もでる。お客はシナトラ系のジャズが好きなのでカラオケではシナトラ、サミー・デイビス、・Jr.、メルトーメ、ハリー・コニック・Jrなどを歌って盛り上がった。音楽はありがたいよ。ジャズやって良かったよ。




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ウイスキー1本あけて、11時にレストランへ。そこで食べて飲んで、最後はテキーラのショット2回(だったと思うがよく覚えていない・・・)。


宿に帰りベッドに倒れこむ。時計は3時近く。

明日の飛行機に乗れるんだろうか・・・・、と思いつつ記憶が切れた。


(→Part 3へ)
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by mofongo | 2007-07-21 23:43 | Viaje/漫遊記
2007年 07月 20日
@ホンジュラス 07.7 (1)
ホンジュラスの首都テグシガルパ

内陸の盆地。ここは空港が街中にあり、なおかつ丘が迫っているとこに旋回しながら着陸するので山肌にぶつかりそうでわくわくする

→ひまなのでYouTubeで見てみる

宿に転がり込む。もう夜だ。TVをつけっぱなしてメールと格闘することにする。トロピカル系の番組

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ん?この太い声はは8月来日予定のオスカル・デ・レオン(Oscar De Leon)。曲は"Yo la canto"


→YouTubeで見る






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そしてこのふにゃっとした声はエディー・サンティアゴ(Eddie Santiago)。エディーってプエルトリコより中南米の方がずっと人気があんだよね。なんだろ?

→YouTubeで"El Triste"を見る


あれ、今度の艶やかな声はベニー・モレ(Benny More)、そして名曲"Como Fue"



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あれ?彼のPVなんてあるんか?とTVを見ると、ウイリー・チリーノ(Willie Chirino)がスクリーンがベニーとデュエットしてた。

いやー、中米らしい曲の流れだなあ、ベネズエラ、プエルトリコ(それもエディー)、そしてマイアミ。

→YouTubeで"LO QUE ESTA PA' TI"を見る



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と、二人のデュエットに聴き惚れてると(ベニーの方が当然上手い)、曲はレゲトンへ。"Suave Suave~"。おお、カジェ・トレセ (Calle 13)。うーん、未だにフレッシュなこの曲。

次は?このコロンビアくさい音、いいなあ~。カバス(Cabas)だよ。曲は"Cadena de Oro"。久しぶり。


・・・しかしだな、こんな調子でメールと格闘して夜中までに終わるのか・・・?

◆◆◆


翌日はひらすら仕事。まず首都テグシガルパの丘に登り街の北方向を眺める。Plaza de Espan~aという名のこの公園は休日にはカップルの集う名所。お金持ち地区で、巨大な邸宅が並ぶ。
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眺める下はZona Vivaと呼ばれるバーやディスコのある地区とその先の山にへばりつく、超庶民の地区。

ホンジュラスもグァテマラや他の中南米と同様、大きな格差問題を抱える。
当地の新聞、例えはLa PrensaにしろTiempoにしろ、殺人事件のエグイ写真が出るので有名。そんな記事を読むにつけ、住民票のない自分は空港の国際機関の募金箱になにがしかを入れるくらいしか手がないのが悲しい。

しかしここ7年間、GDPは着実に伸びインフレ率も下がり、対外負債も若干下がって来ている。地元経済の回復もあるのだけど、アメリカからの出稼ぎ送金の支えもとっても大きいのだ。

送金はここ6年で4倍近くに伸び、2500億円ものお金が地元の家族に届く。
中米の経済は、この送金に支えられるところがとっても多いのだけれど、それはアメリカでがんばり、故郷の家族を思うラテーノの姿なのだ。

それは、サルサを作ったプエルトリカンの歴史と同じであり、中南米でプエルトリコのサルサがこのジャンルのメインの音になっている理由がよくわかる。サルサって音楽はリズムだけじゃなく、その心情を歌ってるかってことなんだね。

◆◆◆


いつも旅に出ると、空港の本屋で中南米・カリブの本を買って読むことにしている。
マイアミのBorders、ニューヨークのHudson、ダラスのSimply Books・・・面白い本が手に入る。

今回は フアン・ゴンサレス(Juan Gonzalez)の"Harvest of Empire"を読んだ。

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ゴンサレスは大好きなNYの新聞Daily Newsの名コラムニストで、ポンセ生まれのプエルトリコ人。

この「帝国の収穫」というタイトルの本はスペインから始まりアメリカまでの中南米からの「収穫」を語りながら、今のアメリカのラティーノと今のアメリカ自身について語っている。とってもおもしろい本だった。

よくある「アメリカはけしからん」とか「ラティーノよ立ち上がれ」とかいう単純なレトリックなんかない。NYに”住民票”を持つ(アメリカには住民票なんかないけど)著者はインサイダーでありつつ生粋のアウトサイダーでもある。だからポピュリスト的言動の一面性を良く分かってる。

それは、アメリカの中米政策の果てに出稼ぎを余儀なくされた国に、出稼ぎによって豊かさが戻って来たりするパラドックス。

そしてそれは、ラテン諸国をコントロールしたいアメリカが、出稼ぎラティーノの力で大統領選をコントロールされかねない状況を作ったりするパラドックスでもある。

◆◆◆


ホンジュラスには今どんどんアメリカ型のショッピングセンターが建っている。Grupo RobleなどのMulti Plazaなどに代表される中米の富裕層の投資が大きい。

そしてその中のフード・コートにはPizza HatBurger KingDunkin Donutsなどのアメリカ系フランチャイズが軒を連ねる。もちろん地元富裕層がしっかり稼いでいる店だ。

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そんな中に"Paseo Universitario"という地元ブランドのファスト・フードがある。
エルサルバドルはププサの発祥とも言われているが、ホンジュラスの人に言わせれば「こちらが本物!」という事であり、そのププサのチェーンがこの店なのだ。

ピザのSbarroマックの店はクレジットカードが使える。しかしこの店は頑として、アメリカ系カード会社に手数料を払うのを良しとせず、レシートは手書きだし、かつ値段も安い。庶民の店なのだ。

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だから、フード・コートにこの店があるときは迷わずここにする。ああ、ホンジュラスもププサもうまいのう。(写真はエンチラーダとのセット)

ガンバレ、ホンジュラス!色々大変だけど上手くやって欲しい。

→パート2へ
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by mofongo | 2007-07-20 19:01 | Viaje/漫遊記
2007年 07月 20日
LOS BORRACHOS LIVE 江ノ島 7/22(日)
プエルトリコの香り高いサルサのLOS BORRACHOSさん。

今週末7月22日(日) は江ノ島海の家ライブです。
潮風のなかで島の音を楽しませてくれるでしょうね。

場所:片瀬西浜 海の家「Rain Forest」
小田急江ノ島線片瀬江ノ島駅から徒歩5分、新・江ノ島水族館のすぐ裏
http://maps.nifty.com/index.jsp?type=1&nl=35.3060525&el=139.48288305555556&scl=25000
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7月22日(日)
17時開場
18時半スタート
チャージ2,000円(1ドリンク付)

天候は気になるところですが、この際細かいことは気にせず、
ナイスでマッチョなサルサで踊りましょう!(台風以外決行らしいです)

http://www.ne.jp/asahi/salsa/borrachos/
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by mofongo | 2007-07-20 18:12 | Musica/SALSA
2007年 07月 16日
グァテマラ 07.7 マリンバの音色
ダラスからの便は満席。新聞読んでたおっちゃんが話しかけてくる。

「どこから来たの?日本人?」
「ビンゴ!おっちゃん、ガテマラ人?」
「ビンゴ!な、これ日本人だろ?」

と見せてくれたのは新聞のイチローの記事。海外で活躍してくれてる日本人がいるのはありがたいですね。トヨタやソニーの話じゃ盛り上がんないもんね。

スポーツから始まってひとしきりお互いの話をするうち話題は音楽に。
相手がグァテマラ人なので当然こちらもマリンバに話を振る。

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「おお!マリンバ知ってんのか?」
グァテマラと言えばマリンバじゃないですか。音色がほんと良いすね。自分は特に低音に弱いんです」
お「そうか、日本人にも分かるよな」
「日本人でも素晴らしい演奏家がいるんですよ。三村 奈々恵さんとか。」
お「Mimura! しっとるぞ。わしは国立交響楽団とのコンサートに行ったんだ。」

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ああ、またも海外で活躍してる同胞が話を盛り上げてくれたわ。ありがたい。

「実はわしもマリンバやるんだよ。女房はマリンバに合わせたダンスをやる。グループで韓国やフランスの音楽祭にも行ったことあるんだ。そうそう、CD持ってるからやろう

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あやー、おっちゃんミュージシャンだったのね。Jose Francisco Pazちゅう人。今まで1,200曲ほどマリンバの曲を作ってるんだって。本業(副業?)はジャーナリスト。なんだか、プエルトリコのティテ・クレ・アロンソみたいだ。

頂いたCDにはポルトガル語が。

「今度ブラジル行くんで、ポル語を入れてみたんよ」

もらったCDにはバルスやパソドブレからカリプソ、クンビアまでなんでもありで、MP3で160曲/474MBフルに入ってた。

◆◆◆

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さて、到着したアウロラ国際空港は工事が進んでずいぶんでっかく、きれいになっていた。
なんだかグアテマラじゃないみたいでちょっとさびしい、と勝手な事を思う。
宿に滑り込んで爆睡。

翌朝の朝飯は近くの超庶民的な店へ。コーヒーとトルティーアにフリホーレスで10ケッツアル。150円くらいか。おいしかった。

それからは怒涛のお仕事で3つのお客を撃退しつつ、地元のビール"Gallo"、ラム”ロンサカパ””ボトラン"で逆襲されつあっという間に3日が過ぎた。

◆◆◆

合間にお客のおっちゃん、おばちゃん、にいちゃんやら宿の兄ちゃん、ねーちゃん、飯屋のねーちゃんに音楽の好みを聞いてみた。

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ポップスShakiraManaRBDBelanova、とかあげるのが多かった。年が上がるとチャヤーンアレハンドロ・フェルナンデス、そしてもちろん、地元リカルド・アルホナ


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トロピカルはまずサルサ。マーク・アンソニーフランキー・ルイスエディー・サンティアゴヒルベルト・サンタ・ロサなど。やはりプエルトリコ。結局サルサというとそうなるのね。

ちょうど街にはジェリー・リベラのコンサートのビルボードが掲げられ、新聞には翌週のニーチェのライブの宣伝が出ていた。やっはりトロピカルも強い。



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そしてショッピングセンターに行ってCD屋やオーディオ屋、ジーンズ・ショップなどに行くとレゲトンがかかってる。聴こえてきたのはダディー・ヤンキーティト・エル・バンビーノ




◆◆◆

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地元のダウンタウンをうろうろする。

旧市街はスパニッシュ・コロニアルな香り高い建物が一杯。
郵便局は往時の美しい建物をそのまま使っていたり、上流階級のクラブがそのまま保存されていたり。

しかし、その美しい建物たちと南市場までの庶民の香り高い裏通りとはギャップがある。





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露天が軒を連ねる通りには、安価な衣料や小物があふれる。

コピーCD/DVDもそこらじゅうで売ってる。CDは一枚5Q(ケッツアル)。つまり100円くらい。自分はこの手のコピーは好きじゃないので買わなかったけど、上に書いたような売れ線やランチェラなどメキシコものも多い。



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96年の内戦終結からやっと10年のグアテマラ。CDショップの150Qを買う人層、5Qを選びに選んで買う層。

人口の多数を占めるマヤ先住民と富裕層との落差は大きく、リゴベルタ・メンチューの名前により日本でも少しは知られる人権問題や貧困問題、政府の腐敗の問題、麻薬組織の問題、マラスと呼ばれる未成年中心のギャングと問題は山積み。

街では9月の総選挙に向けてポスターや看板がそこいら中に掲げられていた。住民票持っていない自分は何もこの国にコミットすることなどできないけど、マリンバの音色のような安らかな時が来るのを祈るばかり。
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by mofongo | 2007-07-16 22:03 | Viaje/漫遊記
2007年 07月 09日
赤木りえさん・新譜『カリビアン・フルーツ』
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自分にとってのカリブ海との出会いは、音楽だった。
カリプソ、レゲエ、サルサ、メレンゲ・・・。深追いしてソカやメント、スカやコンパ、ヒバロにグアヒーラにソン、ボンバにルンバ・にズーク。どれも素晴らしかった。

縁があってカリブ海に住み、西語圏以外に、ジャマイカ、トリニダードなど英語圏、グアドループやマルティニークなど仏語圏、キュラソーやアルーバなど蘭語・パピアメント語圏に何度も旅をした。帰国しても中米や南米のカリブ側を含め1年に4-5回カリブ海に旅を続けている。

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その中で分かったのは(本当は入り口だけど)カリブの豊穣さには個別の音楽の種類を超えて共通ものがあり、それがとても深いという事だ。

そしてそのサルサやソンやソカやレゲエやレゲトンまで共通するフィーリングを感じた時、各々の音楽独自の素晴らしい点がよりはっきり聞こえて来る。

今回のカリブへの旅に持参した『カリビアン・フルーツ/Caribbean Flutes』と題された赤木サンノ新譜を聴いた時浮かんだのはこの事だった。

◆◆◆


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赤木さんは、オルケスタ・アラゴンのリカルド・エグエスと現地で何度も交流があるように、まずキューバからカリブへの傾倒が深まったとの事。そしてプエルトリコで暮らしどっぷり"カリブ漬け"になった事がその後の作品の大きなバックグラウンドになっている。

そして、今回の新譜。

「ラテン・ジャズ」とか「トロピカル」という言葉だけでは括れない。カリブが持つ広がり・多面性をたっぷり感じた。

それはプレーナ、メレンゲからレゲトンまで共通するシンコペーション、クラーベの乗るサルサやルンバ、マイアミと繋がるよりむしろNYと繋がるようなカリブと本土の相互影響、クラシック・欧州の背景などなどなど。

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ミッシェル・カミーロのピアノとのデュオが強力にドライブする1曲目の"Caribe"、クラシカルなテイストの7曲目"Remenbrance"。動と静、強い日差しが照り返す波と夜更けの凪。デュオというシンプルかつ緊張感あるやりとりが情感に訴えイメージが大きく膨らませる。

プエルトリコのメンバーとの曲も多様だ。島を代表する作曲家ラファエル・エルナンデスの"El Cumbanchero"をルンバ、ラテン・ジャズ、デスカルガとパターンを変えて聴かせてくれるかと思えば、フレディー・ハバードの"Little Sun Flower"をTito Allenのボーカルでソウルフルに聴かせる。

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前作に収録のボンバ味の"Soul Makossa"をルイス・ペリーコ・オルティスによるレゲトン・ミックスで料理したり、とても赤木さんらしい作品"El Paraiso"でのメロディー、親しみやすい"Neverending Story"、そしてエドウィン・コロン・サヤスのティプレとのデュオがとても泣ける"スリエちゃんの子守唄"と、さまざまに楽しめる。


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カリブが色々な要素を取り入れ、取り込み、自由に新しいものを生み出すエネルギーを持ち続けてきたのと同じように、赤木さん自身が「カリブ」である様な音の創り方を志向している。むしろ素材からよりもその点からカリブを感じたのかもしれない。

タイトルの『カリビアン・フルーツ/Caribbean Flutes』ではフルートに"s"が付いた複数になっている。単数では表せない深い多様さを持ったカリブをからのエネルギーを受け取り、自らの多面的な姿を聴かせてくれる、そんな意欲的な音がカリブの豊穣の素晴らしさを感じさせてくれているのだと思う。

→JVCのサイトで聴いて見る
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by mofongo | 2007-07-09 17:48 | Musica
2007年 07月 09日
プエルトリコ 07.6 (3) ルチャ・リブレ / プロレス!
プエルトリコ着いた週末は、仕事終わってCD・書籍捕獲/食材調達夜がお客と会食・飲み会深夜にサルサ、ボンバ又はレゲトンのライブが定番。

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③の会食も楽しいけれど、実は時々この時間帯に滑り込ませたいことがある。それはコリセオ(スタジアム)などでの大コンサート、そして「ルチャ・リブレ」、つまりプロレスなのです。

プエルトリコで人気のスポーツといえばまず野球、そしてボクシングだけど、忘れちゃいけないのがプロレス。ファンなら「プエルトリコのルチャ」の素晴らしさをお分かりですよね。

メキシコと並ぶスペイン語圏のプロレスの本場といえばプエルトリコ。いや、この四国の半分しかない島にIWAWWCという二つのメジャー団体を擁し、その他にもWWE、TNA、PRW、PRWA、WWS、RE...と一杯。これらが毎週末しっかりと興行してる事からいえばメキシコよりすごいと言えるでしょう。

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プロレス専門雑誌なんかもありますよ。"Wrestling Time"。この号はIWAのエル・センサシオナル・カルリート君が表紙です。このヒバロなキャラクター、泣けます。

それになんといっても観客の熱くなり方は半端じゃない。ひいき選手への大声援とヒール(悪役)側への大罵倒、大罵声、親子連れで来てがんがん声援しまくって大満足して帰る、という光景は大変素晴らしい。

→IWA PUERTO RICO "Summer Attitude 2"を見る

昔は何度か週末に同僚のベボ君に連れてってもらい、終わってからサルサの流れる地元の飲み屋に転戦して、盛り上がるという幸せなパターン。今でも島に幾たびにベボが声かけてくれるのだけど、なかなか実現しない。

◆◆◆

今回到着して、宿でTVをつけると、ほら週末の試合の宣伝だぁ!

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WWCの今晩はポンセかあ、こりゃちょっと行けないなあ。
エディー・コロン、レオン・アポロ組対アメナサ・ブライアンとブラック・ペイン組のタッグ、そしてクレイジー・ルディーとウラカン・カスティーヨのタイトル戦。ウラカン・カスティーヨ、まだまだ頑張ってるのね。




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ノリエガ対ブロンコ、スーパースター・ロメオ対リコ・スアベ、クリス・ジョエル対スラム・シャディー、BJ対アッシュ・ルビンスキーなどなど。







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一方のIWAは、あ、バヤモンじゃん。行ける!いや、無理だよなあ、夕飯先約ありだもんな。

女子はチャンピオンのレイナ・アマソナ対ブラック・ローズ、人気のエル・センサシオナル・カルリートス 対エル・ルチャ・フェニックス・スター。






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オルランド・トレド対デニス・リベラ、チッキー・スター対インベーダー、ジェフ・ジェフリー対カフ、そして18人がバトルロイヤルを繰り広げるホセ・ミゲル・ペレス杯などなど、見所多い。








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IWAといえば、日本のプロレス・ファンにもおなじみだったビクター・キニョーネスを思い出します。亡くなってから早くも一年以上が経ちました。ビクターの貢献があってテリー・ファンクから>リッキー・バンデラスまでが来日し日本のシーンは大いに盛り上がりました。逆に日本の選手がプエルトリコに行ったときは、ばっちり面倒見てくれたそうです。ほんと典型的なプエルトリカン。

そんな日本とも縁の深いプエルトリコのプロレス。ビクターの事を思いながら、次回は観戦したいものです。
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by mofongo | 2007-07-09 17:12 | Viaje/漫遊記