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2007年 08月 11日
マリオ・リベラ亡くなる
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また一人、ラテンの音を支えたマエストロが・・・。
マンボ、ラテン・ジャズ、サルサ、ジャズなどNYラテンの音を支えたサックス奏者マリオ・リベラ (Mario Rivera)が昨日8月10日の早朝ニューヨークのセント・ビンセンツ病院で息を引き取ったとの事。ガンだったそうです。

マリオ・リベラは1939年7月22日、ドミニカ共和国のサント・ドミンゴ生まれ。
1961年、22才の時にニューヨークにやって来て、まずジョー・バジェ(Joe Valle)のオルケスタで働く。ジョーはNYとプエルトリコおよびカリブ圏で人気抜群だった歌手でボレロと共にビッグバンド・スタイルのプレーナで有名。


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その後1963年から1965年にティト・ロドリゲス(Tito Rodriguez)のオルケスタで、次いでマチート楽団(The Machito Orchestra)、ソニー・スティット(Sonny Stitt)、チャーリー・パルミエリ(Charlie Palmieri)、エディー・パルミエリ(Eddie (Palmieri)、ティピカ73(Tipica 73)、ジョージ・コールマン(The George Coleman)、ディジー・ガレスピーのUNオーケストラ(Dizzy
Gillespie's United Nation Orchestra)、スライド・ハンプトン(Slide Hampton's
Jazz Masters)、ジオバニ・イダルゴ(Giovanni Hidalgo)、
チコ・オ・ファリル(Chico O'Farll's Orchestra) そしてもちろんティト・プエンテ(Tito Puente's
Orchestra、Latin Jazz Ensemble) ・・・・

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もうちょっと名前をあげるだけでもあっという間にこれだけ思い浮かぶくらいの引っ張りだこの活躍。その合間のレコーディングへの参加も数知れず。

80年代にはサルサ・リフュージーズ(Salsa Refugees)という自分のグループも率いていました。これはトロンボーンのSteve Turreとの双頭の9人編成のバンド。マリオはサックスとフリューゲル・ホーンというさすがマルチ奏者。
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マリオはソプラノからバリトンまでのマルチ・サックス奏者だっただけでなく、フルート、ピッコロ、トランペット、ダンボーラ、からコンガ、ティンバレス、ドラム、ピアノ、バイブとなんでもありだった。

彼のソロアルバム(多分唯一)は1996年の"El Commandante"。自らが「司令官」となって好きな音を作ったアルバムはラテンからジャズまで色々な音が詰っている。
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マリオは今年に入ってからガンによって体調が思わしく無く、6/5にはNY/44丁目ののバードランドでミュージシャンが彼の為のチャリティー・コンサートを開いた。

Arturo O’Farrillが声をかけたものだが、パキート・デ・リベラ、ウイントン・マルサリス、ジョージ・コールマン、ジオバニ・イダルゴ、パポ・バスケス、ティト・プエンテ・オーケストラ他多くのミュージシャンが参加したとの事。

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ティト・プエンテ・オーケストラで彼の演奏を聴いた事がある。ティトもサンティートスも健在な頃だ。音圧が強く芯のしっかりした彼のバリトン・サックスの音はオーケストラの中でもしっかり聞こえた。あの音はもう聴く事ができない。

安らかに、マエストロ・・。RIP
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by mofongo | 2007-08-11 21:12 | Musica
2007年 08月 02日
エディー・パルミエリ&ブライアン・リンチ @Bluenote 07.8.1
昔から考えている事がある。ラテン・ジャズってなんなの?って。

「ラテン・ジャズ」って言葉は「ラテン風味のジャズ」みたいな語順でジャズの一種みたいだけど、ジャズもラテンも両方ともたかだかここ100年ちょっとの同じような歴史の中で育った音楽。それからすると、「ジャズ・ラテン」って呼んだっていいのでは。

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100年前のニューオリンズとハバナはビジネス相手のお隣さんで、かつ一つの文化圏とも言えた。ジェリーロール・モートンの録音にはラテンのリズムが」あり、W.C.ハンディーの曲にはハバネラが潜む。20年代の「アマポーラ」、30年代の「ピーナツ・ベンダー」に代表されるヒット。ラテンはNYの音楽の大きな要素の一つだった。エリントンの名作「キャラバン」の作曲者はプエルトリコ人のトロンボーン奏者のファン・ティソールだ。

(左は1900年頃のニュー・オリンズ、下は1900年頃のハバナEl Prado:今とあんまりかわんない・・)


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それからマリオ・バウサチャノ・ポソなどが、パーカーガレスピーたちが、そしてティト・プエンテティト・ロドリゲスマチートの3大ビッグ・バンドなどが交錯する40-50年代、。そして60年代のデスカルガやカル・ジェイダーなどの西海岸・・・。





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ヒスパニック人口がついにアフロ・アメリカンを抜いてしまった今のアメリカじゃ、「ラテン」を分離せずとも普通の環境になっている州も多い。ニューヨークはプエルトリカンを筆頭に3割。ロスは半分、マイアミは半分以上。ニューヨーク、カリフォルニア、テキサス、フロリダの4州が全米の6割のヒスパニック人口を擁する。

そんな中で育った音は、すでに「ラテン」だ「ジャズ」だという必要がないかもしれない。フロリダ育ちのジャコ・パストリアスのリズム感はまさしくそれだと思う。

◆◆◆

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マチートとラロ・ロドリゲスが共演盤する大名盤「Fireworks」聴いていて、前述の疑問がまた湧いてきた。

そうだ、エディー・パルミエリ来るじゃないか。しかも今回はブライアン・リンチとの「ラテン・ジャズ」とくくられるユニット。どうしようかと思ってたら、以心伝心かAさんからメールが。
ブルーノート初日の2ndステージに飛び込んだ。

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トランペットのブライアン・リンチはアート・ブレイキーやホレス・シルバーのコンボ、秋吉敏子のビッグバンドの要、中島美嘉のアレンジまでやっちゃう、ソロも音のまとめ役もばっちりの達人。

ベースはボリス・コズロフ(Boris Kozlov)。ミンガス・ビッグ・バンドやリンチとの活動。マイケル・ブレッカー・バンドにも参加してましたね。


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ドラムはミシェル・カミーロ来日時でおなじみの若手ダフニス・プリエト(Dafnis Prieto)。

エディーについてはいまさら言うこと無いけど、1936年NY生まれのプエルトリカン。今年71才。とにかく60年代の演奏からずっとテンション度高いエネルギーには圧倒されてしまう。

◆◆◆

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1曲目、エディーの鍵盤から流れ出したメロディーは、うん「アドラシオン」。イントロの二拍三連/ハチロクの部分のタッチが非常に美しい。ああ、うっとり。
ブライアンはのっけから熱い。ソロの受け渡しでプリエトとエディーとのノリがしっくりこないのが少しずつ温まって行く。

2曲目はモントゥーノ・フレーバの高いブルース進行。曲名なんだっけ?
自由度が高い曲だから、みんなそれぞれに挑発し遊んでいる。エディーはモントゥーノのパターン崩しからモーダルなメロディーへ行くかと思うと、不連続にパーカッシブな挑発をしてドラムやベースを動かしたり、マッコイな4度をラテンなリズム感覚でたたきつける。楽しいねえ。これでバンドは十分暖まりました。

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3曲目は3拍子でちょっとメカニカルなコード進行が美しいSlippery。3拍子を逆手にとったラテンリズムで遊ぶのかなと思ったら、コードの流れとメロディーの作りが変幻自在でした。ベースのソロがとてもよかった。当たり前とは言え、テクも素晴らしい。

4曲目はぐっとリリカルにThema Para Marissa。リンチってクリフォード・ブラウンのような面があるなあ。メロディーの高低・跳躍のイマジネーションにも音がぶれない、そして美しくパッショネイト。

5曲目The Palmieri's Effect。モードなイントロからちょっとだけひねった進行を題材に、みんな遊ぶ。エディーは左手に感服。すごいわ。ブライアンが要所で切り替えいくのだけどさすがですね。

そしてアンコール。ブライアンが最後までリトモ・カリエンテなソロで引っ張り、エディーもゴリゴリやってくれました。ウェーーパァ!

◆◆◆

ステージの後、まずベースのコズロフと話した。彼は91年にロシアからNYに移り住み活動してる。ラテンはレイ・バレットやリンチのグループからだって。

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ちょっと疑問をぶつけてみた。
「ストレート・アヘッドなジャズをやるのとエディーみたいなラテン/ラテン・ジャズをやるのとアプローチは違うの?」
「ジャズもラテンも歴史があるよね。ジャズならオスカー・ペティフォード、ジミー・ブラントン、レイ・ブラウン、リチャード・デイビス、ロン・カーター、スコット・ラファロ、ジャコって感じで。
ラテンならカチャオとかアンディー・ゴンサレス、サル・クエバス・・」
Aさん「ジョー・サンティアゴ」
「そうそう、良いよね。ルベン・ロドリゲスとか、もちろんベース・プレーヤーだけじゃなくて、ラテンの歴史をしっかり意識することじゃないかな」
「それって、キューバンってこと?」
「そうじゃない。ラテンはキューバンだけじゃないだろ?エディーはプエルトリカンだし、ラテン全てだよ。」

◆◆◆

Aさんはエディーとその息子とお友達なんで楽屋へダベリに行く。
孫のJIRO君もじいちゃん(エディ)、父ちゃんにくっついて来日中。

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エディーと話すのは3回目。1回目はロイサのフィエスタ・パトロナレスだった。
「とにかくね、ロイサは最高だった。"Rumbero del Piano"の頃。覚えてます?ボンバとかコンテストがあってマエストロも」
「そうだ、審査員やったなぁ。おい(と孫に声をかける)ロイサってしってるか。プエルトリコの町でな、ロイサ・アルデアっていうんだ。アフロ・アンティジャーナの音があるんだ。ボンバだよ。ボンバはな・・・」

こうやって文化は後の世代に伝わるのね。

「あのライブはフロントがエルマン・オリベーラホスエ・ロサードウイッチー・カマーチョで」
「ああ、ウイッチーいたなあ。」
Aさん「エルマンはいいよねえ」
「そう、そうエルマンはほんとうまいよ」
「そうだよな」

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親子3代、エルマンの事は意見一致ですね。いいねえ、こんな話しできる家族って。自分も将来孫にロイサ・アルデラの話しをしてやろう。

プエルトリコの話ししたり、来週来日のオスカル・デ・レオン、9月のルイス・ペリーコ・オルティスの話したりして、ハグして退散しました。

◆◆◆



で、疑問は解けたのかって?
そんな一発でとけるわきゃない。

今回もらったヒントは、音楽が今に至ってる道筋を踏まえて聴かなきゃねって事。

ジャズもラテンも「ジャズ」「ラテン」なんてひとつの言葉で括れるほどシンプルなものじゃない。たった100年の間に、いろんな音楽家と聴き手がいろんなことを試して、苦しんで、楽しんで今の音があるんだよね。

バップだけ、コンボだけ、デスカルガだけ、キューバだけとかありえない。ジャズもラテンもわれら日本人から出たものじゃないだけに、よーく、いろいろ聴かなくちゃね、とね。
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by mofongo | 2007-08-02 16:26 | Musica