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2008年 03月 31日
米国ラテン音楽ディスク・ガイド50's-80's LATIN DANCE MANIA
サルサを中心にしたディスク・ガイドが先週末に出ました。

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『米国ラテン音楽ディスク・ガイド50's-80's』
(リットー・ミュージック)
という本。

久しぶりのガイド・ブックです。
'50-'80年代初のNYを中心としたラテン音楽から400枚を選んで1枚240字で解説。オール・カラーでジャケ写真もたっぷり楽しめます。この400枚の内、1割ほど書かせてもらいました。




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この本のお勧め所は、サルサが'60年代に生まれてから'80年代初くらいまでの間の「サルサの基本盤」がしっかり選ばれてる所です。「サルサ」ってなんだ?何を聴いたらいいの?誰が重要アーティスト?サルサが好きなんだけど系統だって聴きたい、などと言う人には良いガイドになると思います。

と言うのは監修には名前を連ねてませんが、選盤には、名著『サルサ天国』、『サルサ番外地』の著者でイラストレーターの河村要助さんが大きく関わっているからです。ストライク・ゾーン。


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プエルトリコの老舗のレコード店Viera Discos(写真左)、NYの老舗の"Casa Latina"や"El Barrio Music Center(写真下)"などの基本品揃えと考えて間違いありません。(中には、これらの店でも手に入らない名盤もあったりして。)

そして解説者の皆さんこれらサルサを愛してるだけでなく、ほんと良く知っている人ばかりです。(敬愛する飯田さんにはもっと書いて頂きたかったです)

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第三章「サルサ」の所で岡本郁生さんが「サルサ=キューバ音楽ではない」と2回も書かれてますが、この事はこの「サルサの基本盤」のラインアップを見て聴いてみれば良く分かると思います。サルサの誕生の現場にはキューバ勢はセリア・クルースなど若干の亡命組しか居なかったので、当然と言えば当然なのですが。

ラテン世界では「常識」のこのポイントが、日本でズレて理解されてるケースも良く見ますが、これが「基本」に戻るのにも役立つでしょう。




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解説を依頼されたとき、内容に就いては特に指示はなかったので好きに書きました。でも他の執筆者の方々のものと併せ出来上がったものを読んでみると、別々に書いたのにベクトルが合っているのが面白いです。







例えば「サルサ」の章の解説ににどんな国名が出てくるか数えてみました。(←ヒマ人・・・)
       
プエルトリコ:76
キューバ :28
ベネズエラ : 5
日本 :0


サルサは圧倒的に「プエルトリコ」がキーワードですね。
そんな事も頭に入れながら読んでいただければうれしいです。

サルサに加えて、NYでのラテンとして第一章はJazzとの係わり合いを、第二章はブガルーなどを、第四章はメレンゲを、第五章はディスコ、ロックも取り上げています。こちらにも聴いてみたくなるものがたくさんあると思います。

◆◆◆


さて、冒頭にこの本の扱う'50年代-80年代より前のラテン・音楽について解説があります。序章ですね。しかし、残念ながら紙面が限られている為、多分書ききれなかったろうな、と思うことがあります。

と言うのは、早速手に入れた友人が序章を読んで 「キューバ音楽の事とNYへの影響は詳しく書いてあったけど、プエルトリコの影響はどうなのよ?」「サルサ=キューバ音楽ではないというポイントが序章では分かりにくかったけど」 との質問をくれました。

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序章はあくまで本編への導入部なので、詳しくはレコード紹介を、と言う事だと思いますが、「音楽大国キューバ」という事でキューバ音楽の歴史が詳しく書かれた一方、プエルトリコは「島から引っ越してきた」というタイトルが前に出たことと50年代以前のニューヨークやラテンでのプエルトリコ系の活動が分からなかったことが質問の理由のようです。

そこで、ちょっとここに自分なりに'50年代以前のプエルトリコ関係の話を付け加えて見ることにしました。序章と併せ読んでいただけたら何かイメージがつかめるかもしれません。
◆◆◆


さて、第三章ではサルサがプエルトリコ人を中心に形作られて行った事がわかります。
しかし、「59年のキューバ革命でキューバ人音楽家の供給がなくなりプエルトリコ人が急に出てきたのか?」と言うとそうではありません。

ホピュラー音楽のエリアではマンボやサルサより以前にプエルトリコからNYにやってきた音楽家やそこで活躍していた音楽家が沢山います。まずざっと名前だけあげてみます。
(気合入れて、個々の音楽家の事も書いて見たいと思うのですが)

まず20年代から40年代のNYならこれらの音楽家の活躍が頭に浮かびます。

ラファエル・エルナンデス/Rafael Hernandez】
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生涯に2000曲もの作品を残した、ラテン・アメリカを代表する作曲家です。
「エル・クンバンチェロ」「カチータ」「プレシオサ」などなど、ヒット曲は限りなく、プエルトリコ、キューバ、メキシコなど彼の作品はラテンアメリカでとてもに愛され続けています。(写真の真ん中の人)

ちょっと面白いエピソードをご紹介しましょう。キューバでも人気のエルナンデスですが、キューバのソンを代表するグループの一つ、トリオ・マタモロスが1928年にNYに行った時その頃既に人気作曲家だったエルナンデスに会い、その後1930年キューバでエルナンデスの"Buche y Pluma Na'ma"を録音して大ヒットさせます。

そしてその約10年後の1939年、NYで万博が開かれ、キューバも出展します。その時のキューバの公式本「キューバ・ポピュラー音楽」というパンフの中の「キューバを代表する80曲」としてこの曲と「カチータ」が入ってるんです。

キューバの人の勘違いでありますが、彼のを事をキューバ人と思ってしまう程、いかに彼の曲がキューバの人々に愛され、影響を与えたかわかります。

そういえば最近「ルンバの歴史」というマイアミ製作のDVDを買ったのですが、その最後に作品の監督が「キューバ音楽に貢献した重要な音楽家」を挙げて行くんです(西語)。エルナンデスも入っています。ボビー・カポも。ところが日本語字幕では「キューバ人音楽家」と紹介されてました。

ここにも勘違いがあります。こんな風に、キューバ人だと皆思い込んでしまうくらいエルナンデスのキューバに、そしてラテンに与えた影響は大きいと言う事だと思います。

自分がキューバに行った時、旧市街で、ホテルで出合ったソンのバンドに「カンパニータス・デ・クリスタル」「ペルフメ・デ・ガルデニア」「プレシオサ」と言ったラファエルの曲をリクエストするとたちどころに歌ってくれました。キューバではエバー・グリーンなのですね。

→動くラファエル・エルナンデスをYouTubeで見る

こんな調子でご紹介してると終わらないので、後は名前だけ。
マヌエル・ヒメネス"カナリオ/Manuel Jimenez "Canario"】
ペドロ・フローレス/Pedro Flores】
フリオ・ロケ/Julio Roque】
プラシド・アセベド/Placido Acevedo】
ジョニー・ロドリゲス/Johnny Rodriguez】

カナリオの様にプエルトリコ固有の音楽であるプレーナをベースにより洗練された音をNYで聴かせたグループもいましたし、エルナンデスを代表とする、「」を聴かせる沢山のグループもいました。

また'30年代から'50年代はジャズやマンボのオルケスタが活躍した時代でもありますが、楽器の名手やバンドリーダーも色々浮かびますね。

ファン・ティソール/Juan Tizor】b0015362_2345306.jpg
 デューク・エリントン楽団の名トロンボーン奏者&"キャラバン"(Caravan)、"パーディド"(Perdido)、コンガ・ブラバ(Conga Brava)などエリントンのヒット・ナンバーの作曲者です。(写真中)アフロ・キューバンよりずっと前にラテンとビッグバンド・ジャズを融合させたといえるかも。

ソリストとしても素晴らしくその"スイート"なソロで聴衆を魅惑しました。1929年から15年間エリントン楽団に在籍。後にハリー・ジェイムス楽団やネルソン・リドル楽団でもプレーしています。

→YouTubeでDuke Ellington Bandのファン・ティソールの姿を見る(トロンボーン・セクションの真ん中の人)1937年

ノロ・モラレス/Noro Morales】b0015362_044764.jpg
  ザビア・クガート、マリオ・バウサ、マチート・・・と参加した楽団も一杯。自己のオルケスタでも大人気で多くの影響を残したピアノ奏者。サンファン生まれ。
セレナータ・リトミカ”(Serenata Ritmica)、”ビン・バン・ブン”(Bim Bam Bum)、"マリア・セルバンテス"(Maria Cervantes)など、数多くのヒット曲を持っています。

写真の後ろの列左から2番目がノロ。これはNYのイスパノ・シアターに出演時のもの。競演のマチートマエストロ・ラディ(クアトロもった人)も一緒に写ってます。ラディはプエルトリコのクアトロの達人。つまり、当時のニューヨークの観客はマチートのマンボ、とノロのピアノ、ラディのヒバロを同時に楽しんでいたことが分かります。

書いておかなければならない事は一杯ありますが、この辺で。
→YouTubeでティト・プエンテ演奏の"Maria Cervantes"を見る

セルソ・ベガ/Celso Vega】b0015362_023832.jpg
  ポンセ生まれのトランペッター&バンドリーダー。後のサルサ時代には、コロの大名人として多くのレコーディングに参加している、若きジャジョ・エル・インディオを擁したバンドは人気でした。

写真はCBSのラジオ番組に出演時のもの。レコード録音も多く、またラジオを通じて彼らの演奏はラテンアメリカに広がり"La Voz de America"(アメリカの声)というニックネームも得ています。写真の一番右が、ジャジョ。


→YouTubeでジャジョ・エル・インディオのボレロを聴く


マリオ・デュモント/Mario Dumont】

ジョニー・ロドリゲスホセ・ルイス・モネーロのボーカルを擁したミゲリートの楽団はNYで絶大な人気を博しました。

ミゲリート・ミランダ/Miguelito Miranda】b0015362_0485828.jpg
ビティン・アビーレスを擁し、プエルトリコを中心にNYでも活躍したオルケスタ。60年代には若きルイス・ペリーコ・オルティスも在籍していた名門。







セサル・コンセプシオン/Cesar Concepcion】b0015362_054377.jpg
バンド・リーダー&トランペット奏者。NYでエディー・レバロンやザビア・クガート、ペドロ・フローレスなどのオルケスタに参加したあと1942年プエルトリコに戻り複数のオルケスタに参加後1947年に自分のオルケスタを結成。カリベ・ヒルトンやホテル・フランボイアンで演奏、人気を博した。

彼のサウンドのユニークな点は、ビッグバンドジャズのスタイルにプレーナを織り込んだ音。歌手のジョー・バジェ(Joe Valle)を擁した、"ポンセ"、"ア・マヤグェス"などのご当地ソング系のダンス・サウンドが大ヒット。SeecoやAnsoniaレーベルでの録音盤はNYでも人気で何度も演奏も行ってます。

彼のオルケスタにはサックスにリト・ペーニャが参加していたが、彼がリーダーを伝めたオルケスタ・パナメリカーナには若き日のイスマエル・リベラが歌手を務めるというサルサに繋がる系譜の人でもあります。

ラモン・モンチョ"・ウセラ/Ramon Moncho Usera】b0015362_1155855.jpg
プエルトリコのポンセ生まれ。ピアノ、クラリネット、サックスを学び21才でパリに飛び、オーケストラに参加。欧州各国の公演を重ね25才でNYに戻り、数々のバンドで活躍。

またアレンジに秀で、30年代から40年代、ペドロ・フローレスのカルテート・フローレスのRCAへの録音の多くを編曲しています。






次の二人は言うまでもないですね。
ティト・プエンテ/Tito Puente】
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左のジャケはセリア・クルースとの共演盤"Cuba y Puerto Rico son..."。セリアがキューバ、ティト・プエンテがプエルトリコですね。このアルバムのタイトルはプエルトリコの女性詩人ロラ・ロドリゲス・デ・ティオの言葉「キューバとプエルトリコは鳥の両翼」から来ています。
カリブ発の音楽「Musica antillana」の2つの産地は鳥の両翼である事をよく表していると思います。

→YouTubeでティト・プエンテ演奏によるラファエル・エルナンデス作の"El Cumbanchero"を見る

ティト・ロドリゲス/Tito Rodriguez】
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ティト・ロドリゲスはプエンテ、マチートと共にNYのマンボ時代の人気を争ったバンドリーダー&歌手です。左のジャケのように、ハンサム・ガイなので彼の歌にうっとりな女性ファン続出でした。この「歌」というところが、トリオ、ボレロの人材を輩出したプエルトリコの一つの側面でもあり、それはサルサではチェオ・フェリシアーノからヒルベルト・サンタ・ロサまで貫いています。

→YouTubeでティト・ロドリゲスのボレロを聴く

プエルトリコ人のバンド・リーダーの楽団以外でも沢山のプエルトリカン・ミュージシャンが重要なメンバーとして活躍していました。

例えばザビア・クガート楽団ならペドロ・ベリオスイスマエル・モラレス(fl)、ホセ・ピーニャ・ピニータ(tp)、アルベルト・カルデロン(timb)、ホルヘ・ロペス(tp)、カタリーノ・ロロン(maracas & Vo)、ホセ・ルイス・モネーロ(vo)、フェリン・アングロ(p)とか、みなプエルトリコ人です。


ジョニー・コロン、チャーリー・パルミエリ、エディー・パルミエリもこの時代から登場ですね。

歌手も多いです。

ラファエル・エルナンデスから始まって、クラウディオ・フェレール、ラファエル・ロドリゲス、マヌエル・ヒメネスなどが30年代に活躍。

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40年代はオルケスタ付きの歌手というパターンが多くなる時代ですが、ジョニー・ロペス、ファン・ラモン・トレス、エラディオ・ペゲーロ(ジャジョ・エル・インディオ)、ボビー・カポー、ダニエル・サントス(左写真)、サントス・コロンなどなど。



→YourTubeでボビー・カポを見る

→YouTubeで若きダニエル・サントスを見る(ソノーラ・マタンセーラ在籍時代

→YouTubeでサントス・コロンを見る

そして忘れてはならないのはトリオによるボレーロです。
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ラテン音楽というとついリズミカルなものが浮かぶかもしれませんが、一方で「歌」を大切にする大事な系譜があります。これを語らずしてサルサを含むラテン音楽は語れないところです。本当はこの時代のNYへのボレロの影響で1章あってもよかったかも。

写真はNYのプエルトリコ・シアター。プエルトリコの"トリオ・ベガバヘーニョ"。ティト・ララ。キューバの"トリオ・マタモロス"、プエルトリコのカルメン・デリア・デピニ、エクアドルのカルロス・バリャドリー率いるロス・トレス・ギターラスと、ボレロひとつ取っても色々なな音楽家が混在しているのが分かると思います。

音楽産業でもNYのプエルトリコ人は色々活動していました。Verneレーベルのルイス・クエバス、レコード店"Casa Latina"のバルトロ・アルバレス、CodaやSMCレーベルとSpanish Music Centerのオーナー、ガブリエル・オレール、Ansoniaレコードのラファエル・ペレス、RCAでペレス・プラードからティト・ロドリゲスやノロ・モラレスのプロデュースを手がけたエルマン・ディアス、NYのラテン音楽の版権・楽譜を一手に引き受けているPeer International Music Publishingのラテン音楽部門を率いた女傑プロビデンシア・ガルシアも忘れられないですね。

と言った具合に、サルサが生まれる前のニューヨークにはすでに第一線で活躍していたプエルトリコ人が沢山いたのです。そして彼らは米国パスポートがある為、頻繁に本土と島を行き来しカリブで熟成された様々な音をニューヨークに持ち込み、またNYの音を島に持ち帰ることをしていました。プレーナやボンバ、メレンゲはその一例ですが、そんな風に音が育っていきます。

つまりキューバ音楽だけではなくプエルトリコの音楽や音楽家がエネルギーを貯めて、それがまた音楽の大好きなプエルトリコの聴衆と若い音楽家予備軍を擁していた時代があって、はじめてサルサの時代がやって来た、と言う訳でした。
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by mofongo | 2008-03-31 01:33 | Musica
2008年 03月 25日
赤木りえ 4月5日プエルトリコでコンサート
赤木りえさんが、現在プエルトリコ&フロリダにツアー中。

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一昨日から4月初旬まではプエルトリコにてライブやTV出演など盛りだくさんのスケジュール。

丁度、EL Nuevo Diaに記事が出ました。4月5日にホテル・ノルマンディーにてライブの予定。
新聞版では2ページの扱いだったとか。Web版をさくっと訳して見ました。(*は注)

◆◆◆

ラテンの香りの日本のフルート
赤木りえ来月 4月5日プエルトリコでコンサート


by Jaime Torres Torres/El Nuevo Dia
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ペドロ・グスマンルイス・"ペリーコ"・オルティスのパランダで赤木リエの口の中には串刺しのレチョン・アサド(*豚の丸焼き)とおいしさとコキート(*ラムとココナツ・ミルクベースのクリスマスのカクテル)の甘さがよみがえってきた。




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2000年11月から2001年5月までの最初のプエルトリコ滞在の間、彼女の耳はボンバやプレーナのリズム、アギナルド(*ヒバロ系クリスマス・ソング)や様々な地元の音に出会った。
そして今、6年の時を文化の違いを超えた道のりを経て、赤木りえは『カリビアン・フルーツ/Caribbean Flutes-Flautas cariben~a』を発表するに至ったのだ。



このアルバムはルイス・ペリーコ・オルティスのプロデュースで、エドウィン・コロン・サヤスカチェーテ・マルドナード率いるロス・マハデーロスなどが参加、日本でリリースされたものだ。
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彼女のコンサートには彼女のバンド、グルーブ・マスターを伴い、我等がルイス・ペリーコ・オルティスもトランペットで参加する。

コンサートは4月5日、ホテル・ノルマンディーにて行われ、バンドの"グルーブ・マスター"のメンバーは吉弘知鶴子(p)、岡本博文(g)、イスラエル・セデーニョ・Jr(b)、美座良彦(perc)、そしてフィデル・モラレス(ds)。
作品のアレンジにクアトロ(*プエルトリコ独特の復弦5コースの小型ギターのような弦楽器)を取り入れている事以外にも、プエルトリコ文化に対するりえの傾倒を示すものはラファエル・エルナンデスの音楽だ。

「彼はとても偉大な作曲家だったと思います。日本の様々なメロディーは彼のメロディーと共通しているものがあります。例えば"ラメント・ボリンカーノ"や"プレシオサ"などです。彼の音楽にはとても親密な感情を引き起こされます。」

彼女の新譜には"エル・クンバンチェロ組曲"が含まれているが、これは2002年にカチェーテ・マルドナードのロス・マハデーロスとの出会いから生まれている。

「カチェーテと彼のパーカッション隊と演奏しました。フルートとパーカッションだけの演奏です。それは自分にとって本当に衝撃的な体験でした。音楽に新たな素晴らしさを見つけたのです。それは様々なのルンバのベースに"今"の要素を盛り込んだまさにアフロ・カリビアンの音なのです。」

りえは、プエルトリコでの別のジャンル、ジャズ・ファンにも様々なレパートリーを聴いて貰いたいと考えている。例えば"エル・クンバンチェロ"、"オブセシオーン"、"プレシオーサ"、"コーヒー・ルンバ"、"フィール・ライク・メイキング・ラブ"そして日本のメロディーである"悲しい酒"、"デパーチャーズ"などだ。レゲトンのようにプエルトリコにとても相性の良いアントニオ・カルロス・ジョビンの"サンフラワー"も演奏する予定。
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プエルトリコでの新譜の発売も予定しているリエは「我々がこうして演奏できるのも驚きの一つですね。」と語る。4月5日のコンサートは感謝し、お互いに交歓する場となるだろう。「とても大切な事を色々感じ取る事ができると思います。特に大きなものはプエルトリコとカリブの音楽の大きなスピリッツだと思います。」

ジャン=ピエール・ランパル(*フランスのフルート奏者。20世紀最大のフルート奏者とも言われている)の伝統を引くクラシックの教育を受け、リチャード・エグエス、デイブ・バレンティン、ジョニー・パチェーコなどの影響も受けたりえは、

「新譜『カリビアン・フルーツ』を聴いた日本のファンはエネルギーを感じると言ってくれるが、サン・ファンの人たちも日本文化とアフロ・カリビアン文化の交流の果実である自分の音楽を聴いて同じことを感じてもらえば」と期待している。

◆◆◆

日本からプエルトリコへ。観客の反応が楽しみですね。
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by mofongo | 2008-03-25 23:11 | Musica
2008年 03月 16日
プエルトリコ '08.3 (6) 食べたもの
(Part 5より続く)

さて、今回のメシです。
【キューバン・サンドイッチ "Bistek"】
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オーシャン・パークの名店"Kasalta"の定番サンドです。
ビーフ薄切りの焼いたものとポテトを刻んだもののフライが絶妙のサボール。











【サンファンA店】
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まずポーク・ソテーです。甘系な味。















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そして、パステロン。プラタノ・マドゥーロとひき肉によるラザニアですね。これ大好物。ああ、うっとり。















【サンファンB店】
ここの名前は"Perurrican"。つまりペルー料理なのだけど、プエルトリコ料理とのフュージョン。イスラベルデのペルー料理屋Ceviche Houseからの暖簾分け。

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まずはセビーチェ (Ceviche Perurrican)。これはオーソドックス。大変美味いです。
Pescado, Pulpo, caramares, camarones, mejillones & almejasのコンビネーション。










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次はユカ芋のフライ (Yucas Fritas con Salsa Huancaina)ユカの揚げたのも好きなんだな。ペルー系のソースで頂きます。












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ポテト (Papas con Salsa Huancaina) 茹でたジャガイモは普通ですが、やはりソースがちよっと面白い。















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アラニータス (Aranitas)これはプラタノを細かく刻んぎつなぎ(たぶん小麦粉を溶いたもの)でつないで揚げた物。プラタノのかき揚げですね。これをあったかい蕎麦に乗せて食って見たいモンです。












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ドラドのソテー (Pescado a lo Macho-filete de dorado)これはペペの注文したもの。














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ユカ芋の牛肉モフォンゴ (Mofongo Perurrican- Mofongo de yuca relleno de lomo saltado)牛肉の味付けのソースはトマト系。これは美味い。











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ユカ芋のシーフード・モフォンゴ (Mofongo a lo Macho-Mofongo de yuca relleno mariscos)シーフードのソースはクリーミーで大変ナイスです。ユカのモフォンゴも美味いんだよねー。










【ピニョーネス】
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サンファンよリ海岸沿いの道を東に向かったピニョーネスにスナックを食いに。
さー腹ごしらえだ。メインの浜近くにはちょっとこぎれいなキオスコが立ち並んでいる。
そのうちのEl Cacique del Terraplen de Soniaを選ぶ。
で、頼んだのはEnsalada de Carucho ②Bacalaito ③Pionono de Carne。

カルーチョを食ってる間に、おばちゃんがバカライートとピオノノを揚げてくれる。






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カルーチョのサラダ(Ensalada de Carucho )コンク貝のマリネ・サラダです。大好物。



















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バカライート(Bacalaito)塩タラの「フレークと小麦粉を水で溶いたものを挙げたもの。













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そして、ピオノノ(Pionono)プラタノ・マドゥーロの中にひき肉、又はカニ肉を詰めてあげたもの。これはひき肉」バージョン。














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いやー、満足。おばちゃんに「ホント、これ美味いよこれ」っていったら、無愛想な顔がにっこりとなった。

油もん満載だからお腹はずっしり。まずいなあ。こんな揚げモンばっか食って。。。

◆◆◆









体が重い。。。帰りのNYでは絶対にプエルトリコ料理など食わんぞ。絶対にヘルシーなサラダだ!

(続く)
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by mofongo | 2008-03-16 17:41 | Cocina/料理
2008年 03月 16日
プエルトリコ '08.3 (5) Beach & Basketball
i(前夜より続く)

ああ眠い。どうやって部屋までもどったのか良く覚えてない。なにやってんだか、あぶないな、こいつは。

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まだ10:00amか。日曜だしもっと寝ておかないと。でもまだ時差ぼけで体内時計が狂ってるのか眠れない。うー、頭重い。また無理して浜でも走るか・・・。それともそれは自殺行為?

とりあえずCDとヘッドフォンと捕獲CD数枚、ペットボトルとショーツにサングラスにキャップで飛び出す。アッシュフォード通りから病院の裏までへろへろ歩き、それからゆっくり浜を走る。サングラスしても目が痛い日差し。


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BGMはWisin & Yandel 2010 Last Edition。なんとなく体に血が回ってくる(気がする)。水を飲むと一気に汗が噴出す。
まだ、ラムが残ってる気もするけど、レゲトンのリズムがなじんでくる。巡回中の騎馬警官と挨拶。無理してもなんか食ったほうが良いんかな。

オーシャンパークの手前で住宅地に入り、目指すはパナデリア・カサルタ


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いつもながら混んでいる。お決まりのキューバン・サンドイッチ、今日は"Bistek"に。
Bistekはビーフの薄切りを焼いて、細かく刻んで揚げたポテトが挟んである。このカサルタのポテトはパン粉のように細かいが、決して揚げすぎてなくて美味い。それにビーフの量もしっかりずっしり。




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持ち帰りにしてもらい、オーシャンパークまで走る。横目で眺めるのはティト・ロドリゲスが住んでいた家。屋根が和風ですね。ファンは良く知ってる通り、奥さんが日系だったからなのです。

CDをイスマエル・リベラにする。裏の大通りこえた先に住んでたマエロ。




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浜には家族連れや若いグループ。パラ・サーフィンを楽しむ兄ちゃんも。
オーシャンパークの浜はコンダードに比べて若い。コンダードは観光客中心だから、けっこうおじいちゃんとか。
でもこちらの平均年齢はぐっと下がるので大変目の保養すね。

浜に陣取ってパンの包みを開く。がぶり。ああ、幸福。

ゆっくり食べて、浜にごろり。もう12:00だから焼いても30分が限界だな。目をつぶると波の音、人の声、椰子の葉の音、全てが音楽。

"♪~Pastelillos, calientitos, bacalaitos, acaplitos~♪
おお、スナック売りのプレゴン(物売り歌)!かっこいい、3拍+3拍+3拍+4拍の繰り返し。ずっとドの音で最後がソにあがって終わるメロ。
韻も踏んでて、おっちゃん素晴らしい。

"♪~Hay Agua fresca bebida~♪

今度はおねーちゃん、ウーンなんて素晴らしい。

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とかやってると、もうヒリヒリしてきた。まずい、上がらねば。

宿にもどって鏡を見ると、げッ、真っ赤!まずいなあ、これは数日後顔が剥けるよ。
反省して、仕事モード。溜まったメール、これまでのレポ、仕込み・・・・

あんだかあっという間に夕方。なんかちゃんと腹に入れとかなきゃ。どうするか?そうだ、久しぶりにピニョネスに行こう。

◆◆◆

ピニョーネスはイスラベルデから東方、ロイサへ向かう道筋の海岸。
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サルサ好きなら知ってのとおり、ロイサ方面はプエルトリコのブラック・ヘリティッジを擁する場所のひとつ。
さっきのオーシャンパークがホワイトなアーバンな青少年の浜だとしたら、ピニョーネスはブラック/アフロリカンな浜なのです。

イスラベルデのマリーナを越えて片側1車線となったところで、サウンド・システムを積んだピックアップが入ってくる。そして大スピーカーから流し始めたのがテゴの曲。うーん、出来すぎ。

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"Loiza市"に入るところで渋滞でストップ。道の脇には炭火でバカライートやアルカプリーアを揚げる小さな店(キオスコ)が立ち並び、店の前に座ってるアフロなばあちゃん2名がテゴの曲にあわせ頭を振っている。なんとピニョーネスな風景。

キオスコやレストランの固まっている場所を抜けてしばらく走る。やがて人気のなくなったところで車を浜側に停めて、海岸に下りてみる。自然のままの浜。少し煙った遠くの風景を見ていると昔住んでいたアフリカの浜を思い出した。

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浜に座って、流木を小枝で叩く。ボンバのクア代わり。そしてロイサのボンバのスタンダード、"Rule Sonda"や"Yuba la Marile"を口ずさんで見る。

♪Rule, rule rule sonda, repicame la bomba rule sonda♪~

気づいたら、後ろで地元のアフロなガキんちょ2名が不気味な顔して遠巻きに見てた。
「ボンバ、好きなのですが」と言ったら笑った。

調子に乗ってボンバのステップもやったが、大人が来たので恥ずかしいからやめて車にもどる。

◆◆◆

ピニョネスでボンバとかライブが聴けるとこに行って見ることにする。でも、日曜だからやってないと思うけど。
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一つ目は、ボンバだけでなくサルサやってたりする名店 Balcon de Zumbadora
やはり閉まってた。ここで赤木りえさんとかも地元勢に混じって演ったりしたんですよ。楽しかっただろうなあ。
今月下旬のプエルトリコ・ツアーでもきっと来そうですね。

もう一店はIMAN de CUCU。Balconよりもう少しイスラベルデ寄り。こちらも日曜日はお休み。


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キオスコで腹ごしらえ。日本人なんて珍しい地元の中学生?たちがチノ、チノと指差してるので、ハポネだよ、と声かけて好きな音楽は何か聞いてみる。
やっぱ、レゲトンなんだよなあ。ちょっとサルサもいたし、ボンゴ叩くやつもいた。


腹も一杯になったし戻ることにする。夕日が沈むのを見て、椰子の木のシルエットを見ながら渋滞の道をトロトロ走るのも良いもんです。

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ラジオをひねればZ-93では日曜の6:00pm-8:00pmは"Pura Bolero”って番組。もうボレロだけティト・ロドリゲスからチェオ・フェリシアーノダビリータからイスマエル・リベラ、ティト・ロハス、エクトル・ラボー、フランキー・ルイス。ひたすら渋滞中をいいことにカラオケ状態。

そしてラ・セレクタの"Payaso"がかかった時には窓全開で湿った空気を車の中に充満させ、ボリューム・アップ。暗くなったピニョーネスの道にパヤソが響くとはなんと美しいことか。

ようやく8:00pm過ぎて渋滞を抜ける。ラジオを98.5 Sal Soulに切り替えると今度は9:00pmまで"Salsa Romantica"。ラロのハードで甘い歌が飛び込んでくる。
そうか、日曜の夜はボレロ、そしてロマンチカなんだなあ、来週に備えて週末最後の夜は歌を楽しむ訳だ。

そんな島のテンポにあった音を聴きながら、来週から戦うラテン親爺達の顔を思い浮かべた。
◆◆◆

翌週4日間はひたすら仕事・・・・。
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「モフォさん、では仕事はこれくらいにしましょう。明日島を出ることだし、今晩、飯はどうですか?その前にちょっとリラックスな企画も」

連れて行ってくれたのは20号線を南に下りグァイナボのスタジアム、Coliseo Mario "Quijote" Morales。
バロンセスト(バスケットボール)です。今日はホームのサントゥルセのカングレヘロス(Cangrejeros)とハファルドの「カリドゥーロス(Cariduros)」との戦い。良い試合になりますよ」

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実はバスケのナマ試合は初めて。でもリングすぐ前の席なのでPFやセンターの切り込み、争い、リバウンドの奪い合いなど迫力たっぷりで楽しめた。

散々応援したのだけど、残念ながらホーム側のカングレヘロスは88対84で負け。。。




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さて面白かったのゲームだけでなく応援。サントウルセ側にはプレーナ軍団がいるのだ。攻める場面ではパンデレータがパンパン鳴りトロンボーンが炸裂。

ハーフタイムにはコート中央に出てきて、プレーナの演奏で皆を楽しませる。




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あれ、この親爺の声とスルドの組み合わせは!と思って試合後バンド名を確認するとやっぱりBatukealo!

さすがプエルトリコ。そして途中サルサ(ビクトル・マヌエル/Dira ella)とかかかるし、面白かったのは、相手の反則があったりして抗議の場面になった時。プレーナ隊が、「ドンツクドンツク」とビートをたたき出すとすぐに観客が

"pa' fuera pa' la calle! pa' fuera pa' la calle!"と歌いだす。

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あはー、El Gram Combo "No Hay Cama Pa Tanta Gente".
グラン・コンボの曲じゃ「クリスマスにペレス・プラードやらジャジョ・エル・インディオが来てセリアが来て・・・こんなに来ちゃ寝る場所ないよ、外だ外だ!」って曲。要は出てけ!退場!ってことだね。

さすが定番のヒット曲。みんなの中に生きている。
こんな風にプエルトリコは音楽と生活が溶け合っているのだ。

(続く)
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by mofongo | 2008-03-16 14:17 | Viaje/漫遊記
2008年 03月 15日
プエルトリコ '08.3 (4) ニューヨリカン・カフェとコロンビア
(Part 3から続く)

もう一枚捕獲CDがありました。

◆Live at the Nuyorican Cafe 5/Las estrellas del Comborican
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オールド・サンファンのライブ・ハウス&踊り場、Nuyorican Cafe製作のCDシリーズ5作目。今回は最近のハウスバンドのComboricanのライブ。

リラックスした、地元の若いメンバーの演奏。2曲目の"En mi Viejo San Juan"、歌うまいじゃん、と思ってクレジットを見ると、エルマン・オリベーラス(Herman Oliveras)が9曲中6曲に特別参加してる。でもオリジナル・メンバーのウィルフレド・オテロ(Wilfredo Otelo)もまずまず。
ピアノとベースのドライブがもう少し欲しいかな。

ブガルーがあったりMi Negrita me esperaがあったりQuitate la mascaraがPa Hueleがあったり、Quitate Tuがあったり、と今の地元の若者がどんなもので踊るのか分かる、って言うかやはり定番ってものが何かが良く分かる。

◆◆◆

という事で、上のCDが録音された、旧市街のライブ・ハウス、Nuyorican Cafeへ行く。
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10:30pm過ぎ到着。今日はスペシャルNoche de Brasilen~o。ライブはもう始まってた。
イスラエルが手を振る。

Brasilen~oはフォルクローリックでバツカーダ隊を従ええ、とてもバイラブレ。メンバーは若いのから親爺まで色々。
ブラジルのリズムはプレーナととても相性が良いと思う。"Batukearo"などのバンドが両者の融合をやるのが良くわかる。

ステージを横目で見ながら、イスラエルとサルサの話をたっぷりする。特にこちらから聞いたのは、コロンビアの事。
去年、Lise Waxerのコロンビア・サルサの本を読んで、聞きたい事が沢山あったのだ。

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コロンビアのサルサの中心といえばカリ(Cali)。でも、場所はカリブ海沿いではなく、山間部なのだ。なぜ?
カリからはニーチェをはじめ沢山のサルサ・バンドが輩出し、年一回の大きなお祭りでは皆がサルサを楽しむ。なぜ?

とかの背景と歴史をしっかり教えてくれるのが彼女の本。サルサっていう音楽が、アフロ・キューバンではなく、アフロ・カリビアン(ムシカ・アフロ・アンティジャーナ)であること、ソノーラ・マタンセーラとコルティーホがNYでサルサの名前が付けられる前に、カリブに面する国々、つまりベネズエラ、コロンビア、エクアドル、パナマなどにどれだけ影響があったかなどを教えてくれる本なのだ。

メロマノス(Melomanos)、サルソティカ(Salsotica)、ビエホティカ(Viejotica)、ファンチート(Juanchito)などの言葉や地名にピンと来る人にはとっても面白いと思います。

と言う事で、イスラエルとはそんな話を色々聞くことが出来た。
そしてその後、定番のPolito Huertas師匠のCharanjunto。いやー、プエルトリコだなあ。師匠、最高です。


そうだ、0:00前にミゲに電話しとかなくちゃ。またクラブ805でレゲトン中か?

(続く)
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by mofongo | 2008-03-15 23:45 | Musica/SALSA
2008年 03月 15日
プエルトリコ '08.3 (3) 捕獲CD -2
(Part 2より)
ビエラ爺のところで捕獲したCDのうち最近のNY/NJ系や島以外のもの。


Black Sugar Sextet/"Extamos Azucar..!" (LSR-5001)
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NY-Bronxを地元して活動するLucho Cueto(p)をリーダーとするオルケスタ。ビエラの店員が「ティト・アレンがなかなか良いぞ」と持ってきた。

バイブも入り、ラテン・ジャズも自然にやるのがNYらしいが、Luchoのバックグラウンドはペルーで小さいころティト・ロドリゲスにハマり受け、ウイリー・コロンとルベン・ブラデスのライブでやられてしまったサルサな人。ティト・アレン、ホセ・マングアル、キム・デ・ロス・サントスがゲストで参加。各々がんがん歌っている。キムの声はいいなあ。マングアルのおっさんもいいし。

同じくゲストのデイブ・バレンティン(fl)は、Luchoのペルーへの思いを伝えるEl Condor pasaを演るが、さすがユニークな仕上がり。デイブ・サミュエルズ(vib)や英語・西語版両方で演ってるバリー・マニロウの名曲「コパカバーナ」とかリブレの「デシデテ」と言った選曲がNY。アレンジはけっこう脂っこい。

でも、曲うんぬんよりこのアルバムは歌と、全体のリズムのドライブの心地よさを聴くのが正解。ベースはチノ・ニュネスのオルケスタのホセ・タバレス。そしてわれらが同胞、Yoko (Rodriguez) Mimataもコロで参加。


Chino Nu~nez / "Doctor Salsa" (Infamous)
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Yoko Mimataの事を言うなら、このアルバムの事を書かねば。これは去年もう入手済みだったけど、この機会に紹介。

チノ・ニュネスはNYで活躍するティンバレス奏者でバンドリーダー。このアルバムではNYらしい締まったドライブ感のリズムとスウィートな感覚で7人の歌い手が共演。

一番の好みはレイ・ビエラ(Ray Viera)。リズム感と声質も良いです。Jose Papo Riveraはちょっとゆれるけど悪くない。"Llego la opportunidad"は良い出来。やわらかさがナイスです。"Aveces"のプエルトリコ賛歌には泣き。Carlos Rosarioはちょっとマルビンっぽい音の伸ばし方がプエルトリコ。

そして4曲目レイ・セプルベダとヨーコ・ミマタのデュエット、"Hoy Les Cantamos"

レイが「僕はラボーのファンなんだよ。そしてマエロ(イスマエル・リベラ)にエル・コンデ(ピート・エル・コンデ・ロドリゲス)にチャマコ(・ラミレス)。彼らの道を追っている」と、サルサへの思いを歌う曲。そしてYokoがそれに答えて歌う。

そんな風にレイと一緒に同じくサルサの流れの中にいて頑張ってるYokoはすごいね。中音からの上がクリアな声。これからも楽しみ。


◆Blasini & Iroko la banda / "Marcando La Distancia" (Primo Discos)
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これもビエラの店員が「NJ(ニュージャージー)でアルセニオとかチャノ・ポソとかキューバンをやってるのはどうだ?」って持ってきてくれたもの。
リーダーで歌い手ののルイス・ブラシーニ。レイ・カストロ、ホセ・マデラ参加。これも、NY/NJですね。島の音とは違う味。


◆Our Latin Groove / "Bringin' It All On Back! (Callejero CMR0701)
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ベネズエラで'60-70年代のNYの音、つまりブガルー、シンガリンからサルサあたりの音をベースに活動しているというユニークなバンド。
リーダーでパーカッションのヘラルド・ロサーレスが作る曲の他、ジョーイ・パストラーナなんかをやっている。色々あるもんだなあ。

(Part 4へ続く)
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by mofongo | 2008-03-15 21:02 | Musica/SALSA
2008年 03月 15日
プエルトリコ '08.3 (2) 捕獲CD -1
(Part 1より)
ビエラ爺のところで捕獲したCDのうち最近のものをいくつか。

◆Descarga Boricua / "Salseando" (Tierrason 007)
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久々のデスカルガ・ボリクアの新譜は2枚組み。昨年2月のプエルトリコでのライブ。いつのも通りFran Ferrerの仕切りだけど。今回はPRとNYの腕っこきが思いっきり「サルサ」を好きなように楽しんだデスカルガ、まさにタイトルの「サルセアンド(="Salsa-ing)"通り。そしてその舞台は音楽監督のルイス・ガルシアがしっかり用意。鉄壁のオルケスタが反応の良い観客を前に気合入れて楽しんでるのが聴き所。

ドゥエロ・アノーチェセールでドミンゴ・キニョネスを下し、プエルトリコの聴衆のその名を轟かせたエルマン・オリベラスと同じくNYの誇るフランキー・バスケス。特に今回フランキー・バスケスのソネオが冴えている。スパニッシュ・ハーレム・オーケストラのレイ・デ・ラ・パスもプエルトリコでドライブがかかってる。ティト・アレンは、その艶やかなリズムと声が素晴らしい。PR側もウイッチー・カマチョのボレロ、そして4曲を歌うダルベル・ガルシアの活躍もポイント。コロの仕事師がついに実力を見せたって感じ。カコ・セナンテのボレロもばっちり。

戦いは歌い手だけじゃない。PR勢の中でジミー・ボッシュ(tb)はNYのプエルトリカンの骨太さたっぷりのソロ、PR側もNY勢の気合で盛り上がり、冷徹な達人アンジー・マチャード(tp)も燃える。近年のりに乗っているカチーロ・トンプソン(conga)が随所に聴かせるプレーも特筆点。

皆が楽しんで盛り上がるのは、おなじみの「サルサの基本」みたいな曲ばかりな為、歌って楽し、踊って楽し、聴いて楽しと言う訳。踊りと言えば、ステイシー・ロペスと彼のチームがステージを一層盛り上げている(DVDでどうぞ)。彼には昔色々お世話になったので、踊る姿が見られるのはうれしい。

曲の出どころと本作で歌っているのはこんな感じ:

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1. Caridad by Wichy Camacho & Darvel Garcia:ラリー・ハーロウのHommy (1973)に収録。原曲のタイトルは"Cari Caridad"でパポ・ルカのアレンジ。このアルバムでは"Mantecadido"とかと併せ人気の定番曲。


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2. El Swing by Adalberto Santiago:やわらかいトニート・バスケスのトロンボーンが島の香りを一杯に広げる曲はプエルトリコではおなじみ。アンディー・モンタニュエスの歌、エル・グラン・コンボの"El Swing del Gran Combo"からのヒット。


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3. Que Humanidad by Herman Oliveras:Eddie Palmieri、そしてManny Oquendo & Libreのヒット。元はDaniel SantosがLos Jovenes del Cayoで歌った曲とか。


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4. Alma, con Alma by Wichy Camacho:フアニート R. マルケスのボレロ。♪Todo lo que suen~o es tan dulce, Tan Dulce como Tu.♪美しい。Ray Barrettoの "The Message" (1972)に収録のヒット。


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5. Sen~or sereno by Darvel Garcia:イスマエル・ミランダの作品。 1972年、ラリー・ハーロウのヒット作



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6. La Cartera by Darvel Garcia:アルセニオ・ロドリゲス作。 Orq Harlowのアルバム"Salsa" (1974) からのヒット。歌はJr.Gonzalez。



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7. Arin~an~ara:チャノ・ポソ作のスタンダード。Joe Cuba "Diggin' the Most やTito Puenteからスパニッシュ・ハーレム・オーケストラまで、NYでは定番のひとつ。


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8. La puerta - Estar contigo:ボレロとは居え、こういう曲もサルセーロであろうと「基本」としてあるのが、サルサが「歌」であるという一面を表している。トリオ・ロス・アセスの大ヒット曲、ラ・プエルタは個人的に大好きな曲。


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9. Fuerza gigante:レイ・バレット の作品"Giant Force" (1980)のヒット。




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10. Pa bravo yo by Herman Oliveras:イスマエル・ミランダの曲。しかし何と言ってもフスト・ベタンクールのお約束の曲と言わないと。


11. Llanto de cocodrilo by Tito Allen:


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12. Guancona by Tito Allen: ティト・プエンテの作品。




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13. Ahi na'ma by Frankie Vazquez:これも定番。




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14. Trucutuby Frankie Vazquez:チャマコ・ラミレスの抜群のスイング感が自身の曲で冴え渡りトミー・オリベンシア結成以来の名曲となったこの作品。プエルトリコのライブではみんなよく取り上げる。(例えばカノ・エストレメーラ)みんな歌いたいのだ。マーク・アンソニーも。チャマコ・ラミレスは偉大です。

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15. Quitate la mascaraアダルベルト・サンティアゴの大ヒット、お約束の曲ですね。



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16. Lluvia : アダルベルト・アルバレスの曲だが、言うまでも無くウイリー・ロサリオの"Nuevo Horizontes"からの大ヒット。トニー・ベガとヒルベルト・サンタ・ロサの火花散る時代の名曲。

という感じで、みんな楽しいから気合も入るライブになったんだろうなぁ。

◆Bobby Valentin/"Evolution" (Bronco 176)
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CDとDVDが表裏に一枚になったDual Discで映像も楽しい(しゃべりは全編西語ですが)。Julio LopezAlberto "Kriptony" Texeiraの2人の若いカンタンテをフィーチャーした新作は、バレンティンらしい分厚い音。ハードなアレンジがスイングする。

ボビー・カポ("El Cucu", "Piel canela")、ロベルト・アングレロラウル・マレーロと言った名コンポーザーの曲もちりばめ、ベテラン、レイ・デ・ラ・パスも参加するばっちりサルサな前半と、バレンティンのもう一つの面のジャズ、R&B、ファンクの香り充満した後半と2つの面が楽しめる。

ボーカルの一人クリプトニーは、ポッと出の新人でなく、ボンバが好きなら知ってる、Grupo Escenciaで歌っていた若い才能。ちょっとラファエル・デ・ヘスースみたいな面もあったり良いですよ。4曲目の"Que me digan feo" がマイアミ、シカゴ、LAなどでもヒット中。そしてロベルト・アングレロの"Hace tiempo que te estoy mirando"が良い。この良曲をしっかり歌い切っている。

Julio Lopezもこれからが楽しみ。


それからゲストのレイ・デ・ラ・パスの歌、これが若い2人の歌と対照的にしなやかな親爺の色気で大変良いです。DVDでも「ちょっと甘みを加えに来た」なんて言ってるけど、当りです。


そして後半9曲目からがらっと色が変わる。バーニー・ウイリアムスのギターやパオリ・メヒアのコンガも加わりジャズ、R&Bなどグルーブ感が強くなる。

イントゥルメンタル("Four plus two")は単にラテン・ジャズと言っては伝わりきれない。そして"Si-Si, No-No"は、メレンゲ/バラーダで個人的に一番好きなジセルの歌が効果的。クールとホットの同居するラテンの大人の色っぽさ。ブガルー的70年代NYラテン・ロック、ラテン・ファンクの香りにバーニーのギターが絡む。

バレンティンはこういうの両方やりたいんだなあ。

(Part 3 に続く)
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by mofongo | 2008-03-15 18:40 | Musica/SALSA
2008年 03月 15日
プエルトリコ '08.3 (1) 鰹たたき & Viera Discos
マイアミ経由サンファンに到着。
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恒例のタクシーのラジオ占い、最初の曲はオルガ・タニョンのメレンゲ。えーと、これは新譜の"Exitos en 2 Tiempos"から「Hoy Quiero Confesarme」。バラード版、クンビア版もあるけど、やっぱりメレンゲがいいなあ。

宿に入りメールをチェックし、お客へ直行。夜は宴会と続く。
お客は、昨年秋に来日したペペ。ラリー・ハーロウを一緒に見に行って盛り上がったサルセーロ。

ペ「モフォ!週末の予定は?日本じゃ世話になったしよかったら海に行かないか?新鮮な魚でもてなすよ。」
モ「そりゃありがたい。じゃ土曜は朝8:00出発で」

◆◆◆

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サンファンから西に快調に飛ばして一時間半。ルイシート・カリオンの住むアレシボを過ぎ、ビクトル・マヌエルの住むイサベラを過ぎ、
ラファエル・エルナンデスの故郷アグアディージャの手前を曲がって浜に下りてゆく。久しぶりのクラッシュ・ボート・ビーチ。昔は良くダイビングに来たなあ。


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さっそくビールと揚げ餃子というかパイというかエンパナーダを買って乾杯。エンパナーダの中身はカルーチョ、つまりコンク貝だ。店のラジオはマヤグェスのサルサ局に合わせてある。



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「Ahora seguimos el papa de la Salsa ~Frankie Ruiz con Tommy Olivencia, su exito del an~o 1983 Como Lo Hacen!~♪」

あー、マヤグェスのラジオ局でフランキーを聴くのは格別だなあ。プハー。ぺぺも飲酒運転になるけど、まあいいか。少しのんびりしてから、浜の魚屋に行く。ここの親爺はペペのアミーゴ。一昨日巨大なサメ(Tiburon)があがったとか。

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親爺「もう、尻尾しか残ってないけど見るか?」

冷凍庫を見せてもらう。お、でかい。全長は3-4mくらいか。襲われたらパックリな大きさ。ウイリー・コロンの「ティブロン/Tiburon」、マルビン・サンティアゴの「ティブロン・デ・アグア・ドゥルセ/Tiburon de Agua Dulce」が頭で鳴る。プロジェクト・ウノの「El Tiburon」もあるな。

Willie Colon & Ruben Bladesの"Tiburon"を聴

Marvin Santiagoの"Tiburon de Agua Dulce"を聴

Proyecto Unoの"El Tiburon"を聴

Alexis & Fidoの"El Tiburon"を聴

親爺が今朝取れた生きの良いのを見せてくれる。カツオ(Atun)、タイ(Red Snapper/Chillo)、ドラド(Dorado)などなど。うーん、どれもうまそう。
カツオはたたきにしたいもんだ、とペペに言うと、じゃそれも料理しようということになった。

◆◆◆

高速をぶっ飛ばして帰り、途中でライム、にんにく、しょうが、プラタノ、レタスなどを仕入れる。
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ぺぺの家に到着。ペペはレッド・スナッパーを、こちらは鰹を担当する。柵に下ろして、塩をして表面を焼き、冷水で冷やす。一方、ライムと醤油でたれを作り、にんにくと生姜で味を調える。簡易版だけどしょうがない。一方、ペペはチージョをにんにくとバターでソテー。奥さんがトストーネスを付け合せに作ってくれる。

じゃーん!

鰹のさしみ&タタキ&トストーネスの日プ共同のコンビネーション。いただきます。お、新鮮でうまいじゃん。白ワインも進む。
という事ですっかりいい気持ちでソファーでまったり食後の音楽。

あ、そうだ4:00頃ビエラの親爺のとこ行くことになってたのを忘れてた。
という事でぺぺに送ってもらう。ありがと、ぺぺ。

◆◆◆

さて3ヶ月ぶりの親爺の店。

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「お、来たか」
「親爺、この度はサルサ国民の日の表彰おめでとうございます。日本からちょいとお土産のTシャツなんぞ持って来ました」
「まあな。月末のコンサートまで居たらどうだ」
「バカ言ってんじゃないすよ。ムリムリ、これでも仕事で来てるんだよ。では、ちょっくら音盤探させてもらいます。」
デスカルガ・ボリクアボビー・バレンティンの新しいの、まだならもってけ」

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今日4:00pmに待ち合わせたのは親爺との待ち合わせじゃなくて、コロンビア人のコレクショニスタ、イスラエル・サンチェスと会うため。
イスラエルとは彼のウエブサイトHerencia Latinaで知り合った。バランキージャの出身だけどプエルトリコに住んで、サルサを愛し続けている。

「あんたモフォンゴ?」
「Si! イスラエル! 会えてうれしいよ。サイトにはお世話になってます。」

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ひとしきり、最近の新譜や噂話をしてると、お、またロサリオ師匠。こんちは。
「おお、元気か?またプエルトリコ音楽の探求か」
「また面白い話聞かせてくださいな師匠。それから日本にはなんとか来て下さいよ」
「わかった、わかった。じゃ今日はNYでアル・サンティアゴのとこで世話になってたころの話でもしようか」
「良いすね。ではその前に親爺と1枚。

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丁度、Latin Beat誌の今月号に師匠のNY時代の写真が出てる。
「師匠、ぜんぜん変わりませんね」
「ははは、そうだな(何が言いたい?)」
(写真はマチート、グラシエラと共に。)



店の常連のサミーとイスラエルが今晩飲みに行くからどうだ?って誘ってくれる。ありがたいね。
じゃ今晩、NUYORICAN CAFEで。

「じゃ親爺、Dia Nacional de la Salsaには行けないけど、日本で拍手してるよ。元気でね」
「おお、お前もな」

(続く)
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by mofongo | 2008-03-15 02:10 | Viaje/漫遊記
2008年 03月 05日
マイアミ 08. 3 (3) 経済誌いろいろ
働いてる振りをするのには、PCの前で難しい顔をしたり、経済誌を読む振りも効果的。なので、旅先では地元の経済誌を購入し気になる記事からレポートを書いたりします。次の目的地に着くまであまりにやることないし、じっくり読んで見るか。

【Economista】ラテンアメリカの経済誌。西語。
【Hispanic】 アメリカ発行の一般誌。英語。
【Latin Trade】アメリカ発行のラテンアメリカ・ビジネス誌。英語。
【Estrategia Negocios】中米に強い経済誌。西語。
【Latin Finance】ラテンアメリカに関する金融商品、投資の専門誌。西語。
【Summa】中米に強い経済誌。西語。

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創刊15周年のLatin Trade誌に15年前とのカリブ・中南米の経済指標の変化が出てたけど、さすがに押しなべて改善している。
中でもパイパー・インフレの収束は印象的。一人当たりGDPは倍くらい。でも一日1ドルで生活している人の数の増加率は、人口増の比率よりは低いけど、47百人もいる。一方でウオルマートの店舗数は100倍と、都市部の生活が変わってきていることも分る。

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一言でとても言えないが、アメリカとであれ、域内であれ、経済の相互依存関係の多様化や深さが出来たきたせいで、急激な乱高下の原因となる、薄く単一的な経済構造が変わってきたように思える。

Negocios誌の「2008年のラテン・アメリカ」特集で指摘があるように相変わらず富の偏在・貧富の差や治安、健康、教育、環境と様々な問題が山積みである一方、各地域の安定傾向により地元経済は着実に力を付けている。

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少しでも良い生活を、と思う気持ちはいずこも同じ。とは言え日本よりインフラや貧富の差、差別、教育問題などがはるかに厳しいラテン・アメリカでは、頑張る人々も簡単ではない。

その中で、マクロ的にはLatin Finance誌が特集するように、金融投資も増えているし、また各国のアメリカへの出稼ぎによる本国への送金が、国の外貨収支と国内の経済を改善させている。Summa、Negocios両誌が取り上げているパナマのように、バブルといえるかもしれない不動産ブームでビルがにょきにょき建っている国もある。
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もちろんEl Economista誌の特集のように、アメリカの景気失速がラテンアメリカへの送金や投融資を減少させたりする懸念は大きい。ブッシュ政権の移民制限法は未だに各国で注視の対象だし、今盛んなアメリカの予備選から今後政策がどう変わるかは常に新聞のネタだ。

そんな中でアメリカも変わりつつある。クリントン・オバマの戦いの中でヒスパニック票の行方の重要性が報道される通り、アメリカ内部でのヒスパニックの力は今後のアメリカとラテン・アメリカの関係に変化をもたらす一つの大きな要素となっている。
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Latin Trade誌やHispanic誌が取り上げるように、アメリカのビジネス・リーダーの中にヒスパニックはどんどん増えている。特集の中に取り上げられている人を挙げれば、マクドナルドのCOO、ATTモバイルの会長、コダックの会長・・・と言った具合。






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ビジネス誌の一角にヒルベルト・サンタ・ロサのインタビュー記事があるのは、ヒスパニック・ビジネスマンの読者が聴いている現実があるからだろう。そんな人たちがアメリカや中南米のビジネスを支えつつある。

◆◆◆


こんな話、なんだか似合わないがこんなこと考えたりするのは、音楽と社会や経済との関係にある。もちろん平和ボケしてるやつのたわごとなんだけど。

生きるか死ぬかの切迫した状況じゃ音楽なんて余裕はない。でも幸せ一杯・飽食の中じゃ音楽のパワーも衰退する。
歴史を紐解くと時代や場所によっていろんなものが世の中を引っ張ったり変えたりして、その中で音楽が生まれたり死んだり、時に音楽が世の中を引っ張ったりする。

リアルでうそのない音楽は、そこの空気の匂いがする。でも、ラテンに住民票を持ってない自分にはその空気の匂いを区別できてるかどうか分かりはしない。だから、音楽とは直接関係ない所でも、触れられるところには首を突っ込み、想像力を働かせて、少しでも匂いに近づきたい、とか思ってしまうのかもしれない。(←遊んでる良い訳では??)
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by mofongo | 2008-03-05 10:35 | Viaje/漫遊記
2008年 03月 04日
マイアミ '08.3 (2) クバーノ
(Part 1より)
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結局手軽なCafe Mystiqueへ。"マイアミのサルサ"が楽しめる場所。時にルエダなんかもやってるからね。さすが土曜11:30pmともなるとしっかり混んでる。今日は地元Univision系FM局 La Kalle 98.3主催のDJイベント。うーん、若者からシニアまでいい感じに年齢層がばらけている。

まず一杯。聴き易く、ミディアム・テンポで踊りやすい選曲。ジェリー君の「Cuesta Abajo」の後にRuben bladesの「Buscando Guayaba」, Joe Arroyoの「Bam Bam,」 Isaac Delgado & Victor Manuelleの 「La Mujer Que Mas Te Duele」, Rey Ruizの「Muevelo」、Eddie Santiagoの「Amar a Muerte」と続く。マイアミな選曲だなあ。

YouTubeでJerry Riveraの"Cuesta Abajo"を聴く
YouTubeでRuben Bladesの"Buscando Guayaba"を聴く
YouTubeでJoe Arroyoの"Bam Bam"を聴く
YouTubeでI. Delgado & V.Manuelleの"La Mujer Que Mas Te Duele"を聴く
YouTubeでRey Ruizの"Muevelo"を聴く

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初心者の淑女に踊って頂いたり飲んだりしている内に、地元民だというジェイが声をかけてくる。キューバン=プエルトリカン。彼の友人とバカ話で盛り上がり音楽話に進む。しかしこいつ、けっこうオタクだ。マドリードに住んでた事もあるからヨーロッパの事情にも詳しい。マイアミならではのキューバとサルサの話に。

この間のファン・フォルメルの話を振ってみた。彼はそんなニュースを知らなかったけど、キューバ本島の音が弱っているのは、キューバのせいでもカストロのせいでもないんじゃないの、って言う。じゃなんなのよ、と聞くと、そりゃキューバをビジネスにしてる主にアメリカ以外の関係者と乗せられてるファンだって。

◆◆◆

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「キューバ人は60年代後半、NYやPRでサルサが出来上がって行く過程には亡命組以外関わっていないだろ?その後も、アダルベルトにしろバンバンにしろ、キューバらしい素晴らしいものを作っていったけど、サルサとは関係ないよな。

でも、それまで「キューバ音楽」として「サルサ」とは一線を画していたキューバはある時期から、外貨獲得のためか「サルサ」という言葉をOKした。そしたら、ヨーロッパとかで商売になると思ったやつらが、「キューバ=サルサの本場」みたいな感じで、キューバンのライブやCDを強くプロモートし始めた。いや逆だったかもしれないけどね。キューバの音を「サルサ」ファンも聴いているのを見て、キューバ側が、これは金になる、と思ったかもしれない。
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ま、とにかくキューバンのギャラは安かったんだ。だから呼んで客が入れば儲かる。その為に「サルサ」って名前をつければ効果抜群だったんだよ。
スペインとかイタリアのバンドでもティンバをやりながら「サルサ」とか言ってるやつらがいたよな。日本じゃどうだった?俺はラルー(オルケスタ・デ・ラ・ルス)は良いサルサだと思うけどね。

で、そしたら訳のわかんない(西語圏以外の)のファンが、たとえは北欧とかさ、いやスペインですらそうだったかも、中南米とか西語圏で「サルサ」として認識されてる音なんかろくに聴かずに、「キューバ=サルサの本場」を受け入れて一気にブームを支えた。
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海外のティンバ・バンドも、さっき言ったみたいに自分たちの音を「サルサ」だとか、その発展系だとか呼んでビジネスにした。同じダンスの方法で踊れるからビジネスにしやすい。ても、ぜんぜん違うんだけどね。だって、キューバン・バンドはラボーすら知らなかったりする。

でもねそれはいわば「サルサ観光客」に受けているのと同じ。観光客はそこの場所の背景なんて知らなくたって済む。だって飽きたら移動すればいいんだから。

当時欧州からずいぶん音楽家がキューバに行って、「キューバ・ショック」で「サルサの本場」説を吹聴したしね。キューバはエキゾチックで違う世界だから、ショックを受けやすいんだよ。でも、結局彼らはキューバの音楽に何もコミットしていない。自分らの音楽には本場説を利用したけどさ。

西語圏、特にマイアミも含めてカリブ圏のファンの人たちにはキューバのバイラブレな音は「サルサ」としては理解されてない。あくまで「Musica Cubana」だ。「Timba」でもいいけど。これは音楽の質の問題じゃないんだよ。ラベリングの問題だ。キューバは食べるため、キューバに外貨をもたらすため、ファンに楽しんでもらう為にどんなレッテルであろうと海外で演奏する。それはしょうがないんだ。

だから問題はキューバの音楽を「サルサ」だとか言ってビジネスにしたやつら(もちろんキューバもそれに乗ったんだけどね)と、それに乗った/乗らされた「サルサ」の事をよく知らない無垢な「キューバン・サルサ」・ファンじゃないのかな。
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こんな背景があるから、彼らの音は「サルサ」の結局大きな流れに乗れるわけもないし(でも、ティンバって音は「サルサ」って言わなきゃ、オリジナリティーのあったものだと思うけどね)、マノリンなんかアメリカにマーケットがあると勘違いして亡命してきちゃった。でも、誤解させたのはアメリカ以外のファンだと思うよ。

フォルメルが言うように「地元の音とも離れた」のも力を失った理由かも知れないけど、俺にはわからない。キューバには行った事ないからね。でも、不要なブームだったんじゃないかな。ブエナビスタとかも。あれで行けると思ったんじゃないの。

俺はサルサもキューバン・ミュージックもどっちも好きなんだ。親父とお袋をどっちも愛してるようにね。でも親父がお袋のかっこして人気者になってもうれしくないのさ。

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うーん、かなり酔っ払ってきた。ジェイのこの話は、聞く一方になるからつい飲んじゃうなあ。でも視点は面白い。明日は12:00の便だけど、朝のマイアミは混むから普通に起きないとね。ジェイ、ぼちぼち行くよ。またな、あんがと!

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・・・やば、寝すごした。慌てて荷物詰め込んでバスに乗り込み空港へ。

うわー、やっぱ混んでるよ。チェック・インの後のエックス線検査が進まず放置されてる荷物の山。俺のバッグもあそこへ行くのか・・・。ミッシングにならなきゃいいが。




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チェック・インを終えて、朝飯。キューバ飯屋で"クバーノ"。キューバン・サンドイッチは中身をパンに挟んだあと熱い鉄板ではさんでぎゅっと押さえて軽く焼くのが特徴。"クバーノ"はハムとホワイト・チーズを挟む。

薄く見えるけど、ハムは5枚くらい、チーズも3枚くらい入ってるから充実。満足。
美味しさのぎゅっと詰まった"クバーノ"を食べながら昨晩のジェイの行ったことをぼんやりと考える。

そしていつものように本屋をチェック。ビジネス誌と芸能誌と新聞を買い込む。
次の目的地、中米某国に着くまでの時間つぶしに突入。

(続く)
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by mofongo | 2008-03-04 13:17 | Viaje/漫遊記