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2008年 11月 24日
インドネシア '08.11
帰ったと思ったらシンガポール航空でまたも旅の空。

この航空会社は世界でも有数の「国際性」があるんじゃなかろか。

機内映画の選択肢が30本くらいあるけど、吹き替えや字幕の種類が①日本語②英語③ドイツ語④フランス語5⑤スペイン語⑥イタリア語⑦ロシア語⑧華語(中国語:北京語)⑨粤(えつ)語(中国語:広東語)⑩韓国語⑪ヒンドゥー語⑫タイ語⑬アラビア語の13種類

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音楽に至っては上の各々言葉のヒットに加えて、マレー語、インドネシア語(バハサ)、タガログ語(フィリピン)、ホッキエン語(福建)もある。

ちなみにスペイン語のヒット曲集のトップはアレハンドロ・フェルナンデス、しめはマーク・アンソニー。



シンガポールでを乗り継ぎ、1時間ちょいでジャカルタに到着。
外へ出ると、いつものガラムの甘い匂いが湿った空気に心地よい。

ジャカルタお約束の大渋滞を抜けてようやく宿へ。お客と軽く飲んで初日はおとなしく寝る。翌日は7時に車で移動なのだ。

◆◆◆

朝飯はアメリカン、コンチネンタルなどもあるけど、当然地元を選ぶ。

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バクミ・ゴレンとナシ・レンダン+アヤム・カラサンにしよう。要はインドネシア焼きそば&とパダン風のココナッツ・ミルク味スパイシー・ビーフ+カラサン風ココナッツ風味チキン。

ココナッツ風味に弱いのだ。ピニャコラーダ漬けの日々を送ったせいか?


イントネシア料理は「甘い」「辛い」「塩味」「スパイス」の4つで出来てる気がする。「すっぱい」というのがないのだ。
あの湿った空気に、甘辛+丁子やレモンリーフの香りはとても合う。


さあ、今日も一日働くぞ。


◆◆◆


強力な交通渋滞を抜けて、お客のところへ到着。あとはひたすら長丁場の会議・会議・会議。。。。。

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会議ではミネラルウオーターに加え、お菓子の箱がテーブルに配られている。
アメリカならコーヒー・ブレイクの時間にコーヒーとブラウニーとかが用意されているのと同じか。しかしここも「甘辛」なのだ。






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箱の中にはお菓子が3つ、一つはエクレア、一つはバナナタルト、そしてもうひとつは揚げ菓子。
これには青唐辛子がついているのだ。唐辛子をちょいとかじりながら、スナックを頂く。
インドネシア・コーヒーもおいしく、休憩時間にたっぷり充電。





◆◆◆

さてお昼前になると、外から音楽のような歌のような声が流れてくる。

コーラン(クルアーン)だ。

インドネシアの人口の大きな部分はイスラム教徒。

コーランはお祈りの言葉を読み上げるものだけど、異教徒の耳には音楽に聞こえてくる。

低く抑えた出だしから波のようにやってくる盛り上るパートはサブドミナントからドミナントへ移動するようなふわっとした高揚感。メロディーはモード(アラビア音階/旋法)。マイナー3度がメジャー3度に急に置き換わるような展開に乗る力強く美しい喉の力。

このモード(旋法)は、東に進んでインドネシアも当地の音楽に入り込み、西へ進んで北アフリカ(マグレブ)からスペインへ上ってカリブの音楽にも達する。インドネシアの音はそのまま東へ太平洋を進んで、南米のスリナムに達して(両国共もとオランダ領なのです)進んでアフロ系やらカリブ系の音と混じって、これまた独自の音楽を作る。

交じり合いまた独自のものが生まれてくる不思議。

→コーランを聞いてみたい人はこちら

もうひとつ突っ込んで言えば、インドネシアからアフリカや中南米へ伝わったのでは?と言われる楽器も多い。バラフォンなどがそうだ。

◆◆◆

さて、いつもの様に夜は親爺か宴会か?というとお酒を飲まないイスラムの人たちとはラテンのようにならないのだ。

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「酒抜き」に加えて、豚を食べないので「豚抜き」「ラード抜き」なのだ。
「ハラール」(イスラムの戒律に則った料理法)での料理を出してくれる中華料理屋へ行く。ヒンドゥーのお客もいるので(インドネシアのバリ島の人たちはヒンドゥー教徒がメイン)牛肉も避ける。

街中で売っているスナックなどにも、この「ハラール」であるかどうかの表示がある。


で、宴会は「ハラール」で調理した魚とチキンがメイン。非常にあっさりした感じの中華となる。飲み物はお茶。

楽しく語らうも非常に紳士的に夕食は終了。今日はラテン宴会などをせず、素直に帰って寝ろ、という思し召しなのだろうなあ。



◆◆◆

そして宿に帰って、TVを見て素直に就寝しました。




などということは起こらなかった。



「インドネシア・サルサ・フェスティバル 2008」!

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このようなものが丁度開かれているとは、なんと幸運。

場所はジャカルタの南、Permata HIjauの"The Belleza"にある”The Submarine"。今月11日からスタートしてこの金曜日が最終日。

インドネシアのダンサーたちはいかに?イベントは「プロフェッショナル」と「ソシアル(アマチュア)」の2カテゴリーでのコンペティション。

The Submarineは最近出来たクラブらしくなかなかすっきりしてフロアもきれい。

時間が遅かったのでコンペティションは終わっていたけど、フロアは踊る手たちで満員。うーん、ジャカルタもやるじゃない。
かかっているのは、もうミックス。NYもPRもキューバンもマンボも。マーク・アンソニーとかRMM系も結構フロアをヒートさせている。

ということで、地元の淑女にすこし踊っていただいたり、にいちゃんと少し話したり(でもあんま英語が通じなかった)。

やはり「宴会をせよ」という思し召しだったか、シンガポール・スリングで良い気分になったジャカルタの夜は更けていくのだった。
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by mofongo | 2008-11-24 16:34 | Viaje/漫遊記
2008年 11月 16日
モーリシャス '08.11
南アフリカ/ヨハネスブルグから飛行機で東へ。

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マダガスカルの海岸線が見えてくる。まだ手つかずの地形を超えるとインド洋に出た。










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出発して約4時間。やがて機は高度を落とし、サンゴ礁に縁どられた大きな島が見えてくる。


モーリシャスだ。



モーリシャスという国の名前を初めて聞いたのは、小学校の時だった。

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なんでかというと、切手を集めていた友達が、モーリシャスという国の昔の切手は100枚しか発行されなかったものがあって世界一高い、1億円の値段が付いてい るっていう話。

1億円がいったいどんなくらいの値段なのか小学生にはピンとくるわけもないが、その友達が見せてくれたマニアックな雑誌にはブルーの小さな切手の写真があった。

1847年、まだ英領だった頃のモーリシャス、総督夫人が舞踏会の招待状を送るために印刷された切手は、ふつうは「料金支払済」(Post Paid)と印刷される べきところを「郵便局」(Post Office)と刷られてしまったのだった。これが希少価値を生む。

この英領初の切手は「モーリシャス・ブルー」と呼ばれ、現在27枚しか残っておらず、マニアの垂涎のものなのです。

◆◆◆


しかし、この頃の舞踏会ってなにやってたんだろう。19世紀前半っていえば前期ロマン派の頃。
ダンスとしてはワルツとかマズルカですかね。1844年頃、欧州ではポルカが大流行したし、同じくセット・ダンスではカドリーユが流行った頃だから、そんな曲もあった だろうなあ。そうそうカントリー・ダンス/コントルダンスを忘れちゃいけない。

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コントルダンスは18世紀末のイギリスのカントリーダンスがフランスの宮廷/上流階級に入ってコントルダンスとなり、カリブ海のサン・ドマング(現在のハイチ)へやって 来たり、スペインでコントラダンサとなって、同じくカリブ海のプエルトリコやキューバへやってきたダンス。

そしてプエルトリコの欧州系音楽の代表となる「ダンサ」、又はキューバのこれまた「ダンサ・アバネラ」へとつながる。


そう、カリブ海とインド洋、たっぷり離れていても、熱帯にある島の植民地の歴史としては共通点がいっぱいありますね。

◆◆◆


街を歩くとフレンチ・クレオール語が聞こえる。フレンチ・パトワとも呼ばれる。ベースのフランス語の上に、労働力として連れてこられた黒人系の影響を強くもつ地元の言葉。カリブじゃハイチを筆頭に、マティニーク、グアドループ、ドミニカやセントルシアでも聞くことができる。

仏語をベースにしてるから、モーリシャスとハイチでは、同じ単語もあれば(たとえば"私たち"は"Nou")、違うこともある(モーリシャスじゃ"私"は"Mo"だけど、ハイチ じゃ"Mwen"とか)けど、こんな離れたところなのに、音の響きはとてもよく似てるのが驚き。

でも、同じフレンチ・クレオールでも全然違うのは人の顔。カリブは黒人系、欧州系又は黒人系と欧州系の混じった人たちの顔がベースなのに、ここではインド系の 人たちが7割。

彼らがフレンチ系の言葉(仏語とクレオール)を日常語として話すのは、カリブに慣れた自分にはとてもエキゾチック。

◆◆◆


客「Enchante, モフォさん。C'est mon plaisir de vous voir!」
モ「いやー、どうもどうも。こちらこそ、アンシャンテで。良いとこですねー。」

フレンチ・パトワのなまりのあるフランス語はいいなあ。これに大変弱い。


客「では、打ち合わせは外でやりましょう。マイヨ・ド・バンはお持ちですか?」

モ「は? 水着??」

◆◆◆


車で15分、真っ青な海の広がる浜へ。

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客「ほら、ビールもどうぞ。地元のフェニックス・ビールです。 そうだ、フルーツも買いましょう。ピーナツはどうですか?いやー、良い打ち合わせになりそうですねー、は はは。ほら、見てあそこ、トップレスのおねーさんが。がははは♪フランス人はこれだkらこまりますね♪」


まずい。完全に相手のペースだ。


客「モフォさん、どうしたんですか、ほら飲んで飲んで。そして泳ぎましょう。ここは塩分が濃いから楽ですよー。ほーら、ぷーかぷか。ぎゃははは」


いかん、楽しくなってきた。

まだ交渉は始まってもいない。
この親爺、ラテンより手ごわいかも・・・

◆◆◆

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しかし、買ってきてくれたフルーツがビールに合うのだ。甘いもんが?と思う方も多いでしょうが、さすがインド系70%の国。
フルーツをチリ(トウガラシ)混じりの塩水、またはビネガーに漬けたものなのだ。

パイナップも一口かじると、ピリッとした塩味の後に甘みが口の中に溶けあい、なかなかイケる。

ヒットはマンゴ。熟す前の若いマンゴはキュウリの浅漬けのような感じでビールにあうのだ。若干のうま味もある。昆布か?いやそんなものあるはずないし。

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フルーツ屋へ行って聞いてみる。

モ「ねえ、このマンゴ、塩味とトウガラシだけ?なんか他に使ってない?」

店の親爺が出してきたのはなんと「味の素」。あやー、さすが世界の調味料。




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アフリカのマーケット/マルシェでも小袋にパッケージされた味の素は大人気だと聞いてたが、ここもかあ~。

確かに街中にも看板がありました。




◆◆◆


・・・しかし、まずいなあ・・、こんな相手のペースでは。しかし、アイス・ボックスのビールはほとんどなくなり、ラムを買いに行こうという話になりつつある・・・。


そうだ!相手のペースについて行くからいかんのだ!これは日本人として毅然とした態度に出なければいけない。ビーチで酒を飲んでるだけではビジネスに勝てるわけもないだろう。



モ「アーメドさん。お気持ちは十分うれしいのですが、ここでお話を続けるのはどうかと思います」
客「?モフォさん。良いではないですか。青い海とおいしいお酒と波の音、もうすぐ夕焼けです。これで我々はリラックスして話ができますよ。何も足りないものなど無いじゃないですか♪」
モ「踊りがありません」
客「?お、踊りですか?」
モ「Oui, ça ne peut pas aller sans la musique.踊りに参りましょう」


◆◆◆

親爺はインド系なのだが、ここはクレオール系の音楽/ダンスの"Sega"に連れて行けと要求してみた。

セガは黒人系の人たちが奴隷として砂糖キビ畑などの労働力として連れてこられた人々が作ってきた音楽とダンス。楽器は大きなハンド・トラムにシェイカー、トライアングルなどがベースで、今はギターやらベースも使う。


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→YouTubeでSegaのDiva、ナンシーの画像を見る


リズムは3拍子をベースにするが、ハチロク感覚が大きく覆っている。しかしこのハチロクはアフロ系かどうかは不明。というのは楽器と言い、メロと言い、非常にアラブの影響も感じるからだ。

ダンスは女性陣のフレアのついたスカートを大きく使い、腰の振動/回転をつかった動きが特徴。

そう、ハンド・ドラムはプエルトリコのプレーナやハイチ/キューバのコンパルサなどを連想させるし、女性陣のダンスはカリブ一帯のものとの共通性を感じる。

ここにも、言葉と同じく距離を超えた似たもの同士がいるのだった。



◆◆◆

ダンスの前には腹ごしらえである。

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シーフード・レストランで供されたのは、巨大なランゴスタ、つまり伊勢エビであった。真っ二つにして、軽い塩だけでグリルして、3種類のソースで食う。








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クレオール(黒人系)、カレー(インド系)、クリーミー(フレンチ系)。
まさに植民地の要素集合!

フランスもののワインも登場し、ますますエスカレートする両名である。
しかし、もうこのあたりになると両名ともかなり解釈不明な話をネタに笑いこける事となってしまった。

さて、セガのショーが始まった。このようなことで本当に良いのだろうか?
と思う内に脳の内蔵メモリの容量が一杯になった。
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by mofongo | 2008-11-16 02:15 | Viaje/漫遊記
2008年 11月 14日
南アフリカ '08.11 (3)
(南アフリカ '08.11 (2)より続く)

親爺たちにせかされて、ステップを踏みながら、ちょっと歌ってみた。


♪サッ、グァグァ。サッ・シー・パタ・パータ
♪サッ、グァグァ。サッ・シー・パタ・パータ

♪ハイ・アマ、ハイ・ママ。サッ、シー・パタ・パータ
♪ハイ・アマ、ハイ・ママ。サッ、シー・パタ・パータ

親爺たち「がははは。♪ハイアマ、ハイママ・・・」

わはは、受けだぞ。"パタ・パタ"。

◆◆◆


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ミリアムマケバ、なんと昨晩の未明亡くなってしまいました。。。
イタリアのナポリ近郊でのコンサートの直後、倒れそのまま・・・・76才だったそうです。


彼女の亡くなる少し前のタイミングで、偶然にもこんな風にソウェトで、東洋の端っこのやつが"パタ・パタ"を親爺たちと楽しむことが出来たのは、何と幸せなことだなあと思いました。


お気楽に日本から南アに行ける環境があり、南アもそういうお気楽なやつを受け入れてくれる状況があり、そしてそんな偶然をつないでくれる力を持った彼女の「パタ・パタ」という歌があったという偶然。

きっと彼女が「ちょっとみんなと遊んで行ったら?」と声をかけてくれたのかもしれません。


アパルトヘイトへの抵抗と、そういう背景を含んでか含まずかの「パタ・パタ」や「マイラカ」「クリック・ソング」などなどの力強いヒットで世界をつないだ彼女。

家に帰ったら、彼女の『わたしは歌う―ミリアム・マケバ自伝』 (福音館日曜日文庫)を読み直し、CDを聴きなおしてみたいと思います。


ご冥福をお祈りします。R.I.P.

"Pata Pata"
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"Click Song"
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"Mbube"
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◆◆◆


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さて、こんなことやったり、楽器を買いに行ったり、観光したり、土産買ったり。あ、もちろん仕事もしたり(って付け足しか??)


そしてへろへろになって次の目的地へと飛ぶのでした。
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by mofongo | 2008-11-14 01:44 | Viaje/漫遊記
2008年 11月 09日
南アフリカ '08.11 (2)
さて、宿に入って早速旧知の友人と夕飯。南アフリカ飯を食わせてもらう。

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定番の南ア風オックス・テール・シチュー。地元のワインもうまい。ぐびぐび。

店はけっして高級という訳じゃないけど、サービスも良く快適。客の9割は白人。ウエイターは皆黒人で、ワイン選びからなにから見事な応対。
治安の良いオフィス街のレストラン。正直、自分には落ち着かないのだけど、これも南アフリカの現実。

もちろんアパルトヘイトが終わって、20年ほど。政府も黒人中心で運営されているし、経済も伸びてきた。


でも白人が自分たちの為だけに作ってきた社会と黒人が置かれていた社会はそう簡単に一つになるわけも無い。
お客の会社の管理職はどこもあいかわらず白人系勢ぞろいだし、ひまつぶしに行ったモーターショーでは白人の客が大多数。

白人、といっても一筋縄じゃない。最初に植民して来たオランダ系アフリカーンス(アフリカーナー)は後から南アフリカを領土としたイギリズ人とは言葉も違う。


そのさじ加減は旅行者にとても分かるような単純なものじゃないが、TVからだけでも察せられるシニカルでユーモアあるものもある。

南アのTV、SABCのこんな広告も面白い。
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フォードのこんな広告も。
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治安もまだまだ安心できるレベルじゃない。
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南アの白人にだって貧乏な人はいる(アフリカーンスのお話。15分の長めの映像)
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差別や治安の話はお金の話の面がある。お金はたくさんあるとこから無いところにそう簡単に流れない。世界のいずこも同じ。
日本では相対的に見えにくい分、自分の頭がよくボケでいることに、海外に行くと何時も気づかされる。日本にも我々の問題が山積みだけど。


仕事で回る場所はまだまだ白人の匂いが強かった。そして親爺たちはカルビン派プロテスタントのようにクールなのだ。
いつものラテン親爺みたいな親爺たちに会いたいのう。

◆◆◆

なじみなったドライバーのジョージにそんな事を話してみる。

モ「・・・て感じでさ、落ち着かないのよ」
ジ「じゃあ、モフォ、日曜日俺んちの方で飲まない?ソウェトなんだけど」

ジョージは黒人。アパルトヘイトの真ん中を生きてきた。ソウェト(Soweto)に住んでいる。

ソゥエトはアパルトヘイト時代に黒人を強制移住させた地域。South West Townshipの略で東京23区くらいある。
当時黒人が押し込められていた最大のスラム、とまとめてもよいかも。
アパルトヘイト反対のきっかけとなった「ソウェト暴動」(1976)の地でもある。

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今だって白人がわざわざ住むような場所じゃない。治安は一般に良いとは言えないけどとにかく庶民の町なのだ。
上の南アのTVの画像で主人公が住んでいるのはソウェト。

ヨハネスブルグから小一時間。街が見えてきた。

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ジョージがネルソン・マンデラの家や、ヘクター・ピーターソン記念公園(ソウェト蜂起で亡くなった少年の記念碑がある)など有名なところを案内して色々教え

てくれる。

前に読んだ何冊かのアパルトヘイトの本のいろんな場面が浮かぶ。

ジョージの仲間の親爺達があつまってる飲み屋に行く。

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地元では「シビーン」(Shebeen)と呼ばれるバー。
家の裏庭みたいな飲み屋だかなんだかわからないところ。

ジョージの親戚のビッグ・ママが店をやってる。鉄格子の中からにっこり笑ってビールを渡してくる。
たむろってた親爺たちは、突然乱入した変な東洋人をただただ歓待してくれる。
一挙に頭の中にアドレナリンが充満する。これだよ、きっと求めてたのは。

親爺たちは地元のソト語で話している。ラテン親爺たちのように「ぎゃははは」ってことは無いけど、静かに日曜の午後の時間を楽しんでる。

遠くからズール・コーラスのような音が聞こえてくる。足でリズムをとってると、踊れと言われた。

あら、いよいよ始まった。

(続く)
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by mofongo | 2008-11-09 17:02 | Viaje/漫遊記
2008年 11月 09日
南アフリカ '08.11 (1)
また旅の空。

今回は米国でもラテンでもなくキャセイで南アフリカへ。
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暇つぶしにラウンジで香港の日刊紙をチェック。
まずは香港の日経、香港商報(Hong Kong Commercial Daily)を眺める。
漢字はありがたいね。何の記事かくらいかはわかる。そして娯楽性高いの「東方日報」へ。
トップ記事は

「隆胸少婦送命 麻酔手術大混迷」

わかりやすい。

「強烈馬非薬鎮痛有危険」「隆胸至34吋(インチ)又嫌大」とかの記事を眺めていると、隣の人が中国語で話しかけてきたよ。


中には「今月のおすすめレストラン」のコーナーも。日本食レストランです。
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「活魚刺身」「和牛刺身・日本佐賀A5」(佐賀牛5つ星の意味か?)
などに続き店長のおすすめコーナーでは

”日本翡翠鮑魚刺身””日本珍珠龍蝦刺身”などに続いて


「日本象抜蚌」


これは?


日本の象から蛙を抜いたもの?いや最後の字は「蛙」とはちょっとちがうな(写真右)
象抜蚌はみる貝のことだとか。漢字文化圏といえどもやはり簡単ではない・・・。


◆◆◆

香港で乗り継ぎ。

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キャセイのラウンジで無料の坦々麺と点心を頂く。

ヨハネスブルグ行きの搭乗ゲートへ。

おそろいの白いキャップをかぶった中国人男性の一群がいる。観光客には見えない。

近年中国はアフリカの資源国に外交攻勢をかけている。石油や鉱物資源の供給確保の見返りにインフラ整備を請け負ったり。

つまり安い働き手を送り込む、ってことだけど労働環境は厳しいという話はよく聞く。国に家族を残して働きに出る人たち。安全でありますよう。

◆◆◆

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キャセイの楽しみは朝食の点心。シュウマイなど4種類を平らげお茶を飲んで落ち着くと機はすでに南アフリカ上空。

しかしアフリカは久しぶり。10年ぶり以上。思えば、ロックからソウル、ブルース、R&Bやジャズ、ラテンやら中東とかへと雑食性拡張症の中で、アフリカにはとてもお世話になっている。アフリカに住んだり何度も旅した事は、ジャズやラテンやR&Bを聴く上で、自分にとても面白い効果を与えているのだ。

ジャズもソウルもブルースが父なんだとか、ラテン音楽ならキューバが元だとかいう一元論がいかにバカらしいか、すごい多様性があるものを、「アフリカ」の一言でくくっちゃうことの悲しさとか、上げればキリが無い。

ひさしぶりのアフリカからまた何かを教わりたい。

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窓から広大な大地が見えてきた。

南アフリカと言えば、アパルトヘイトの過去、ダイヤモンド、サファリ、ズールやソトなどバンツー系の素晴らしい文化や音楽、それをベースにしたポップスなどなど。しかし、アパルトへイトが終わりラインが取り除かれたとは言え、白人系・黒人系の生活の差は大きい。


到着した待合室のTVではアメリカ大統領選のニュース。オバマ&マケインのナイスな画像も紹介されていた。

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南アの人はオバマの事を喜んでいると思うけど、自国へのサポートについてはいたってクールだ。ケニアの新聞ですら冷静に状況判断している。



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空港からヨハネスブルグ市内までは快適な高速が続く。
市内には、紫の花をつけたジャカランタの木が一杯だ。ムードは欧州の中規模都市にいるみたい。しかしラジオからは、若干南アなまりのアナウンスの合間に地元っぽい音楽が聞こえてくる。

さてさてどんな旅になるのか?
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by mofongo | 2008-11-09 13:08 | Viaje/漫遊記