「ほっ」と。キャンペーン
2010年 10月 20日
World Beat 2010@日比谷野音-ベンダ・ビリリ
くそ暑かった今年の夏は、アフリカに住んでいたころ大量に買ったカセットをよく聴きました。
あの頃のアフリカの地元には、あんまりLPの音源はなくてもっぱらカセットテープ。パリやロンドンに出ないと音盤の品ぞろえはなかった。
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ラジオやディスコでは"ルンバ(コンゴレーズ/ザイロワーズ)"や、"マコッサ"、"ビクティ"、"アシコ"といった地元の音、"ジュジュ"や"アフロ・ビート"といったナイジェリアの音、そしてソウルサルサが流れてた。だからディスコの選曲は最高ヒップだった。


今あの音を並べてDJしたら最高に面白いだろうな。思い出してやってみようかな。

◆◆◆


そんなこともあって日比谷野音の『World Beat 2010』に行ってみた。
会場はベンダ・ビリリ効果か、最初から9割方埋ってる。

1バンド目はジャスティン・アダムスとジュルデー・カマラ
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Justin Adams & Juldeh Camara's "Ya Ta Kaaya"
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http://www.youtube.com/watch?v=YTFAK3eCAug

UKのジャスティンとガンビアのジュルデーの組み合わせにドラムが加わる編成。
「ライクーダーとブエナ・ビスタ」だったら、なんかやだなぁ、と思って聴いたら全然違った。ツエッペリンだった。
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ジャスティンはロバート・プラント・バンドのメンバーでもあるけど、もちろん単純にツエッペリンな訳もない。

そしてツエッペリンでも「モビー・ディック」とか「ロックン・ロール」より「ホール・ロッタ・ラブ」とか「イミグラント・ソング」の世界のあたり。

Led Zeppelin - Whole Lotta Love
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http://www.youtube.com/watch?v=HQmmM_qwG4k&ob=av3n


当時、クラプトンもベックもブルース進行ベースな時、ジミー・ペイジの曲はそれにとらわれない別の世界を持っていた。その一つが何だか分かったのはJBを知ってからだ。レスポールとマーシャルでファンク。

そしてジュルデーのプレーする単弦フィドルのリッティは素晴らしい表現力。1弦しかない、フレットがない点から来るエネルギーに圧倒される。ここでも、ジミー・ペイジのボウイング奏法やテルミンとのアナロジー。
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「砂漠のロックンロール」っていうフライヤーにあるフレーズから来るイメージよりより、もっと強力でしなやかなビート、濃密な反復のリズムの中をうねる砂漠の縞ヘビのような鋭さが素晴らしかった。

各々がルーツに降りて行って接合点を見つけたような音にパンチを食らった。独特だ。

Justin Adams & Juldeh CamaraのMy space
http://www.myspace.com/justinadamsproducer

◆◆◆

2バンド目はビクター・デメ

ブルキナファソの歌い手。今年5月に来日してる。
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Victor Deme - FMM Sines 2009 - 18 de Julho
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http://www.youtube.com/watch?v=ye29rNpAe7E

最初の方はリズムおとなし目。歌を聴かせながらサウンドは欧州的イデオムを感じる。しかし、「歌」が良いのです。祖母がマンディンゴのグリオだという家系の影響もあるのかも。「歌いたいこと」が表に出ていると感じる。
"Toungan"や"Sere Jugu"などからリズムが前に出てきて体が揺れる。
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バックのギターは時にスパニッシュやヨーロピアン・ラテンの香りが浮き立つ。そして、西アフリカ共通のコラの響きのような奏法を出すと思えば、コンゴレーズなアップテンポな音にも変わる。

パーカッションやコラの響きも美しい。その上に、デメの歌が流れて行くステージだった。

◆◆◆

3バンド目。既に空は暗くなっている。スタッフ・ベンダ・ビリリの登場。会場から大きな歓声。
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Staff Benda Bilili : de l'ombre a la lumiere
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http://www.youtube.com/watch?v=UCPOIIjFa1U

あー、ルンバ・ロックの香りがいきなり湧き立つ。キーはギターだ。ルンバ・コンゴレーズのゆったりした感じと、JBの影響以降のルンバ・ロックの力強さが混じる。
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フロントの5人のボーカル、リッキー/Ricky、ココ/Coco、テオ/Theo、ジュナナ/DJunana、カボセ/Kaboseは各々の個性が違うのが魅力。

そしてバンドのカラーを大きくサポートするのはロジェのムトンゲ。これも手作りの単弦フィドル。
この楽器はギターでバイオリンでシンセでテルミンなのだ。強力。かっこいい。

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曲調はいずれもシンプルで力のある作品。訳詞がステージ後ろに映し出されるのがありがたい。

"Moziki"、"Moto Moindo"、"Polio"、"Je t'aime"、"Marguerite"と続く。
そして"Sala Mosala"、"Mwana"、"Staff Benda Bilili"などなど。

最後の"Tonkara"は出演者全員が舞台に上がりフィナーレ。会場も総立ちでリズムに身を任せていた。

http://bendabilili.jp/

◆◆◆

今回の3つのバンドで共通に感じたのはギターの力。

西~中部アフリカにはコラに代表されるような弦楽器の伝統があって、パームツリー・ミュージックやルンバ(・コンゴレーズ)のように外のギター入り音楽を受け入れる土壌があったからなんだろうか。

とにかく、3つのバンドにギターのアプローチは全く違うのだけど、各々のキーとなっていた。
そして同時にリッティ、コラ、ムトンゲの3つの弦楽器。

各々が自分自身のルーツから来た音をしっかり持っているからギターという強い楽器に負けないのだと思う。

そしてパーカッションがグルーヴを作るというより、バンド全体と声や楽器のメロディーがグルーヴを作っていたのも気持ちよさの理由。

◆◆◆


家に帰ってからアフリカで買った小さなハンド・ハープを久しぶりに取り出した。
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そしてフランコのTPOKのLPをかけて適当に弾いてくうち、セベン(ダンスパート)でなんだか盛り上がってしまった。病気だ。
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Dalienst et Franco's TPOK Jazz - Bina Na Ngai Na Respect
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http://www.youtube.com/watch?v=qduHrEmUtjU




キンシャサの下町のにおいが頭に蘇った夜。
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# by mofongo | 2010-10-20 22:33 | Musica
2010年 10月 19日
『魔法じかけの言葉』/ブラジル映画祭2010@ユーロスペース
ブラジル映画祭2010@渋谷・ユーロスペースに『魔法じかけの言葉/ "Palavra (En)cantada"(2008年 ブラジル)』を。
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「Palavra/言葉、詩」をキーにブラジル音楽の歴史を描くドキュメンタリー。
◆◆◆

いきなりアドリアーナ・カルカニョット/Adriana Calcanhotto が出てきてうれしい。3年前来日時にファンになった。
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そしてレニーニ、シコ・ブアルキ、トン・ゼーなどなどが詩と詞と音楽について語るスタート。おー!とわくわくして見る。
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昔の街中の即興詩人(ポル語でなんて言うんだろう。西語ならドロバドール)や物売りの歌(西語ならプレゴン)の映像に泣く。この2つには弱い。

だれだったか忘れたが「ブラジルの文化はオーラル(口述的)だ」って言ってたのが印象深い。口述的な文化があるところはいずこも魅力的。

そしてサンバとの関係。カルトーラ、ドリヴァル・カイミなどの話。カイミ、ちゃんと聴き直さなくちゃ。
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それからボサノヴァへ。ジョアン・ジルベルト、ジョビン(音はDesafinado)、ナラ・レオン、ヴィニシウス・ヂ・モライスなどを通して詩/詞の関係が語られる。

Chico Buarque & Nara Leão
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http://www.youtube.com/watch?v=Kye_O-l6uMc



そしてレニーニが「ポル語には母音が7つある、その響きが素晴らしい特長なんだ」って言うのに、うーんなるほど。そしてそれを説明する「Meu amanha」って曲がかわいい。

Lenine - Meu Amanhã
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http://www.youtube.com/watch?v=F7uW1J9Ox_Y


そして時代はトロピカリアへ。
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カエターノ・ヴァローゾの1967年の「アレグリア・アレグリア」の映像と「ポップ・ミュージックとはなんですか?」とインタビューされる映像が貴重。カエターノ、めちゃ若い。それからトン・ゼーのキャラが素敵。ジミヘン、好きそう。

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いよいよ時代は今へ。
シコ・サイエンスとジルベルト・ジルのライブ映像が出る。懐かしい、そして合掌。レニーニが「Jack Soul Brasileiro」を歌う。かっこいい!「ブラジルは皆混血」と話す。納得。

Lenine - Jack Soul Brasileiro

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http://www.youtube.com/watch?v=KwcK7vF2t0A



最後にアドリアーナが「Minha Musica」という曲を弾き語り。すごくよかった。詞の内容とポル語の響きが連携してる。西語や英語の響きでは同じものにならないだろうな。不思議。

◆◆◆
詞が音となって空気を震わすと、何か別のものが生まれるってすごいことだ。抑揚や高低、強弱はリズムやメロディーとなって「歌」になる。

もう出演者や映像が素晴らしく、ディープで、それだけでたっぷり楽しめたけど、何より「歌」や「詩と詞と音楽」について考えさせてくれた素晴らしい映画でした。

「歌」をもっともっと楽しむのに言葉の勉強をもっと楽しもう、と小声で決心したのでした。
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# by mofongo | 2010-10-19 23:32 | Musica
2010年 10月 18日
チチ・ペラルタ/Chichi Peralta講演会@セルバンテス 10.10.6
もう2週間も経ってしまったけど、忘れないようにチチ・ペラルタの講演会の覚えを書いとこう。


最初にチチの音を聴いたのはJLGの"Bachata Rosa"(1990)だったはず。でもバンドの1メンバーだったから注目もせず。だから初めて意識して聴いたのは97年のソロ・デビュー盤"Pa' otro la'o"。
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当時自分が住んでたプエルトリコでは、まず1曲目の"Amor Narcotico"がFMでヘビー・ローテーションのヒット。それはZeta93やSalsoulと言ったトロピカル局だけでなく、Fidelityのようなソフト・ポップス局も含む大ヒットだった。

ファン・ルイス譲りとも言える洗練されたサウンドと、バラエティーに富んだ曲・アレンジでこのアルバムから"La Ciguapa"、"Procura"、"Limon con sal"が立て続けにヒットした。ほんとに良く聴いたアルバム。当時日本じゃどうだったんだろ。


で、今年の初めにYouTubeに流れた最新のPV"アモール・サムライ(Amor Samurai)"のナゾの日本趣味にびっくり。でもクリスティアン・カストロの旧盤などより全然しっかりした使い方で、これは何だ?とアルバムを捕獲。
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アルバム『De Aquel La'o Del Rio』は軽やかで多様で、キャッチーだけど落ち着いて、瀟洒だけど熱い。そしてドミニカがしっかり香る。今年の夏は休日の朝に良く聴いてた。

そしたら、国際交流基金のプログラムで来日。「ドミニカ共和国とカリブの多極的なリズムの歴史と発展」っていう講演会をやるって。こりゃ早速予約。

◆◆◆

場所は麹町のセルバンテス文化センター。会場のオーディトリアムは立ち見も出る満員。200人はいた。
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まずドミニカの概要・歴史から始め音楽へ。カノイータ(くりぬき太鼓)やアレイト(踊り)とかカリブに共通のインディオの文化、そしてスペイン文化、アフリカ文化の3つの要素の混合が音楽や文化の背景にあることを説明。

音楽ではメレンゲ(Merengue)、バチャータ(Bachata)、パンビーチェ(Pambiche)は当然として、 トゥンバ(Tumba), カラビネ(Carabine)、サランドゥンガ(Sarandunga)、チェンチェ (Chenche)、サパテオ (Zapateo), プリプリ(Pri-pri)、ガガー (Gaga)、 パロ・エチャオ (Palo echao)まで触れる。

そして楽器の説明の後、Angel "Catarey" Andujarに触れパロ、アタバレスからタンボーラへの流れ
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カタレイはJuan Luis Guerraがアルバム『Ojala Que Llueva Cafe』の曲"Angel Para Una Tambora"でオマージュを送ったドミニカのタンボーラの名手。ベネズエラへの巡業中亡くなっている。
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→Catareyの演奏をYouTubeで見る
Catarey Part 1(TV番組のインタビューでさまざまなパターンを披露して説明してくれる映像。面白い!)
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http://www.youtube.com/watch?v=flYPlBIRH2M



Homenaje a Catarey (オルケスタ・ホルヘ・タバラスとの演奏など。 Catareyのソロが楽しめる)
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http://www.youtube.com/watch?v=t0aEg47Oj6M


そして実際にタンボーラを使って、「生」なメレンゲのリズム・パターン、トゥルヒージョ時代のMerengue de Salonのパターン、そしてパンビーチェと叩き分けてくれたのが楽しい。やっぱり音は分かり易い。
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「声パーカッション」で観客にタンボーラのリズムを体感させた後、コンガでラテンのリズムのパターンを解説。ボレロ、そしてサルサ(ここでしっかりジョニー・パチェーコの事に言及!さすが。そしてペドロ・ナバーハを歌う。いいね~)、そしてメレンゲ。

ここで、会場からYolitaさんが飛び入り。彼女はドミニカでタンボーラを習ってきたという女性。彼女のタンボーラの基本パターンにチチがコンガで各々のリズム・パターンを重ねる。
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まずメレンゲ・デ・サロン、そしてサルサがメレンゲに入り込んだパターン、それから複合パターン。おもしろい。

そしていまどきのメレンゲ、シンコペーションしたパターン、カタレイ・アンドゥーハのところで話の出たパロ、アタバレスのリズム

Palo
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http://www.youtube.com/watch?v=PeS54QkFVzg



Fiesta de Atabales
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http://www.youtube.com/watch?v=iYIL31_yQHQ

そしてパロ・マジョールから始めて3つのパターンとタンボールとの組み合わせ。
サルサとの合わせ技やシンコペートするパターンと比べて、とてもアフリカ色の強いパターン。これがなかなか良いんだわ。ココカバ、もともとアロマコというパターンだというが、そんな名前は初めて聞いた。奥が深いなあ。

とヨリータさんのいたおかげで、チチもより突っ込んだ解説をしてくれたのだろう。お得でした。

そのあと「リズム」の面から重要な人としてあげた3人が面白い。
ボビー・マクファーリン、セロニアス・モンク、ラサロ・ロス
ロスが亡くなったのは5年くらい前だったなあ。チチとは交流があったのか。
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そして最新盤からのナゾの日本趣味PVの"アモール・サムライ"。ドミニカと日本の音楽とのフュージョンをメレンゲとバチャータに乗せたとの話があった。レキントの部分を三味線(三線)にし、尺八や吉原久美子さんのボーカルを加えている。
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http://www.youtube.com/watch?v=wwZhTdxD8-w


これについてLatina誌4月号の岡本郁生さんの記事中のチチの言葉として「日本文化にあこがれと強い印象を持っていて、その高みに到達するような作品を作りたかった。それは海外にいる日本人の熱い思いを感じていたから。それはすごく熱く素敵な愛の体験のようだった。そして引き継がれたすべてのものに対する尊敬の念がある。」っていう記述があった。

これを読んで思ったのは、移民、ディアスポラ、出稼ぎ・・・母国から出て働いたり暮らしたりしているすべての国の人たちが抱く、母国への思い。NYを筆頭にアメリカに移住したプエルトリカンの故郷への強い思いが、ヒバロ音楽やボンバ、プレーナの伝統をNYのコミュニティーに残した様に。

"ドミニカンヨーク"と一時呼ばれたNYのドミニカ人も、テキサスのテハーノもLAのチカーノも横浜、神戸、NY、ハバナの中国人も、ガーデングローブ(LA)の韓国人もリトル・サイゴン(LA)のベトナム人も、サンドニ(パリ)のカメルーン人も、アビジャンに働きに出るブルキナ人も、スリナムのインドネシア人も、愛知、静岡、群馬、相模原のブラジレイロもペルアーノも、ブラジル、ペルー、ドミニカの日本人もみんな同じ。

自分も10年以上母国から離れて暮らしたことがあるから(大した苦労はしてないけど)その時の事も重なる。
相手の自文化に対する熱い思いに感動すると、改めて自分の文化を見つめたりする。


チチは、音楽にもテクノロジーの進歩は不可避だけど、これはリスクと隣り合わせ。デジタル化やサンプリング、ミックスは時にルーツや伝統に打撃を与える可能性もあり、その文化・背景をレスペクトしつつ新しい事をする事が大切だと強調していた。
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フュージョンやパーカッショニストへのアドバイスででも、「フォルクロールを尊重しつつフュージョンをやるべき。音、リズムをよく勉強し、それを損なうことなくフュージョンをする。」とか「パーカッショニストは楽器だけでなく、今までの音を勉強し、音をつないで伝えていくことが大切」と同じ点を強調していた。

そういえばチチの来日中に訪ねた先の方がいくつかブログを書かれていた。

ドミニカ共和国親善大使のチチ・ぺラルタさんが来店
http://ameblo.jp/taminouta00/entry-10670834822.html


京都の和太鼓・芸能集団「BATI-HOLIC」
http://blog.livedoor.jp/bati_holic/archives/51874368.html

色々チチにとっても有意義な来日だったようだなあ。

最後のQ&Aで、ベネズエラ大使館のレイナさんがビージョに触れたのはさすがでした。
ドミニカからベネズエラに渡って、ベネズエラのダンス音楽をひっぱりまくったビージョ(ルイス=マリア・フロメタ)。

そういういろんな糸でつながった人たちが重ねてきた色々な音楽を、たまたま偶然今聴けている不思議を感じた夜。
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# by mofongo | 2010-10-18 23:07 | Musica
2010年 10月 16日
Victor Manuel Reyesとヒバロ音楽
友人がプエルトリコに旅行。地元の友人から仕入れたライブ情報を送ったのだけれど、その中に「ウトゥアド(西部の山の中の町)のフィエスタ・パトロナレスでビクトル・マヌエル出演」というのがあった。

同じ晩にエル・グラン・コンボも出演だったから、山間の小さな町にしてはずいぶんがんばって2つもビッグ・ネームを呼んだなあと思ってた。
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だけど帰って話を聞くとなんとサルサの"Sonero de Juventud"のビクトル・マヌエルではなく、ヒバロ音楽のトロバドール、ビクトル・マヌエル・レジェス(Victor Manuel Reyes)だったことが判明。さすがウトゥアドというヒバロな町だけある!と納得でした。

ビクトルの即興が冴えわたるライブは島で何度も聴く機会があってファンなのです。

彼はヒバロ地帯の町のひとつアグアス・ブエナス(Aguas Buenas)の出身で、70年代からうたっている名手。1986年のバカルディー主催のトロバドール・コンテストでは見事優勝をかっさらっている実力派。
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CDも出してます。これがまた良いんだ。
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"Depende de Ella"/Victor Manuel Reyes (VMR75300)


ヒバロ(Jibaro)というのはプエルトリコの山間を中心とした白人系農民たちとその文化全体を指す。しかしそこから広がって、時に田舎の匂いのさえする、島のシンプルで純朴な生き方のありようまでのニュアンスを含む。

ヒバロ地帯は島の中心に横たわる山岳地帯、シドラ、オロコビス、モロビス、バランキータス、アイボニート、ナランヒート、ウトゥアド・・・などを指すが、実はほんの40-50年前はプエルトリコではサンファン、ポンセ、マヤグェスくらいを除いてみんな田舎だった。そして貧しかった。

だから西北のベガ・バハ、アレシボからアグァディージャの海沿いの平地だって、東のファハルドやウマカオ、東南のグアヤマやフアナ・ディアス、コアモだってみんなヒバロ地帯と言える。

プエルトリコの大作曲家ラファエル・エルナンデスが「自分はヒバリート(Jibarito)」だというのはそんなふつうのプエルトリカンをさしているのだ。

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それだからラファエル・エルナンデスの「ラメント・ボリンカーノ(Lamento Borincano)」で歌われる農民の姿は、実は島からNYやシカゴなどアメリカ本土へ出稼ぎで移り住んだ島のすべての人。
それゆえ、人々はこの歌を自分のものとして愛したのだ。

ヒバロの歌い手に避けて通りないものがある。コントラベルシアだ。2人の歌い手が観客から「お題」をもらい、それについて気の効いた歌を即興で歌いあげるのだ。

そして形式は韻を踏んだ10行詩で、脚韻をABBA/ACCDDCと踏んで行かなくてはならない。

そんな形式の制約を尊重しつつ、観客に「ぎゃはは」とか「うーん、やるなぁ」と言わせる機微に富んだ歌で戦う。

サルサの歌い手に、ソネオ(即興で歌詞を作りモントゥーノ部分で思いを織り込んで歌うこと)の名手が多いのは、ヒバロ音楽で鍛えられていることが多いからだ。


エクトル・ラボーの親父、ルイス・ペレスはポンセやアドフンタス、フアナ・ディアスなど南部のヒバロ地帯のお祭りやパーティーでボレーロをよく歌っていた。

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そしてそんな中で育ったラボーのアイドルはラミートチュイートオディリオ・ゴンサレスと言ったヒバロ歌いとダニエル・サントスやビセンティーコ・バルデスと言ったボレーロ歌いだったという。そして小さい時から歌いまくり。

だから、ラボーの喉とその即興はNYにわずか17才で乗り込んだ時、驚きをもって迎えられあっという間にスターとなったわけだ。
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ボビー・バレンティンが「El Jibaro y la Naturaleza」という作品を大切にしているのは彼が生まれた場所と無関係ではない。彼はヒバロ地帯の真っただ中、オロコビスに生まれ、コアモに転居と言うビバリートな環境で育っている。だからこそなのだ。
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昨年キュートなサルサの作品を出したビクトリア・サナブリア(Victoria Sanabria)はグアイヤマのヒバロ一家"ファミリア・サナブリア"の一員でもあり、ビクトル・マヌエル・レジェスと同様、バカルディーのトロバドール・コンテストの1995年の優勝者でもあるのだ。だから、彼女のソネオはヒバロ仕込み。
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こんな風にヒバロの音楽は、ごく自然に田舎の生活に溶け込んだ音楽であると共に、プエルトリコの心の故郷、みたいなものでもあり、そしてだからこそ、サルサが生まれるのに無くてはならないものだったのです。

VICTOR MANUEL REYES Y CRISTIAN NIEVES
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# by mofongo | 2010-10-16 01:08 | Musica
2010年 09月 30日
ビーバップ&キューバップ・ダンスパーティー/菊地成孔@Pit Inn
菊池成孔3デイズ・新宿ピットイン。
第二日目『ビーバップ&キューバップ・ダンスパーティー』今年の新企画。

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曰く「ビーバップ&キューバップだけを演奏するバンドを入れ、司会もDJも入れた40年代アンダーグラウンドスタイルのダンスパーティ」

曰く「ヌルいダンス・ナンバーや、周辺ジャンルであるジャイヴ、ジャンプ、オリジナル曲などひとっつもやりませんぞ。パーカー、ギレスピー、ダメロン、シルヴァーといった、オリジナルビーバッパー/オールドスクーラーによるゴリゴリのビーバップとアフロ・キューバンジャズしか演奏しないバンドのいるダンスフロアを皆様にご提供させて頂きます」というもの。

そして遊びに行くにはこんなガイドラインも。

1) カップル限定(ゲイ、レズも可)

2) 男性はスーツ&タイが義務(下半身は何でも良し。女性はドレスコード無し)



ははは、こういうの過去にないですね。


まずピットインの椅子・机は全部とっぱらってダンスフロアにしちゃうなんて史上初だし、
そして、こっちが本筋だけど、「バップで踊る」パーティーなんて。


バップで踊る、ってあり?、っていう問いはひとつ前の日記に書いた通り以前からのナゾ。「モンク踊り」はあるけどなあ。
→ひとつ前の日記へ

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デ-ヴィッド・W.ストウの『Swing Changes』には、第二次大戦後のタイミングでスイングが急激に力を失った様子が描かれている。

1946-47年にはグッドマン、ドーシー、ハリー・ジェイムス、アーティー・ショウ、レス・ブラウン、ベニー・カーター・・・とビッグ・ネームのオーケストラが軒並み解散した。


理由は戦後の気分とスイングのギャップだとか、コンサート・ホール型へ移行したスイングが本来の魅力を失ったとか色々言われてきた。しかし、ダンス好きのDNAをもったやつらのエネルギーは簡単に消えるかぁ?。みんな何処へ?


日記にマンボのメッカとなる"Palladium"の48年の開店と49年のバップのメッカ"Birdland"の開店の事も書いたけど、パレイディアム(パラディウム)の初期のお客はヒスパニック(プエルトリカン中心)と黒人の混在だったという。

彼らはカーネギーでスイングやバップを聴く層とは明らかに違う、夜遊び好き、ダンス好きな兄さん、姐さん、にーちゃん、ねーちゃんだったろうな、と思う、


でもマンボとジャズはビート感が違う。

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Lindy: Frankie Manning (リンディのトップの踊り手。)とNorma Miller Whitey



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Mambo: Cuban Pete(マンボ時代のトップの踊り手。プエルトリコ人)とMillie Donay


ジャズのスイングビートが好きなダンスマニアは、パーカーやダメロンで踊ってみようともしなかったのか?みんな簡単に引退したのか?「バップはジャズからダンスを奪った」というが、話はそんなにシンプルなのか?

カーネギーでのガレスピーのコンサートにジターバグたちがやってきて調子外れの手拍子はするわ踊るわ騒ぐわで聴衆の顰蹙を買ったという話もあるじゃないか。


ジターバグはかっこいいバップでも踊ってみたのでは?



だけどこのあたりは映像も文献も殆ど見かけず、確かめようもない。
自分で試してみるしかないなぁ。

◆◆◆

まずDJ KIKUCHIでスタート30分、オール・スタンディングの会場は50ペア/100人はいてピットインは満員。

そしてアモーレさん&ルルさん(http://swing-jack.com/) によるリンディの簡単なレッスン。

初心者用リンディのステップ、6カウント(8ステップ?)でのレッスン。8カウントのラテンに慣れている体が戸惑う。何人か踊って頂き体になじませる。

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そしてDJ nadjaの時間。ミッド・スイングがありがたい。ベイシーのシャッフル。皆習ったステップを試してみる。楽んでるね。

フロアは酸欠状態。ダンスを想定しないピットインは換気が弱い。一旦ブレイクして外の空気を入れることに。前例のないイベントはおもしろい。タバコとビールで一服。






いよいよ演奏へ。今日は2バンド。直前までメンバーは伏せられてたが面白い組み合わせで楽しい(敬称略)

まず類家心平(tp)矢野沙織(as)平戸祐介(p)永見寿久(b)、藤井信夫(ds)

そして
佐々木史郎(tp) 津上研太(as) 坪口昌恭(p)須長和弘(b) 服部正嗣(ds)

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矢野沙織(as)は胸のあいたドレスのハード/クールなイメージと太い音、そしていつものキュートな笑顔がかっこいい。今年リリースの9枚目は"Be-bop at Savoy"

佐々木史郎(tp)はDCPRG、オルケスタ・デ・ラ・ルス、熱帯JAZZ楽団、BIG HORNS BEEでおな
じみ。この人ファンなのだ。
津上研太(as)はDCPRG、BOZO、村田陽一orchestra、大友良英NEW JAZZ QUINTET
藤井信夫(ds)はDCPRG、坪口昌恭Trio、菊地成孔Quintet、Giulietta Machine
坪口昌恭(p)、類家心平(tp)は菊地成孔ダブ・セクステットのメンバー
平戸祐介(p)、須長和弘(b)はクラブ・ジャズで人気高い>Quasimode/クオシモードのメンバー。イケメン。
永見寿久(b)は坪口昌恭Quartet服部正嗣(ds)は菊地とNHKドラマ"チェイス"の音楽を担当したメンバーの一人。スガダイローtrio、類家心平trio、Daitokai、Zycos

曲はNow's the time, Confirmation, B-bop, Groovin' high,...Billie's Bounce, Scrapple from the Apple, Reluxin' Camarilloもあったかな、とにかくバップのスタンダード全開。Cu-bopはNight in Tunisia とラストのManteca 。


◆◆◆
さて、バップで踊れたかって?

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ミラーボールが光る中(ピットインってミラーボールなんてあったっけ?)、ダンスフロアはちょっと酸欠状態になるくらい皆踊った。ステップはリンディなカップルもいれば、オフビートで体を揺らす人と色々。

自分はペアのbetty嬢と組んでリンディ基本形でリズムに乗ってみたり、ブレイク・アウェイでどう乗れるか試してみたり。

その日初めて習ったシロートの感想としては、6カウントはミディアム・テンポのナンバーにとても気持ちいいけど、テーマやリフにキメがあったり、ソロのアタックとかに対応できず。アモーレさん&ルルさんが踊ってるのを見ると、音楽のアクセントと会った動き。きっと8カウント/10ステップとかの体得が必要なのか?

でも6カウントの呪縛から離れ、「テキトー6、テキトー8」で踊るとなかなかエキサイティング。耳の横にII-Vの波の繰り返しとレガートがPushしてくる。大波とコードチェンジの細分化が同時に押してくるのだ。


◆◆◆
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そして2バンドの間に、なんと瀬川昌久先生登場!お姿を見るのは何年振りだろう。すごいお元気そう。

瀬川さんは1924年生れ。86才!1950年代、銀行員としてニューヨークに滞在中、当時のジャズ・シーンにどっぷり。パーカーを2回も見たことある人は他にいないのではないだろうか。帰国後ジャズの評論に従事。スイング・ジャーナル等の多くの執筆のほか本も何冊も出されてます。昔、演奏にコメント頂いたことあったなぁ・・。

『ベニー・グッドマン物語』や初期のリンディの映像、そしてクリント・イーストウッド作のチャーリー・パーカーを描いた映画『バード』を使ってスイング/バップとダンスの解説。多分サヴォイかな、曲が"Stompin' at Savoy"だったと思うShim Shamのステップ。この映像なんて初めて見た。

Hellzapoppin' Swing Dance Scene


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お話のあとのステージで奥様と踊っておられました。良い感じだった~!さすが『ジャズで踊って』(清流出版)を出されている見事な踊りっぷり!







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さて、菊地さんは、ブログでは「吹く」と書いてあったと思うけど今回はMC"シンフォニー・シド"に徹して司令塔となっていた。フレームは組み立ててあるものの、プレイヤーも踊らせるバップのステージなんてやった事ないだろうし、全てはフロア次第って実験だからマスターは必要だったですね。

でもフロアはしっかり踊ってて大成功じゃないでしょうか。なにしろ予定調和がどこにあるのかよく分からない中、音を介してのプレイヤーとダンサーの結果としてのコラボだったのが一番よかったかも。

ビーバップ、キューバップのダンスの再現が目的ではなく、リズムが根源的に持っている「動く情動」を試したような今回。それはパーカーのプレーに強くある圧力のある音とリズム。

そしてそれは、バップへの固定観念やらステップの型やらステージとフロアの分離やらを、「ペア」「ダンス」「リズム」という情動から出なきゃ面白くないもので大きくくすぐってみた菊地ワールドの一つだろうかな、と思いました。


そういいう意味で、次回は(あるのか?)フランキー・マニングとペドロ・アギラー(キューバン・ピート)が対決または同時に音に挑戦するような場とか、ペアで踊るかけひきのもやっとした場をもっと今あるジャズから引き出してくれるような絵もみたいなあ。

楽しい夜でした。
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# by mofongo | 2010-09-30 08:35 | Musica
2010年 09月 28日
NYのジャズとラテンの間 - Be-bopで踊れるのか?
昔からよく考えていたことがある。

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最初は多分1977年ののウエザー・リポートのアルバム。

1曲目:バードランド/Birdland
6曲目:パレイディアム/Palladium






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ジャズを聴き始めた自分にも「バードランド」は分かった。1949年、チャーリー・パーカーのあだ名から命名されたBroadway-52ndにオープンしたジャズ・クラブだ。

しかし、Palladiumとは?フランク・ザッパか?丁度その頃、彼がライブをやっていたのがNYのパレイディアム。しかし・・・。




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そして行き当たったのが 1948年 Broadway-53rdにオープンしたラテンのボールルーム「パレイディアム」だった。



1977年はファニア来日の翌年。ようやくサルサが日本に本格的にやってきた時期で、いわゆるジャズやフュージョンとサルサ/ラテンのファンが十分重なっていた時代だが、ウエザー・リポートの音楽をラテンとクロスして語る人は誰もいなかった。(そして、今もあまりいない)

ジャコのビートにジェマーソンやロッコがあることをいう人がいても、サルサのベースのしなるようなトゥンバオと重ねる人も誰もいなかった。せいぜい、マイアミの話までだった。

◆◆◆
それからジャズとラテンの交差点はいつも頭から離れないナゾのひとつになってしまった。

ガトー・バルビエリ、ラムゼイ・ルイスとかイラケレとかその時の音楽もあったけど、さかのぼってNYの1930年代から1950年代も楽しいナゾをたくさん与えてくれた。


「アート・テイタムとノロ・モラレス」
「1948年のユニオンによるレコーディング禁止とセッション」
「シアリングとマチート/チコ・オファリル」
「スタン・ケントンとマチート」
「ミントンズとチャイナドール」
「バードランドとパレイディアム」
「マンボとリンディ/ジターバグ」

などなどなど


50年代の頭、ワンブロック違いのバードランドとパレイディアムはジャズとラテンのミュージシャンが休憩時間に行き来してお互いにチェックを入れてたと聞く。


◆◆◆
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油井正一先生の名著『ジャズの歴史物語』(アルテスパブリッシング)にとても重要な記載がある。第4章の「余滴」というなんだかおまけみたいな章にある「7.ジャズダンス」と「8.ジャズとラテン音楽」だ。

この本のもとになったのは『スイングジャーナル』誌の1967年7月から1972年10月までの連載「ジャズの歴史」。

解説で村井康司さんが指摘されているように「ジャズはラテン・アメリカの音楽の一種である」という刺激的なテーゼは本当に素晴らしい。そして、ジャズダンスの章で提起された視点も全く色あせない。

自分が、ラテン音楽とジャズとにいくばくか関わってきている中で、実地に感じること、見たことと大きく重なっている。




そして50年代に関して妄想は膨らむ。

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サヴォイを席巻した、「ECS/イーストコースト・スイング」と名前が上品になる前の黒い「リンディ/ジターバグ」軍団は、ラテンを日曜のマチネーでこわごわ始めたばかりの初期のパレイディアムの「マンボ」ラテン野郎とは関係ないのか?

マチートのアフロ・キューバンで踊るやつはいたのに、ガレスピーとパーカーのアフロ・キューバンで踊るやつはいなかったのか?いや、ビバップで踊るやつはいなかったのだろうか?


◆◆◆
そんな妄想の答えが出そうな実験をしてくれるイベントがありました。

ということで今晩遊びに行ってきます。新宿ピットイン。Open 19:00-

菊地成孔「ビーバップ&キューバップ・ダンス・パーティー」
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# by mofongo | 2010-09-28 17:02
2010年 09月 27日
今年の年末Banco Popular企画盤
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リーマン・ショックもあり、バンコ・ポプラールも苦しかったのか、ここ数年はちょっと地味な企画盤でしたが、今年はサルサ・ファン待望の企画盤。



タイトルは“Salsa: un tributo a El Gran Combo”/サルサ:エル・グラン・コンボへのトリビュート

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何といっても48年の年季と、衰えぬパワー。サルサのお手本ですね。

バンコ・ポプラールのリチャード・カリオン頭取も言っとります。「プエルトリコと全世界で最重要なグランコンボの音楽の制作に貢献できるなんて本当に光栄です。」

よく分かってますね。銀行家もこうあるべきです。

プロデューサーのフランシス・リアントンヘも「今回の作品はプエルトリコを代表するアーティストで、って方針だった。となると当然エル・グラン・コンボ。彼らは世代を超えて、5世代を通して愛されているよね

そして全世界でも。加えて彼らはそのそのオルケスタの素晴らしいサウンドをずっとキープしてきているんだ。そして常に時代に合った音を作り上げて来ている

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参加ミュージシャンも豪華。グラン・コンボは同然として、ドミンゴ・キニョーネス(着実に復活してるか!?)、マイケル・スチュアート、ウイリー・コロン、ラ・インディア、イスマエル・ミランダ、イサック・デルガド、ホセ・アルベルト"エル・カナリオ"、ティト・ロハス、NG-2、サボール・デ・プエルトリコ、メリーナ・レオン、クルトゥーラ・プロフェティカ(ロック/レゲエ)アルマス・ヘメーラス、エドガーダニエル、そしてプエルトリコ交響楽団などなど。

現在プエルトリコ、NY、マイアミでロケ中。アレンジの一部イシドロ・インファンテも担当。

楽しみですね。発売はたぶん12月第一週。
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# by mofongo | 2010-09-27 14:59 | Musica/SALSA
2010年 09月 27日
ロベルト・ロエナ胸像完成
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この間のイベントでロベルト・ロエナの曲を4曲もかけたのは、実は当日9/12にプエルトリコで彼の胸像のサルサ公園(Plaza de los Salseros)での除幕式だったからなのだ。

密かに日本からお祝いしたという次第。

現在、サルサ公園には、
コルティーホ ②イスマエル・リベーラ、③ペジン・ロドリゲス、④エクトル・ラボー、⑤トミー・オリベンシア、⑥ティト・プエンテ、⑦マルビン・サンティアゴの7体が現在鎮座しているが、今回のロエナはまだ亡くなっていないのに像が作られたという異例のパターン。

今回も彫刻家アルゥイン・リベラ・ロペス(Alwin Rivera "Riomonte”Lopez)の作品。この文化予算厳しい昨今、"仕分け"もくぐり抜け、3万ドルもかけてお披露目とは、いかにサルサがプエルトリコにとって大事か、ってことですね。

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除幕式は、ミサの後まずイスマエル・ミランダがオルケスタをバックに"Amigos a Roena"っていうその日の為に仕立てた曲を披露。オルケスタも豪華。ボビー・バレンティン、ピロ・マンティージャ、アダルベルト・サンティアゴ、ジョニー・パチェーコ、モデスト・セペーダ、ニッキー・マレーロ、グンダ・メルセー、イスマエル・ミランダ、サミー・ゴンサレス、パポ・ルッカ、チェオ・フェリシアーノ、カルロス・ロドリゲス、ティト・クルース、エリアス・ロペスなどなど。

そして除幕。

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式には上記のオルケスタのメンバーの他、フニオール・ゴンサレス、フリート・アルバラード、パポ・ロサリオ(グランコンボ)、エドガー・ネバーレス、プピー・サンティアゴ、アポロ・サウンドの歴代のメンバーが参列。

そしてオルケスタはロエナのヒットを演奏しまくった。

公園に面した26号線/バルドリオティ・デ・カストロ通りには人があふれて、また違法駐車して参加したファンで大渋滞だったとか。サンファンからだけでなく、ポンセやマヤグエスからも駆けつけたファンもたくさんいたらしい。。


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ロエナの経歴をちょっとかいつまんでいうと、1938年マヤグェスに生まれ、まずダンサーとして"Mambo Flashes"を兄弟の"クキ"と結成。16才でコルティーホのバンドにダンサーとして加入、プエルトリコ、ニューヨークで絶大な人気を博した。ロエナはこのバンドでボンゴを身につけた。6年の活動ののち、マリオ・オルティスのオールスター・バンドに参加。

そしてエル・グラン・コンボのオリジナル・メンバーとなって"Acangan"や"El Caballo Pelotero"などのヒットを飛ばす。


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1967年、自らのオルケスタ"メガトネス/Los Megatones"を結成。そしてアポロ・サウンドの結成へと続く。

このアポロサウンドの音がサルサの出来上がりを考えるのにとても大事なのだ。ラテンにロックやソウルを融合する音。これはNYで生まれているのではなく島で生まれている。

もちろん、ミュージシャンはNYとPRを行き来しているわけだが、Blood, Sweat, and Tears (“Spinning Wheel”ですね)のようなサウンドとラテンの融合の試みをプエルトリコで行っている。


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よくNYのサルサシーンが80年代に入って下火になり、シーンはプエルトリコに移った、っていうクリシェがあるが、NYにシーンがある内から常に島では新しい音への試みが行われていて、80年代に入ってシーンが移ったわけでも何でもないのだ。


しかし、このような常に新しいものを取り入れつつ芯を失わない音は面白い。これはロエナだけでなく、オリベンシアが、ロサリオが、ポンセーニャが、そしてグラン・コンボが常に各々のやり方で行って来ている。

それがプエルトリコのサルサに厚みのある理由だ。


これから島に遊びに行く方、是非ロエナ像にも参拝を!
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# by mofongo | 2010-09-27 02:46 | Musica/SALSA
2010年 09月 27日
ラテンビート映画祭/キューバ音楽の歴史(1)
第7回目となるラテンビート映画祭

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もう見たい作品満載だったけどまず先週の土曜日に2本見ました。そのうちの1本が『キューバ音楽の歴史/Historias de la Musica Cubana』
2009年キューバ・スペイン合作によるドキュメンタリー。
5人の監督がキューバ音楽をテーマに製作した内の2作が今回公開。一本50分ほどで、サクっと楽しめる。


一つ目は「キューバ・ジャズへの眼差し」パベル・ジロー監督

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マンテカの誕生の話を導入部として、チューチョ・バルデスがシンキージョやダンソンなどのキーワード、米西戦争後のアメリカの影響・・・と話をつなぎ貴重な映像が随所に挟み込まれる。

リリ・マルティネスの映像とか。コンガかなぁ、カルナバルのリズムとモサンビーケとマーチを合体させたような革命直後の演奏とか、フランク・エミリオ師匠の定番"Gandinga, Mondongo y Sandunga"の貴重な映像とか。

やはり興味深いのは革命を境とした大きな変化。
「ジャズ」はアメリカの音楽として演奏しにくかった時代。

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3年前にOrquesta Cubana de Musica Modernaという、若きチューチョやカチャイート、エンリケ・プラやギジェルモ・バレート、アルトゥーロやパキートやファン・パブロ・トーレスなどが参加した当時、トップの公認オルケスタの音源のコンピを捕獲した。

その67-70年の録音は「ジャズ」や「アメリカの音楽」を内側に隠した、今の自分の耳には何となく「不自然な」音楽であると同時に、マグマのような力も感じた。その後のイラケレにもつながるこのオルケスタの映像もあり、CDだけでは分からなかった当時の雰囲気を大きく感じる事が出来る。


67年というと、NYではブガルーからサルサ、ジャズならモードからフリーへと動きコルトレーンが亡くなってしまった年、ロックならサージェント・ペパーズ、サイケ、ジミヘンとウッドストック直前、ソウルR&Bならスライからファンクへ。

しかしキューバではそんな流れから断ち切られている。ミュージシャンはフロリダからの短波、中波で少しは情報を得ていただろう。オルケスタ・モデルナのレパートリーにブガルー風味のものもある。

しかし情報は限られていた上に、表立って色々トライする訳にはいかなかったと思う。聴衆も同じく流れから断ち切られていただろう。(良い悪いの話ではない)


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よくキューバ革命によってNYにキューバの音楽が入らなくて、とかいうクリシェの説明があるが、むしろ史実としては、キューバにアメリカの影響が入りにくくなった上、ミュージシャンの創造に制約までかかっていた事の方がよっぽど重要だと思う。

チューチョが自分の作品を「ジャズ」だと取られない様に苦労して作ったという話も出てきたが、革命以後のキューバの音楽がそれまでの発展と全然異なる「環境」に置かれた事を表す話だ。


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以来キューバ音楽とサルサは全く別の文脈で動いてきていたが、90年代キューバ政府が外貨獲得の為音楽資源を積極的に活用し出し、ミュージシャンもそれまで「自分らの音楽はサルサではない」と当たり前の事を言っていたのに、レベの親爺までが「サルサ、サルサ」と言いだした。チャングイなのに。

しかしそこで初めてサルサの流れにキューバ音楽の一部が重なってきたという事だ。




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だから90年代、ティンバが出来上がっていく中で日本では「新しいサルサだ」とか「サルサはキューバの音楽」とか、情報不足のせいで声高に語っていた人たちもいたが、この映画の中でも示されているように、ティンバはサルサの発展形なんかじゃない。イラケレの名曲"Bacalao con Pan"あたりを祖先としているもの。

キューバ音楽の歴史がしっかり背景にあるティンバをサルサと呼ぶのはおかしな話だと思う。

YouTubeでIrakere - Bacalao con Panを見る

むしろキューバのサルサへの影響は今のサルサにこそもっと語られるべきだ。ヒルベルトの近作など、昔のパチート・アロンソの音かと思うようなものもある。

・・・という風な事を含め色々考えさせてくれた貴重な映像と証言が満載の面白い作品でした。



2つ目の「フィーリン(気持ち)を込めて」はまた別に。


*東京会場は終了してしまったけど、京都は10/3(日)まで、そして横浜会場は10/8(金)-10/11(月)まで。
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# by mofongo | 2010-09-27 02:09 | Musica
2010年 09月 14日
Los Borrachos Live@藤沢インタープレー 10.9.12
久しぶりのロス・ボラチョスの藤沢・インタープレーでのライブ。

18時のオープンを前にお客さんが集まりスタート前には満員。
あ、前日(正確には当日朝まで)六本木でフェアウェルだったアリス夫妻も来ている。六本木出席組は4-5人いたか。そのうちほぼオールナイト組。タフだぁ~。


そして赤いシャツで統一したメンバー登場。

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関川(vo)、原田(vo)、藤巻、天神、辻(tp)、渡辺、山崎(tb)、太田(Bsax)、塚本(b)、岩渕(p)、飯山(conga)、オヤマ(tres)、新井(timb)、宮房(bongo)(合ってるか?)(敬称略)

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第一部一曲目はお約束の"Puerto Rico Mi Amor"。そして"Amame en Camara lenta"。新曲か、カノの曲。"Soy la Rey"やら"Soy Profesional"やらおなじみが続き1部の締めはLluvia。手慣れた曲だけどなかなかタイトに突っ走る。会場もたっぷり楽しんだ。


二部は途中、アリスへのオメナヘ(オマージュ)もあった。感謝の言葉と花束贈呈そして、アリスからの返礼。

2曲目は新曲?の"Panama Soberana"。アンヘル・カナーレスだっけ?

そして3曲目は"Decidete"。ヒートアップしてたのを少し押さえる。良い曲だなあ。次はおなじみカノの"Boda de Ella"。

"Me libere"は濃縮度高くかなり熱い。これはかなり良い。

そしてラストはお待ちかね"El jibaro y la naturaleza"。Tresのオヤマにソロが回る。プエルトリコ旗を肩にかけられながら、哀感から細かいフレーズ、そして熱上昇へとソロを盛り上げる。
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アンコールは"Anacaona"。

演奏は2月に江古田Buddyの時に比べかなりタイトに締まってました。お客も大きくウェーブ。フロント関川のノベルティー感溢れる動きとやり取りや原田のフロアの煽りもしっかりはまってました。

◆◆◆


思いつきだけど、このオルケスタはグランコンボの後期の様な曲をタイトに、すこしハードにというかグランコンボより若く(?)やるのが向いているのではないだろうか。ロサリオのストイックな感じよりも熱い方向で。でも、グランコンボと管の編成が違うからなあ。


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そしてそこを真ん中に、ロサリオ/バレンティンとオリベンシアと。これらのオルケスタは方向が違うけど、共通なのは歌い手の力がかなり強い。

ここは関川、原田の両氏にソネオ、そして時に高めのキーで歌い切るのをお願いしたいです。

管は最後の方でやったボントロのバトルも燃えるエンディングとかで良いですね。ペットのハイノート・ソロも。

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◆◆◆


しかし、このイベントはプエルトリコ係数高いフロアとオルケスタに気持ちの行き来があってバンドがよりドライブするような気がする。旗持ち込みで振っても何の違和感もない空気でリラックス。踊る人もがつがつしてなくて余裕だよね。

こういうユルキャラはやっぱり主宰のT-Rod.のせいなのか?とてもアットホームで気持ちがイイです。
引き続きこのイベントよろしくお願いします。
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# by mofongo | 2010-09-14 17:49 | Musica/SALSA